サギタリウス賞

「湯浅家」

経営学部 経営学科 4年次生 湯浅 雅史(ゆあさ まさふみ)

審査員講評

 このエッセイは、家族(父母)にたいする感謝の気持ちを表したものである。特に、親子関係を「家族全体の絆」として、長期的な視点に立って客観視している点が優れていると解せられる内容となっている。さらに、現今の「家族への虐待」「イジメ」と言った問題にまで言及しており、単に両親への感謝だけでなく、その内容を社会性にまで昇華させている点も評価できる。ただ、著者が「立派な人間になることが何よりの恩返しになる」と言う表現を使っているが、その心情は理解できるとしても、著者が言う「立派な人間」とはどのような人間をさすのか、「家族全体の絆」と言う観点からもう少し具体的に表現できれば良かったのではないかと悔やまれる。

作品内容

「湯浅家」 湯浅 雅史

 湯浅淳。21歳で湯浅貴子と結婚する。翌年三月、一児出産。それが私である。その後、女児・男児と三子の父として今に至る。

 結婚後、父は仕事を辞め実家で営んでいたギフトショップを継ぐ。当時日本は高度成長期にあり、我が家は自営業だけで十分に生きていける状態であった。しかし、翌年バブルが崩壊し、大手企業を初め、地域の零細企業にも着実に影響が生まれていた。我が家も例外ではない。そんな時代に私は生まれた。

 私は幼い頃から、父が嫌いだった。昼間は家におらず何をしているか分からない。夕方、母が電話して家に帰り、酒を飲む。そして、家業を実質運営している母とはよく喧嘩をし、母が実家へ帰ることもしばしばであった。私に対しても暴力を振るう。そんな父を尊敬できるはずもなく、父の目を気にしながら生きることも、母を泣かせる父も大嫌いだった。父の顔を見ることが何より嫌だった。

 そんな父の転機は弟が生まれる時だった。

 私が9歳の時、母は弟を身ごもった。けれど、我が家の家計では出産後の養育は困難であり、親戚一同は流産することを薦めていた。しかし、父は、「生まれてなかろうが、命を捨てるのは殺人や!産め」と言ったそうだ。この一言で、弟の出産は決定した。父は、知り合いの建設業社に就職し、毎日々々少しずつ背中を日焼けで黒くして帰る父…父が入った後のお風呂は汚くて誰も入れないと皆で文句を言い合っていた。でも、そんな父の働く姿が誰よりも好きだった。

 父が結婚した21歳に今、私は立っている。今、私は父を「父」としてではなく一人の男として見つめ直す。この年で一人の女性の人生を背負い、家業を背負い、そして翌年は私をも背負った。今の私に父と同じものを背負う覚悟はない。今だからこそ、背負ったものの重みや苦労がよく分かる。父が仕事をしていなかった気持ちも、怒る気持ちもよくわかる。そして、その底に流れる優しい感情も。

 最近、私は人に誉められる度に、父から教わったことだと感じる事が多い。父さんは私に「人とのつきあい方」を教えてくれた。礼儀・思いやり・義理を通すことの大切さ…「人といるときは必ず楽しませなければいけない」私が好きな言葉の一つである。仕事に対してもそうだ。「やるべき事をまずやったやつにしか、自由は与えられない。」…大学の勉強に打ち込めたのは父のこの言葉があったからである。

 母も同様である。母は自分にお金を使わない。服装はもらいもの、または安いもので済ます。雑誌なども買わない。実質計算してみると、家計のすべては生活費と子供の養育費にあてられている。昔は、「あんな風に生きていて楽しいのだろうか?」と思ったが、そうではない。子供のために身を削って、自分の欲を殺して、私たちに自由を与えてくれるのである。金銭面だけではない。精神面でも母は支えてくれる。就職活動では、ただ「あんたはできる子やからな、信じているよ」とだけを言い続け、毎日励ましてくれた姿は、思い出すだけでも涙がでる。家に帰れば当たり前にご飯があって、雨が降ったら駅まで迎えにきてくれる。当然に感じることもそれは当然ではない。私は、幸せな息子である。

 両親は、良いときも悪いときも私を見守ってくれる。そして、常に私のことを考えて動いてくれる。これを愛というならあまりに簡単すぎる。もっと大きな、言葉にできない大きなそして優しい存在である。それを親というならば、なんとすばらしいものかと感じる。私を大学にやることも相当大変だろうに。

 私は両親に対して、何が返せるのだろうかと考える。私は、まず何よりも誰よりも立派な人間として生きて、「自分が育てた子はここまですごい人間なのだ」と思ってもらえることが何よりの恩返しではないか。これから、私は社会にでる。私の一番の目標は、社会に「こんなすばらしい人間を育てたのは誰だ!親の顔が見てみたい」と言われるくらい、もっと立派になって、もっと人を愛し愛される人間になることだ。立派に生きること。周りの人を幸せにできる人間になること…それが私にできる唯一の親孝行である。

 ところで、最近、私は、「家族バカ」と友人にいわれる。今でも月に1〜2回は家族全員でどこか遊びに出かける。この間もみんなで映画を見に行った。友人はそんな姿に異様を感じるのかもしれない。今、社会では親を殺害し、子を殺害する事件を時々に目にする。また親の離婚、浮気が当然のように語られていることも耳にする。家族を嫌う友人も中には存在する。私は、その人達が悪いとは思わない。けれど、簡単に判断せず長い間、家族というものが一緒にいれば時間によって解決されることもあるのではないかと考えてしまう。時には間違ったやり方で傷つけ合ったとしても、お互いが思い合い、分かり合いながら一緒にいることが大切だと思う。私も最初は家族が嫌いだった。でも、大人になって始めて心から、親のありがたみが理解できた。時間がたつことにより理解できることもある。理解したとき、今までにない喜びや幸せを感じてしまう。今、みんなで冗談言いながら笑いあえる瞬間をとても幸せに感じる。今度は、今まで行けなかった旅行にみんなで行こうね。この家庭に生まれて育って本当に良かった。本当にありがとう。

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