サギタリウス賞

「姉のスカートの陰から」

外国語学部 言語学科 1年次生 渋谷 薫

審査員講評

 常に姉のスカートの後ろに隠れていた人見知りな「私」。それを克服しようと挑戦している今の「私」とその心の葛藤を語る導入部,また,「私」の挑戦のきっかけとなった高校時代のスペインでの海外交流イベントとそこで出会った「弟」とのふれあいを描く展開部,さらに「私のグローバル化」は日々笑顔で過ごすことだと気づいたことを語る結論部に至るまで,簡潔なテンポの良い文章で一気に読ませ,読後に清涼感を感じさせる秀作である。グローバル化のためには「常に様々な人と交流するという意識を持ち,笑顔でいることが大事だ」との「私」の考えは,グローバル化の本質を良く捉えていると思うし,また,その意味で「私」は確実に一歩を踏み出している。人との交流には語学力も含め対話力が力を発揮するが,交流の意思があれば,対話力は自然とついてくる。「私」には今後の学生生活で是非「英語も頑張って」欲しい。毎日を笑顔で過ごす「私」に幸あれ。

作品内容

「姉のスカートの陰から」渋谷 薫

 「いらっしゃいませ、ご注文はなにになさいますか?」 多くのファーストフード店に入店すると、まず最初に聞かれる一言である。小さいころの私はそれに自ら答えることができず、いつも姉のうしろにいて、自分の分も姉に注文してもらっていた。
 思い返せば、わたしは小さいころから人見知りであった。いつも姉の後ろに隠れ、初めて出会った人とは会話しようとせず、注文するために店員さんと話すこともできず、久しぶりに会った親戚には話しかけられることが怖くて近寄ることすらしない。自分と家族、友達という、『自分にとっての小さな国』で完結していたのである。 自分と家族、友達以外は私にとって、『同じ国籍ではあっても外国の人と同じ扱い』で、普通に生活しているなかでは関わらなくてもいい人に分類されていた。
 成長するにつれ、家族や友人の助けもあって少しずつ改善されてきているが、今なお初めての人と話すのは苦手で、笑顔がない、引きつっていると言われる。
 そんな私が、今アルバイトでレジ打ちをしている。
 本当は、人と関わることのないアルバイトをしようと思っていた。しかし、それでは自分が成長できない。自分が成長するため、『自分にとっての小さな国』から外の世界にでるためには、自ら行動していかなければと思ったからこそ多くの人と関わるレジ打ちという仕事を選んだ。
 そのアルバイト先で、やはり想像していたように上司から「笑顔がかたい」と注意された。その時、注意とともに、こう言われた。
 「渋谷さん、あんた笑顔の店員と無表情の店員とやったらどっちがいい?もちろん笑顔の店員のほうやろ?それに、お客様に限らず、人に会ったときは笑顔を意識しやな。笑顔に気を悪くする人はおらんし、笑顔で気が緩んで仲よくなりやすくなるやろ。それに生きていくうえでも笑顔は大事やで。」
 高校二年の時にも、私は自ら行動を起こした。
 もともと外国語に興味を持っていたのもあって、和歌山県の熊野古道とスペインのサンティアゴの道の姉妹道協定での交流団への参加の応募をしたのである。運よく当選することができ、10日間ほどスペインで過ごし、ホームステイを経験した。そのとき、スペインの国の人だけでなく、フランスやイタリア、ハンガリー、ポルトガルなど様々な国の人と共に行動することになり、多くの人と交流することができた。
 残念ながら、私は英語が得意ではなかったので、ほとんど話すことが出来なかったし、相手側にも英語を使うことのできない人がたくさんいた。しかしそんななかでも、お互いが分かる英語、ジェスチャー、絵などを駆使して交流した。簡単なお互いの国の言葉や文化を教えあったり、自分たちの国の料理を食べ比べたり…。
 頑張って交流しているうちに、ほとんど英語を話すことができず人見知りの私に、イタリア人の弟ができた。彼とは、最初の2,3日はお互いにほとんど話さなかった。しかし4日目ぐらいに、彼がある日本人の女の子に悪戯をしているのを目撃した私は思わず笑ってしまった。それを見て彼は言った。
「It is a lovely smile! You should laugh more!」
 正直最初は話しかけられたことに緊張して何を言われているかも分からない状態だったけれども、次第に話せるようになって、後半は彼と大半を過ごした。スペインの旧市街を探検したり、海へ行ったり、サンティアゴの道を歩いたり…。いろんなところをまわっているうちに、彼は私のことをmy sisterと言ってくれた。こんな私でも仲よくしてくれて、そしてさらにそう言ってくれることが嬉しくて涙が出そうになった。
 最後のお別れのとき、日本人のみんなで彼に寄せ書きを書くことになった。私は迷わず、
Dear my brother
I was happy to meet you.
I want to meet you again.
From your sister
と書いた。彼は泣きながら抱き付いてきてくれた。
 このスペインでの経験で、例え拙い英語しか使うことが出来なくても、海外の人と交流することができるのだと感じた。
 この経験からたくさんのものを得た。新しい友人、第二の家族、異文化との出会いなど。様々なものを得ることができた中で、一番の大きな収穫は自分の世界の狭さを改めて思い知らされたことであったと思う。
 惜しむらくは、私自身の人見知りのせいで最初は全然交流できなかったことである。

 大学生になってもまだまだ人見知りが治らない私である。『自分にとっての小さな国』から出ることが怖くて、出たとしてもすぐに『小さな国』に戻ろうとして…。
 私は今までの経験から、私自身が『小さな国』の外と関わるためには、私自身が『グローバル化』するためには、常に様々な人と交流するという意識を持ち、笑顔でいることが大事だと思った。
 確かに英語はコミュニケーションの手段としては大事だろう。英語さえ習得すれば、世界の大半の人々と話すことができるのだから。しかし、例え英語が出来ても結局は交流するという意識がなければ意味がない。しかも、私は言葉を十分に使えずとも、意識次第でどうにかなると、身をもって実感した。だからこそ、私は英語を頑張るのではなく、人と交流するという意識と笑顔を常に保ち続けたいと思うようになった。
 私には多くの人が取り組んでいる、または取り組もうとしているような大規模な『グローバル化』はできない。しかし、私なりの『グローバル化』をするために日々笑顔で過ごしていきたいと思う。

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