研究紹介

経済学研究科 経済学専攻 飯田善郎教授 インタビュー

「利己と利他の調和を目指して」

重要性増す公益の行動原理

経済学の基本的な考え方は、人々が利己的であれば経済社会がうまくいくというものです。利己的とは自分の利益だけを追求するということで、本来あまりいい意味合いではありませんが、経済理論において、それは決して悪いことではないとされています。なぜなら、人々の利己的動機によって、この世に限りある資源が無駄なく利用される状態、すなわち資源の効率的配分に近づくと考えられるからです。

資源は限られていますから、それを無駄に捨てるのはもちろん、誰も必要としない財をつくるのに使ったり、効率の悪い生産方法でつくったりしていると社会は豊かになれません。しかし市場で生産者が競争することで、同じ資源を使うにしても、より魅力的な商品をより低コストで作れる生産者が生き残っていきます。その結果、人々のより高い満足を実現できる生産者が資源をより多く使うことになり、無駄に使われる量は減っていきます。そうした無駄をなくす仕組みは、競争に勝ってより大きな利益を得たいという利己的な動機によって支えられています。個人が利己的に振舞っているだけで、社会全体にとってより良い結果になる、これが経済理論が利己的動機を重視する理由です。

しかし、こうした動機が解決してくれない問題というのも沢山知られています。環境問題や水不足・電力不足など、公益に関わるものは人々が利己的動機で行動するほどむしろ悪化しますし、競争社会が生み出す格差は、持てるものが持たざるものに対する利他心を持たなければ決して解決しません。そしてこのような問題こそ近年の経済社会における課題としてますます重要になってきています。

これは経済学の立場からすると悩ましい問題です。時と場合によって、人々に利己心と利他心という相反する動機を持つことを期待することになるからです。

この問題に対し、そもそも人間が従来の経済理論で考えるような利己的に行動するものだという、仮定そのものに疑問を持ち、人の経済行動の原理そのものを検証し直す動きがあります。こうした研究は行動経済学と呼ばれ、人々の行動を実際に経済的に動機づけながら被験者実験で確認する実験経済学によって、人の行動要因を検証し直す一連の研究とともに発展してきています。それらの研究において、人は必ずしも利己的に行動するわけではないという証拠が繰り返し見つかっています。

例えば、自分の手持ちのお金をグループ内みんなのために使う場合と、自分のためだけに使う場合との選択をさせる実験があります。みんなのために使うと、同じグループ内全員に利益が生まれますが、自分へ返ってくる分は僅かです。それに対し自分のためだけに使えば自分一人で多くの利益が得られます。その状況下での利己的な選択はもちろん手持ちのお金をすべて自分のために使うことですが、世界中どこで実験を行っても一定割合をみんなのために支出する人がいます。また、お互い顔も名前も知らない状況で2人1組になって、一方にお金を渡し、自分の相手に上げるかどうかを聞き、実際にその金額だけ上げる実験でも、やはりかなりの割合で僅かでも自分のお金を相手にあげようとする人がいます。

適切な制度や動機づけを模索

日本有数の経済実験室

日本有数の経済実験室

人々は自分が1円でも多く稼いで、自分がより豊かになることを目指しているはずですし、それは悪いことではない、という経済学の基本的な仮定は様々に裏切られているのです。

ただし、利己的動機に比べればこうした動機は必ずしも強固ではありません。またその原因についても、例えば公平さを求めるから、自分以外の幸せも考えるから、あるいは助け合うことを一種の保険と考えているから、など様々に考えられます。利己的とは見えない行動の真の理由とそれがどれほど強固なのかについては、様々な要因が考えられ、まだそれらは様々なアプローチで検証され整理される途上にあります。

私の研究はこうした流れの中にあります。実験経済学とアンケートを使って、公共財に人々が進んで協力するためにはどのような条件が必要になるかや、所得の再分配を人々が受け入れる要因について検証しています。

具体的には、適切な制度や動機づけができる仕組みがあれば強制しなくても公共にとって望ましい選択が増えるかどうか、教育や文化的背景がこうした動機に影響しうるか。また、所得の格差がどのような要因で発生したと人々が認識しているか、誰を比較対象として意識しているかによって公平感や所得の再分配を求める動機が違ってくるかを調べています。

実験経済学では基本的に謝金という形で金銭的誘因を被験者に与えることで、強い利己的動機の下でなお他の動機が働くかを調べるのには適しています。一方でこうした実験に参加してもらうのは主に大学生で、あまり大きな規模では調べられませんし、所得再分配のような社会全体の問題は、世代によって意識が違う可能性も大きいです。そのため、社会人を対象にしたアンケート調査も行っています。アンケートは広く大きな規模のデータを得られますが、質問の仮定をどう設定するかによって回答が異なる場合があり、その仮定をどれだけ本気で考えてもらえるかわかりません。相互に利点と欠点がある中で、相補的に手段を活用しています。

どう引き出す、公平感や利他心

インタビュー風景

公平感や利他心がどんな事にどの程度影響されるかは、より多くの人が納得する社会保障の仕組みをつくったり、人々の協力を必要なところでより適切に引き出す制度の設計に役立てられてゆくと考えられます。こうした目的のために、経済主体である我々自身の心と経済行動の関係を慎重に見出してゆくことが私の研究の目標ということになります。

私自身が公共経済学に興味を持ったのは、大学時代に経済成長について勉強したのがきっかけでした。経済発展の理論について学ぶうち、社会的な知識、ノウハウの蓄積や人的資本の蓄積が重要であるということに気づきました。目に見えない知識、技術は特許期間が経過すれば公共財となります。適切な公共財の蓄積のためにはどのような条件が必要かを考えるうち、公共経済学を学んでゆくことになりました。

公共財と所得再分配に関する利己と利他の問題は、まだまだ検証していかねばならないことばかりです。常に現在進行形の学問でもありますし、だからこそやりがいがあるともいえます。

通信制大学院では社会人の方を主に対象としています。おそらく社会人の方からすると学問の世界の考え方は現実と浮世離れしているように見えるのではないかと思います。しかし、目の前の問題だけでなくその奥にあるものを突き詰めようとするとき、きっと学問の分野の論理は、物事の捉え方、考え方の重要なバックボーンになると思います。また社会人の方々の知識と経験から我々教員が学ぶところも大いにあります。働きながらの修学は容易ではありませんが、ぜひ挑戦していただきたいと思います。

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