喫煙を科学する

タバコがなぜ体に悪いのか、細胞、遺伝子レベルで解明する

タバコ喫煙は、「健康に悪い」「がんになる」などと言われ、最近では周囲への配慮から分煙化が常識となってきました。
では、タバコ煙の何がどう悪いのでしょうか?
このことを免疫細胞学からアプローチしているのが竹内実先生です。
タバコ煙は肺の「免疫系」に悪影響を及ぼします。
免疫系とは自己と非自己を識別し生体を防御する一連の細胞の働きのことです。
タバコ煙がこのシステムをうまく働かなくしているとしたら……たしかにこれは大変なことなのです。
動物生命医科学科 竹内実教授
動物生命医科学科
竹内 実教授


医学博士・博士(獣医学)。専攻は免疫細胞学。子どもの頃は野生児そのもの。昆虫採集をしたり、琵琶湖に魚釣りに行ったり、近所の犬を追い掛け回したり、自然に親しみ動物が大好きだった。好奇心が強く、蜂の巣にちょっかいを出して刺されてしまったことも。大学では獣医学を専攻。大学院時代にはすでに、付属家畜病院で実際に動物を診察、馬や牛といった大きな動物も診たという。現在の専門では動物を診察することはないが、獣医時代の経験はいろいろな場面で役に立っている。「もちろん、今でも動物が大好きですよ」と語る。

タバコは肺の何に影響を与える?

人は常に呼吸していて、ずっと肺を働かせています。たとえ周りに排気ガスがあふれていても、タバコの煙がもうもうとしていても、休むことなく呼吸しています。しかし、汚れた空気を吸い込んだからといって、すぐに病気になるわけではありません。これは「免疫系」の働きによるもので、風邪が自然に治るのもこの働きがあるからです。
肺の免疫系の中心は「肺胞マクロファージ」——大型の食細胞とも呼ばれる白血球の一種です。肺の中に有害物質や異物、細菌やウイルスなどの抗原が侵入すると、まずそれを取り込み、他の免疫系の細胞に知らせます(抗原提示機能)。情報を受け取ったT細胞と呼ばれるリンパ球、中でも免疫反応を促進するヘルパーT細胞が活性化し、B細胞と呼ばれるリンパ球に働きかけ抗体を産生させます。タバコを吸う人が肺疾患に罹る割合が高いのは、喫煙がこの「肺の防御機能」に何らかの影響を及ぼしている——つまり、タバコを吸うことが、免疫系の中心となる肺胞マクロファージに悪影響を与えるという仮説を立てました。

マウスを使って実験

仮説を証明するため、餌と環境を管理し、同一条件下で飼育したマウスを使って実験を行いました。マウスに毎日20本ずつタバコを吸わせると、はじめは嫌がりますが、しばらくすると抵抗なく「喫煙」するようになります。一定期間喫煙させたマウスの肺胞マクロファージを見ると、通常とは違ってかなり痛んだ状態で免疫機能が低下していました。詳しく調べてみるとDNAレベルでも影響が出ていることもわかりました。DNAのあちこちが切断されているのです。

免疫システムの機能が低下し、肺がんの恐れも。

喫煙によってタバコに含まれる有害な粒子が侵入してくると肺胞マクロファージはそれを取り込むことで活性酸素を大量に発生させます。肺は酸素を取り入れる場所ですから活性酸素が発生しやすく、しかもタバコの煙の中にも活性酸素が含まれていますから、喫煙によって活性酸素が大量に発生します。大量の活性酸素は細胞の機能をコントロールするDNAを切断し、細胞に決定的なダメージを与えます。
肺胞マクロファージが損傷を受けると抗原提示機能は著しく低下します。すると、免疫反応は連鎖的なものですから、免疫システム全体がうまく機能しなくなります。そうなると、少しのことで風邪を引いたり、いったん引いた風邪がなかなか治らなかったりするばかりか、切断されたDNAが元へ修復しようとして、塩基の配列が変わり異常細胞が発生します。これが将来がん細胞に変わる可能性もあるのです。

大きな可能性を秘めた免疫細胞学

「がん」をはじめ現代病の多くは「免疫システムの異常」によって引き起こされると言われています。現在、免疫システムや免疫細胞についての研究は急速に進み、「がん」に対しても、リンパ球やマクロファージなどの働きを強化し治療しようという免疫療法が大きく期待されています。免疫システムの解明は徐々に進み、医療や医薬品の新たな進展が見られています。しかも今後は、多くの人類を救うような画期的な研究や発見が生まれる可能性もあり、将来性豊かで人類に大きな幸福をもたらすことのできる研究分野だといえるでしょう。
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