研究紹介

理学研究科 数学専攻 粕谷直彦准教授 インタビュー

「無手勝流・温故知新のすすめ」

研究テーマ模索の旅

私が数学の研究を志すようになったそもそものきっかけは受験算数です。中学受験へ向けての勉強をする中で、学校ではやったことのない問題が現れるのですが、その場で考えて色々工夫したり見方を変えたりすることによって、一見難しく見えた問題が一瞬で解けてしまう、ということがしばしば起こる。その面白さにはまっていきました。中でも一番好きだったのが平面幾何の問題でした。現在幾何学の研究をしている一つの要因であろうと思います。ただその後、数学一直線という訳でもなく、高校時代は文系になろうかと迷うなど紆余曲折がありましたが、結局大学では数学科へ進みました。実際に研究分野を決定する一番の要因となるのは当然ながら研究室選びです。私の場合は学部3年生の最後でしたが、必修の幾何学の講義を担当されていた教授のゼミを選びました。受講した講義の中で比較的よく理解できたから、というのが理由でした。その後、4年生、修士課程、博士課程と6年間指導していただきました。

私の専門はより細かく言うと、幾何学の中でも微分位相幾何学という分野です。研究者としての基礎は学部4年生と修士1年の時の勉強で培われたと思います。その頃、ゼミで読んでいた教科書以外に「微分位相幾何学」(田村一郎著)という本を自分で読んでいました。それは自分が学んでいることの全体像が全く見えてこない中で、基礎的な事項の理解を完璧にすれば何か見えてくるのではないかという思いからでした。このように苦しい状況で必死に足掻いたことが後々の土台となるということは往々にしてあることかと思います。

しかし、教科書ばかり読んでいても研究テーマの決定には必ずしもつながっていきません。私が研究テーマを接触構造に決定したのは修士2年になってからでした。そこには本学卒業生(理学博士)でもある森淳秀さんとの出会いが深く関わっています。というのも森さんに接触構造について色々と教えていただいたことが修士論文さらには博士論文のテーマを決定するきっかけとなったからです。ではその後、接触構造一本で研究してきたか、というとそういう訳でもありません。博士号を取得した後、「何かを変えないといけない」という強烈な危機感を感じ、研究テーマの変更を試みました。その中で2人のイタリア人数学者と出会い、彼らと共に複素構造に関する問題を解きました。また、高瀬将道さんと3次元多様体のはめ込みと結び目の関係についての共同研究も行いました。

このような調子で私はその時々で解けそうな問題、面白そうな問題を解いてきたので、「研究テーマは何か?」と問われれば、「今も探している」というのが正直な答えです。ただし、一定の一貫性はあって、「実と複素が交わる幾何学の問題を微分位相幾何学の立場から解く」ということを目指しています。

共同研究の楽しみ

nの開集合をペタペタと貼り合わせて出来る図形のことを多様体といいます。貼り合わせ領域同士を位相同型で貼り合わせた場合は位相多様体、微分同相で貼り合わせた場合は微分可能多様体といいます。また、ℂnの開集合をペタペタと貼り合わせて出来る図形のことを複素多様体といいます。この場合、貼り合わせは双正則写像です。複素多様体は同時に微分可能多様体になっているので、「微分可能多様体の上に複素構造が入っている」という風にとらえることができます。

微分位相幾何学とは微分可能多様体を扱う分野です。その興りはやはり John Milnor によるエキゾティック7次元球面の発見という革命的な仕事に始まると言っていいと思います。そのため本来ならその解説をするのがよいのでしょうが、残念ながらこの記事の中で分かりやすくお伝えするのは不可能です。そこで代わりに、私が2人のイタリア人数学者 Antonio Jose Di Scala 氏、Daniele Zuddas 氏と行った共同研究についてお話します。

微分可能多様体の上に非退化な閉2-形式が存在するとき、シンプレクティック多様体といい、その2-形式をシンプレクティック形式といいます。複素多様体の上に複素構造と適合するシンプレクティック形式が存在するとき、その複素構造はケーラーであるといいます。例えば、ℂnや複素1次元多様体はすべてケーラーです。

私たちは次の問題に取り組みました。

「ℝ4上にケーラーでない複素構造は存在するか?」

先に結論を言うと存在します。私たちがそのようなものを無限個作りました。構成のための最初のヒントは

「ℝ4と微分同相な複素多様体は楕円曲線を含むならばケーラーでない」

ということでした(楕円曲線とはトーラスと微分同相な複素多様体のこと)。つまり、「ℝ4と微分同相で楕円曲線を含む複素多様体」を作れば勝ちということです。

しかし、共同研究を始めた頃はそれ以上の方針が立たず、しばらく棚上げ状態が続きました。半年ほど経った頃3人でメールによる議論を行った際に、4次元球面S4を2次元球面S2上のトーラスファイブレーションとしてみる方法を知りました。

2つの図はそのファイブレーションを表しています。図1の右側および図2を見るとほとんどすべてのファイバーはトーラスですが、2ヵ所に特異点が現れています。これらの特異点はレフシェッツ特異点と呼ばれる比較的扱いやすい特異点ですが、片方は正の特異点({zw=0}⊂ℂ2の原点に相当)、もう片方は負の特異点({z¯w =0}⊂ℂ2の原点に相当)となっています。これは松本幸夫氏と深谷賢治氏によって30年以上前に発見された例なのですが、当時の私は勉強不足でイタリア人数学者から教えてもらうことになりました。しかしその時、これで構成ができると確信しました。なぜならこの例はℝ4を2つのピースに分解するためのヒントを与えていて、しかも片方のピースは1本の特異ファイバーとトーラスたちで埋め尽くされているからです。つまり、どのような2つの複素多様体のピースを用意してどのように貼り合わせれば、楕円曲線を含みしかもℝ4と微分同相になるか、その設計図が書かれているようなものだったのです。実際には設計図に従って貼り合わせ領域を指定して双正則写像で貼り合わせる段に苦労があり、構成を完成させるまではその後2ヵ月程かかりましたが。

では、なぜこの方法を誰も思いつかなかったといえば、大きく2つの理由があります。1つはそもそもこのような問題を考えている人が他にいなかったこと。もう1つはS4上には複素構造はおろか概複素構造も存在しないため、複素幾何とは関わりのない対象だと思われてきたということです。上のファイブレーションにおいては負のレフシェッツ特異点が1つ現れており、そこが複素構造を入れる上では邪魔な点になっています。ではその点の近傍をくり抜いてしまえばいいのではないか。すると実際に残りの部分にはファイブレーションが正則写像となるような複素構造が入ったという訳です。

このような形で発想の転換が上手くはまったときには、算数の難しい問題を解いたときの感覚が甦ってきます。一方で、共同研究者とのやり取りの中からいわば「瓢箪から駒」のような形で解けてしまったので、自分が解いたことには違いないのですが目の前に答えが置かれたような不思議な感覚もありました。しかし、これが共同研究の醍醐味であろうと思います。

大学院進学を目指す方へ

インタビュー風景

大学院へ進学した場合、初めは何らかの教科書を読むことになるでしょう。これはその後の研究の基礎になるので、じっくり取り組んでください。大事なことは自他に対する誤魔化しをしないことです。その後、取り組む問題を見つけるべきタイミングが来ます。その際には基礎が出来ていないから研究には取り掛かれない、などと思わない方がよいでしょう。全てを理解していないと研究ができない、などということはありません。むしろ問題に取り組む中で現れる習得すべき新しい知識や分野をその都度ゼロから勉強する、ということによって力がついていきます。その時には、怯まずにしかし謙虚に数学に向き合う態度が必要となるので、それを学部および大学院の初期の段階で養っておくことが大切であろうと思います。

数学においては全くの無から自分一人で創造するということはほぼ不可能なので、偉大な先人の論文を読むことをお勧めします。それも古典的、基本的と思われているものに宝が眠っていたりするので、流さないようにしましょう。先入観を持たずに自分の頭で理解していくことが重要です。問題に取り組む時もそうです。あまり、この分野の問題、と決めつけない方がよいです。分野などというものは人間の都合で決めたもので、数学からしてみれば関係ない訳です。自分の知識を総動員して、自分の頭で考え抜く。そのことが創造性へとつながっていきます。

最後に本学の教員でもあった偉大な数学者、岡潔氏の言葉をお送りします。
 「数学とは生命の燃焼である。」
 燃やしたい方は是非。大学院でお待ちしております。

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