サギタリウス賞

「生きる好奇心」

外国語学部ドイツ語学科 4年次 岡本 歩美(おかもと あゆみ)

審査員講評

 岡本さんは行動力がある。好奇心にあふれていて、自分にとって何が大切かを考え、大切なものに向かって行動を起こす。それが「食」であり、素材を作り出す「農業」であった。食べることは日常の大切な営みだが、われわれはそれを少しないがしろにしてきたのではないか。食材についてもどこでどのように作られたのか頓着せずに買い込んでは調理している。昨今スローフード運動が隆盛だが、それも当然であろう。
 元来、人間は身の回りに生きている動植物の生命をいただいて生活しているのだ。農業は、その生命の成長・成熟の過程に人手を加えてわが糧を得る営みなのである。人間の手ですべてがコントロールできるものではない。自然の前では謙虚にその恵みを得られることに感謝しなければならないだろう。
 岡本さんは「食」に関わる仕事を求めて「農業」に行き着いた。「今踏み出す新しい一歩は好奇心で溢れています」という岡本さんが、さらに持ち前の好奇心を存分に発揮して、農業の新しいあり方を模索する道へ踏み出してほしいと願っている。

作品内容

「生きる好奇心」 岡本 歩美

 いったい私は何をしたいのか―2回生になった頃からずっと考えていました。具体的な職種が浮かばないものの心の内に確固たる想いとしてあったのは、自分のために、そして人間味のある仕事をしたいということでした。
  私の思う人間味のある仕事とは、生きる上で絶対的に必要な物事に関わる事です。その幅はとてつもなく広く、もしかすると全職業が当てはまるのかもしれませんが基本的には衣食住であり、何がなくともこの3つは絶対不可欠なのです。今の日本は経済的にとても恵まれている国となったのは良いのですが、私達が生活している現代社会のシステムには、豊かな生活を送ろうとして築き上げたはずなのにそれが今は逆にシステムを維持することに囚われ、情報に翻弄されて人間らしい豊かさを犠牲にしている、と思える面があるようでならないのです。もちろん、社会の中で働くことは人のために役に立っているということですから、どんな仕事だって素晴らしいに違いありません。どれも大きな喜びを伴い、やり遂げれば生きがいを感じられるでしょう。大学生活中、色んな経験をしたくて沢山のアルバイトに取り組んできました。クレジットカードの勧誘では、カードが売れるとそれはそれは嬉しかったし、ウエイトレスや食品の販売員をしていた時はお客様と話したり様々な料理を見たりと楽しめました。工場内ライン作業では早くできるだけ数をこなすことに必死になり、カラオケ店ではお客を呼び込むことに気合が入っていました。他にも何種類か挑戦してみましたが、どれも人のためになるそれぞれの良さのある仕事でした。極論を言えば私は何だか、現代社会の、人が作ったルールの中でより便利に生きるためより、どんな社会でも人種でも時代でも関係なく人間本来が感じる喜びを味わいたい、おおげさかもしれませんがそう思ったのです。それでお金も稼ごう、そうすれば完璧だというわけです。思いついた中で特に食は、生きることそのものであり私達の命の原点であります。また自然の協力がないと成り立たず、その恵みを直接感じられます。なにより動物としての私達の生死の鍵を握っており、しかも人間ならではの多様な文化が生まれる場でもあります。そこで「よし、どうにかして食に関わる仕事に就きたい」というビジョンにまでたどり着きました。食と一言で言ってもその種類は膨大にあり、農家、流通等生産そのものから、レストランやまたはフードコーディネーター、料理人、研究家等文化的な色が濃いものも多様で、少し考えただけでも我々と食は様々な方向で本当に切り離せない関係にあるのだと初めて考えました。私が思う喜びが得られるのは、農業だろうと直感的に思いついた頃、インターンシップ制度で農業体験をさせてもらえるチャンスに出会いました。

 選んだ研修先は北海道のある大規模農場でした。私は住み込みで2週間働かせてもらうことになり、今まで考えた想いとは裏腹に実際はどんなに厳しいのかと緊張気味でした。
 夏だったので殆どの作業が収穫でした。機械で土の中から掘り起こされたジャガイモを手で拾うことから始まり、カボチャ採り、玉葱の袋詰め、イモの規格選別等、限られた短い時間でしたが一生懸命になって土にまみれ、大きな充実感と共に帰ってきました。自分の目で畑に沢山の野菜が実っているのを見て素直に感動しました。それらが消費者の口に入るまでにどのくらい手がかかっているかも垣間見ました。またお世話になっている間に、農場の人達から食べることは命の原点であるというお話や、土は広大なキャンパスでありそこに自由に色を付けられることに感動するのだ、というお話を聞かせてくれた方もいました。しかし、この時点で農業に就こうと決心がついていた訳ではありませんでした。農業は楽しいよ、と言う人ばかりでなく中には、やめておきなさい、どうしてもというなら生活の基盤にするのでなく自分で食べる程度にしておきなさいと言う人も少なくなく、私自身たった2週間では、実際の苦労の何分の一も分かっていないことくらい承知していたので決心がつかなかったのです。脱サラして家族の協力の下、一から始める新規就農者や退職後に新たに始める人も増えている一方、農家では若い働き手が減っており、きつい労働が割に合わないことが主な理由なのは紛れもない事実ですから、このようなことを考えているうちに怖くなってしまったのです。そして4回生になる時、このまま就職活動をしたのでは何の仕事でもすっきりとした気分で始められないし、農業をしても後悔をするかもしれないと思う気持ちがあり、全く違う環境に身を置いてみたいというのと英語の勉強をしたいという意志が手伝って、私は1年間休学してニュージーランドへ飛びました。
 ニュージーランドでは本当に良い経験を得ました。そこでは半期間は語学学校に通い、半分は旅行をしたりファームステイをしたりしていました。日本で農業をするか否かは、NZは直接的には何の関係もありません。でも、そこで出会った世界中から来ていた人々、彼らは自分の将来に何かしら目的を持ってそこに居たのです。文化の交換や様々なジャンルの話でコミュニケーションをとる中で、今まで知らなかった世界が大きく広がるのを感じ、気持ちまでが大きくなったような気がしました。もちろんホームシックになったり、思うように英語が上達しなくて情けなくなったりと辛かったことも多くありましたが、毎日が刺激的で面白い!と思えるのは健康に生きているからであり、どんなことをしたって多少のことで命までとられないのだからせっかくの人生やりたいことを精一杯やる、一見大変安直な思考回路に見えますが、私にとっては行き着いた頂点の持論であり、NZの滞在中の後半には「私はファーマーになる」と公言している自分がいつのまにかいました。

 帰国後、4回生に進んだ私は結局、今に至るまで一度も企業にエントリーもしなかったし、会社回りもしませんでした。農業に関係した本を時々読んだり、たまに開催される新規就農者のための農業フォーラムに参加したりしてどこで就農するかを考えていました。正直に言うとどこがいいなどと分からなかったので、それならば地元香川に帰ろうと思い、香川県新規就農相談センターに相談に行き香川に腰を据える気持ちを固めつつありました。その時に生まれ育った土地にもかかわらず、香川とは割と温暖で雨は多すぎず大変農業に適した場所であること―国内生産第3位のレタスやびわを始め、様々な農作物が作られていると初めて知りました。農業の担い手を育てることにも資金面での支援制度や研修制度などをもって、かなり力を入れているということなど、地元を知る良い機会になりました。そしてJAの臨時職員として手当てを頂きながら、自分の取り組みたい作物を作っている農家に研修で働かせてもらえる制度を利用して第一歩を踏み出す決心をつけました。県側の条件は1年の研修後香川で独立をする、ということでした。ここで少し、そうなると香川にずっと住むことになるのだなとふとある種の失望が頭をよぎりました。香川は私の故郷なので大好きなのは間違いありません。ただ放浪癖があり、旅が好きでまだ地球上の見知らぬ土地に大きな興味がある今は、何かここまで来た行程を否定したくなる気持ちが心の隅に引っかかってしまいました。しかしそんなことばかり言っていると何もできるはずがないとも分かっているので、とりあえず12月の選考まで待つことにしました。

 大学生活最後の夏休みを迎え、時間のある今だから出来る事をやっておこうとする中で、2年前にお世話になった農家に約1週間遊びに行きました。実際に農業に就くと決めたので少しでも役に立つ話を聞かせてもらえたらと思い、滞在中の日中は皆さんと畑に出て、夜は色々とおしゃべりをして過ごしているうち思わず、うちに来ないかと声をかけていただいたのです。思っても見ないチャンスでした。すでに慣れ親しんでいる多くの先生がここにはいるし、規模が大きいので実に多様な作物を見ることがきます。最近では農業も一つの企業団体として加工や直営などの第1,2次産業に進出しています。ここも去年オープンした直売所を始めとし、これから徐々にレストラン経営などの方面に計画があり、現場の作業のみならず時代に沿っていく経験をさせてもらえると思いました。お声をかけてくださったのも日本の農業を支える若者を育てたいという意思を持っているからであり、ずっとここで働いてくれという意味とは違います。勉強させてもらうには見逃す理由がない機会ですが、すぐには答えを出せませんでした。私が香川に帰ってくると思っている両親のことがまず浮かんだのです。他の諸事情も含め1、2日悩んだ末、最後にはお世話になりますとお返事しました。北海道に永住を決めたわけではないし、後のことばかり考えているからだめなのだ、今は何でもチャレンジしてみようと心を決めました。若いのだから何だってできるに違いないと自分に言い聞かせました。

 農業は決して楽な仕事ではありません。生き物が相手ですから天気には左右されるし、頑張れば成功するという保証もなく経済的にも不安定なことも多いでしょう。ですが常に自然の力に触れることができ、手をかけた結果は自分にダイレクトにはっきりした形で返ってきます。そして人間が生きることそのものを支えている素晴らしい職業だと思います。健康だの無農薬野菜だの叫ばれる中で、一番自分で管理できる位置です。今、ゼロの状態の私は大きな不安も抱えているし、将来独立するのか、どこで何を作りたいのか、それとも観光農園のようなものをしたいのか、といった具体的構想は全くありません。それが今後の課題になってくるでしょう。好奇心だけは常に身につけ、これからも進んでいきたいと思います。今踏み出す新しい一歩は好奇心で溢れています。

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