研究紹介

経済学研究科 経済学専攻 福田充男教授 インタビュー

「情報の非対称性と企業の資金調達について考える」

情報の非対称性とは

あることについてある人が他の人よりよく知っていることを情報の非対称性と呼びます。情報の非対称性があると、様々な問題が起こります。まず情報をよく知っている者(情報優位者)はよく知らない者(情報劣位者)を犠牲にして自分の利益を追求しようとする結果、情報劣位者は損をさせられてしまいます。しかし問題はこれに留まりません。情報劣位者は損をさせられることを恐れて取引しようとしないかもしれません。そうすると、結局情報優位者も取引ができなくなってしまいます。つまり、取り引きすることが互いに有益であるにもかかわらず、情報の非対称性のせいで取引が行われないという意味で全員が損をするようなことが起こりうるわけです。

情報の非対称性は二つに分類できます。一つはモラルハザードと呼ばれる問題で、取引後に相手がどのような行動を取るかが分からない場合に起こる問題です。もう一つは逆選択と呼ばれる問題で、取引前に相手がどのようなタイプか分からない場合に起こる問題です。モラルハザードは比較的理解しやすい概念ですが、逆選択を理解するにはやや込み入った理屈を順に追っていく必要があります。

中古車(アメリカではレモンと呼ばれるようです)を例にして逆選択を説明すると以下のようになります。中古車を買う場合に買い手が最も知りたいことは中古車の品質や事故歴の有無などでしょう。しかしこれらの情報を買い手が正確に知ることは困難です。したがって情報優位者である売り手の説明を真に受けて取引に応じると、故障がちの車や事故歴のある車を買わされる恐れがあります。こうした状況では、買い手は今市場に出ている中古車の平均的な質を元に支払ってもよいと考える価格を決めるということが考えられます。しかしこの平均的な質に対応する価格では、平均よりも質の悪い中古車しか市場には出回りません。なぜなら、平均よりも質の良い中古車を持っている人にとってはその価格は低すぎて、売るよりも持っているほうが得だからです。問題はこれに留まりません。買い手はこうしたことが起こることを予想して、今市場に出ている中古車の平均的な質を下方修正します。そうすると、さらに市場に出回る中古車が減って、最終的には中古車市場が成り立たないということさえ起こってしまいます。これが逆選択によって起こる問題です。

もちろん現実には中古車市場はありますし、そこでは活発な売買が行われています。情報の非対称性がある他の商品やサービスについても同様です。それは情報の非対称性が深刻でないからという理由によることもあるでしょうが、情報の非対称性を克服ないし軽減するするような工夫がなされているからだとも考えられます。そうした工夫としていくつか挙げられます。たとえば、取引前に相手のことを調べる、結果を見て信賞必罰を行う(これはモラルハザードを抑える工夫と言えます)、第三者に質の保証をしてもらう、コストをかけて自分が優良タイプであることをアピールする(シグナリングと呼ばれます)、こつこつと実績を積み上げて高評判を確立する、などです。

情報の非対称性と企業の資金調達

情報の非対称性は金融取引においても大きな障害となります。たとえば資金の貸借においては、返済能力・意思といった信用度に関する情報は借り手の方がよく知っていることが通常でしょう。資金貸借における情報の非対称性は知名度が低い中小企業にとって深刻な問題となります。この問題への対処法の一つが銀行の審査を受けて資金を借りるというものです。銀行は情報生産の専門家として事前に借手の信用度を調べるだけでなく、資金を貸した後も信用度が低下していないかどうかを継続的に調べます。銀行はまた、資金を貸す際に担保を取ることが普通です。これは上で説明した、結果が悪ければ罰する(担保を徴収する)という工夫の一つと考えられます。

しかし銀行からの借入には借り手にとってマイナスの側面もあります。銀行は知り得た情報を独占してしまうために貸出に関する競争が起こりにくくなり、企業が不利な条件での取引を強いられるというのがその一つです。しかし逆に、銀行間の貸出競争が激しいと、銀行は情報生産に要した費用が回収できなくなることを恐れて、積極的な情報生産を行わないということも考えられます。そうすると貸出金利は逆に高くなってしまうことも起こりえます。実際にこうしたことが起こっているのかどうかを調べるというのも興味深い研究テーマです。

企業が証券を発行する場合にも情報の非対称性が問題になります。たとえば株式の発行による資金調達(公募の場合)に際して、経営者が外部株主よりも多くの情報を持っていると考えるのが自然でしょう。その場合、経営者の情報から見て株価が相対的に割高となっているとき企業には証券を発行しようとするインセンティブが生じます。そうすると、新株発行(増資)は株価が割高であるというシグナルを投資家に与えてしまうことになります。実際、企業の増資発表に対して株価が下落することを多くの実証結果が報告しています。

しかし同じ株式発行による資金調達であっても、それが私募(第三者割当増と呼ばれます)で行われる場合には、投資家は発行企業の情報を十分に精査したうえで引き受けますから、情報の非対称性の問題は存在しないかあるいは大幅に緩和されると考えられます。さらに、外部の投資家が、発行企業の収益性が将来改善するという判断をした結果、第三者割当増資が行われると投資家が解釈した場合には、第三者割当増資は発行企業の収益に関するプラスのシグナルになることが予想されます。そしてこれまでの研究はこの予想を支持するものとなっています。

これらの研究の多くは米国を対象としたものです。日本でもいくつかの研究がなされていますが、日本の特徴を分析に取り入れた場合、結果がどのように変わるのかなど、まだまだ未解明な点が残っている研究分野です。

経済学を研究する意義とは

経済学研究科(通信教育課程)は社会人を対象としており、研究者の養成を目的としていません。しかし、実務的な能力を高めるような教育を行っているわけでもありません。上で紹介したような企業の資金調達に関する研究も、金融機関に勤めている方や実際に企業の中で財務関係の仕事に携わっている方にとってさえ、それ自体にどういう意義があるのか、ピンと来ないという感想を持たれたのではないでしょうか。

確かに経済学を研究したところで、それが直接現在の仕事に役立つということはほとんどないかもしれません。企業の資金調達に関する研究からもわかるように、一般的に言って経済学は、あることがなぜ起こるのかということを考えるような学問です。何らかの対策を提言する場合でも、まず問題となっていることの原因を特定することに注力されます。その際に、経済学はある仮説を立ててそれを検証するという方法を採ります。これは他の分野でも共通する方法ですが、経済学は社会経済問題を扱うということに加えて、物事を個々の観点からだけでなく全体として捉える、あるいは単眼的でなく複眼的に見るという特徴があります。こうした経済学的考え方を身につけることは実社会における様々な問題に対処する際に、たとえ間接的であれ、きっと役に立つはずです。

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