新型インフルエンザの脅威に備える

鳥インフルエンザの性質を見極め、有効な対策を考える

今年、世界中を騒がせた新型インフルエンザはアメリカとメキシコで猛威を振るい、日本にも上陸して流行の兆しを見せています。また、パンデミック(pandemic:世界的大流行)を引き起こすことが想定されてきた高病原性鳥インフルエンザの発生源は中国でした。
今や人類の生存を脅かす感染症は世界中から襲って来ます。
グローバル社会に生きる私たちにとって、もはや宿命的な脅威なのです。
新型インフルエンザの流行に備えるために、敵の正体を見極め、いかに被害を小さく抑えるのかを研究されている大槻公一先生に、新型インフルエンザや鳥インフルエンザについてお聞きしました。
動物生命医科学科
大槻 公一教授


獣医学博士。北海道大学獣医学部卒業後、鳥取大学附属鳥由来人獣共通感染症疫学研究センター長などを経て、06年に京都産業大学鳥インフルエンザ研究センター長。鳥取大学時代に山陰地方に飛来する渡り鳥などを長年隈なく調査して回ったことが、今日、鳥インフルエンザ研究の基盤となっている。研究センター長として「本学は学部間の垣根が低く、生物系はもちろん、社会科学系、数学系など多彩な人材が研究センターに集まってくるのが強み」と胸を張る。静岡県立静岡高校OB。

渡り鳥が運ぶ鳥インフルエンザ

私が鳥インフルエンザの研究に着手した契機の一つは、1976年にWHO(世界保健機構)が出した声明でした。それは「ヒトの新型インフルエンザ出現に鳥インフルエンザウイルスが深く関与している」というもので、加盟国に鳥インフルエンザの調査・研究を勧告したのです。
当時、ヒトのインフルエンザウイルスと鳥インフルエンザウイルスの関連性は分かっていませんでした。渡り鳥の多数のフンを調べたところ、高率にインフルエンザウイルスが見つかったのです。これらのウイルスはヒヨコに感染することを実験的に確かめました。しかし当時、日本でニワトリにインフルエンザは流行していませんでした。また鳥インフルエンザが発生したという記録もなかったのです。
20世紀末から、国境も海峡も関係なく移動する渡り鳥が持ち運んでいる強毒のH5N1※1鳥インフルエンザウイルスが、日本に現れないのはおかしい。鳥インフルエンザはいずれ日本でも現れるだろうと予測していました。

13年間ヒトのウイルスへ変異しなかったH5N1ウイルス

1996年、中国の南部に最初に出現した強毒のH5N1鳥インフルエンザウイルスは、2004年、山口県の養鶏場で国内最初の感染を起こしました。実に79年ぶりの鳥インフルエンザ国内発生でした。韓国南部で大きな発生を引き起こしたウイルスが、野鳥によって対馬海峡を越え、国内の鶏舎に侵入したと推測されています。ちょうど季節は冬で北西の強い季節風が吹く時期ですから、上空700メートル程度まで上昇できる鳥であれば、留鳥でも対馬海峡を越えてしまうことは可能です。
H5N1ウイルスが世界で初めて出現してから13年が経ちました。変異しやすいインフルエンザウイルスにとって13年というのは大きく変異するのに十分な時間だと考えられます。しかし、いまだに鳥インフルエンザウイルスのままです。ヒトのウイルスにはなっていません。ヒトの新型インフルエンザウイルスにはなりにくい性質のウイルスかもしれません。別の型の鳥インフルエンザウイルスも新型インフルエンザウイルスの候補として考えておかねばならないでしょう。

今回の新型インフルエンザウイルスはブタ由来

今、世界中を騒がせている新型インフルエンザウイルスは90年前に世界中で大流行したスペインかぜウイルスと同じH1N1型です。今回のウイルスはブタ由来です。しかも、スペインかぜの出現初期にブタに感染して定着したウイルスの抗原を持っています。1919年より前に生まれた人が抗体を持っていることとも符丁が合います。もともと、ヒトと豚との間ではインフルエンザウイルスの相互感染が起きやすいのです。
ただ、従来の豚インフルエンザウイルスと大きく異なるのは、従来のものではヒトに感染してもヒトに明らかな症状が出ないのに対して、今回は典型的なインフルエンザ症状が現れたという点です。A香港型(H3N2)や鳥インフルエンザウイルスの遺伝子を一部持っている点も従来知られている豚インフルエンザウイルスとは明らかに異なります。

「弱毒性」への疑問

厚生労働省は「今回の新型インフルエンザは弱毒性」と述べていますが、これは疑問です。通常の季節性インフルエンザウイルスはゴールデンウィークを過ぎると検出できなくなります。真夏でも感染者を出している今回の新型インフルエンザウイルスは、明らかに季節性のものより強い感染力を持っています。ほとんどの感染者の症状は軽いようですが、暖かく呼吸器病に抵抗力の強い、人体のコンディションが良い時期に感染して、症状が軽いのは当たり前かもしれません。むしろ、暖かい時期でさえウイルス感染者に臨床症状を出すというのは、それだけヒトへの病原性が強いということです。今回のウイルスをあなどらず、手洗い、うがいの習慣をつけること、マスクの準備※2は怠らないようにしてください。

※1 ウイルス表面を覆う糖タンパク質の型を表す。Hは「HA:赤血球凝集素」、Nは「NA:ノイラミニダーゼ」のこと(図(1))。HAは16種類、NAは9種類が見つかっている。ヒトなどの動物は、感染したウイルスの型に応じた抗体を産出し、以後同じ型のウイルスに対して免疫を持つようになる。

※2 抗ウイルス加工のマスクがベストだが、ガーゼのマスクでも一定の効果はある。インフルエンザウイルスはくしゃみや咳の飛沫に付着して空気中を移動するため、ウイルスを通してしまうガーゼでも飛沫から身を守ることはできる。また感染者が着用することで飛沫の拡散を防ぐこともできる。大槻先生は大手繊維メーカと共同研究でウイルスを無力化させるマスクの開発にも取り組んでいる。
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