審査員特別賞

「あゆへ」

法学部 法律学科 4年次 鎌田 央子

審査員講評

 このエッセイは、日ごろ学生が使っている京都弁をベースに留年者として大学に残った筆者が、卒業した友に自分の現在の心象風景を語るというスタイルの手紙文である。 内容も一貫してモノトーンの自己描写で、いささか退嬰的なにおいが気になる。 そのせいもあって、本作品の評価は大きく割れた。
 あっという間に単位をとり卒業していったかつての友人たち。 このような人生の流れに、「心の中にある釈然としないもの」を感じながら、路傍の傍観者として見送る筆者。 そのせいもあってか、ボランティアに応募しても、なかなかノレない筆者なのだ。 評価が伸びなかったポイントなのではないだろうか。 しかし捨てがたいのは計算された構成とさりげない文章のうまさである。 留年生として残された学生時代の気だるさを語っていくところは、社会に出て行った友人たちの対比の中で、不思議な効果を醸し出している。
 エッセイはつぎのような追伸で終わる。 「私、京産を好きになりつつあります」。 たしかにただ一点、この一言にしか光は見えないのだが、しかし曇天の青春に射す一条の光の中にこそ「救い」が見える思いがする。 この曲者のスト−リィ・テラーの将来に期待する。

作品内容

「あゆへ」 鎌田 央子

 元気にしてますか?みんなが卒業して、はや半年が経ちました。そろそろ仕事にも馴れてきたところかな?

 私は4月から5回生、頑張ってるで。パンキョーで「文化と心理」ってあるやんか。あれを前期に履修して、私にしては珍しく1回目の授業から出席してみてん。そしたら、授業の最後に先生がボランティアの募集をしはってん。「『学びのパートナー』って言って、別室登校の小中学生の遊び相手になったり、勉強を教えたりするプロジェクトがあります。」って。私、それ聞いた瞬間に「やりたい!!」って思ってん。あんたもご存知の通り、私、高校時代、ものすごく学校が苦手で出席日数の計算してギリギリまで休んでたやんか。小学校高学年までは先生に当てられたら泣いてたし。それもあって、その子たちの気持ち少しはわかれるかもしれん、と思って。でも一番の理由は、心の中にある釈然としないものを解決するためっていうのが大きいのかも。私は3回生の時点でほぼ留年決まってたやん。で、周りの友達を見渡してみたら、みんながみんな私とは違って実に要領良く単位を取って、秋から就活を始めたやん。で、就職も決まり、あっという間に卒業して働いてるやん。そんな普通の大学生の流れを見てて、「これでいいんかなぁ…」って私は思ってしまっててん、ずっと。もちろん、何かに一生懸命に打ち込んでた子もいるよ、でも大半が、流れに身を任せたままどんどん勝手に流されてるように見えて、すごい疑問に感じてん。

 私、高校の卒業文集にも書いてたやん。「高校時代、何かひとつのことに打ち込むことがなかったのが心残りです」って。このままじゃまた同じことを繰り返してしまう、一歩踏み出すなら今しかないって思って、応募してみてん。

 色んな葛藤あったで、そりゃ。「私みたいな人間に何が出来る?」とか、「受験勉強すらしてない私に勉強なんて教えられる?」とか。でも、説明会に行ってみて、「やってみたい」って気持ちがますます強まってん。同じ位、不安も強まったけど。でも、始める前からあーだこーだ悩むのって私の悪い癖のひとつやんか。だから、今回は当たって砕けてみようと決意して、面接を受けてみてん。緊張しすぎて、何を言ったかも覚えてないけど、きっとしどろもどろやったと思うわ。きっと私が受かったくらいやから全員合格やとは思うけど、掲示板に自分の名前を見つけた瞬間は嬉しかったわ。

 うちの大学からは10人が参加してるんやんか。最初の例会(みんなで集まって話し合いするねん)で自己紹介があってんけど、5回生、私だけやってんかぁ。しかも、みんな志望動機とかはきはき話すんや。元来人見知りが激しい上に、人前で話すのが嫌いやのに、「最年長やししっかりせな」とか変に気負ってしまったわ。でも実は数人同い年の子がいて安心した。

 6月から活動がスタートして、みんなは例会で毎回報告とかしっかりしてるのに、私だけなかなか担当する生徒が決まらんくってさ。それでなくても前期で卒業かもしれんから、「私には時間がない」って焦ってたのに、最後の方は「私の人生、所詮こんなもんやわ」とか投げやりになってきて。でも、前期の間に一回だけ生徒に会えてん。嬉しかったわ。その時点で「私は3月まで残ろう」って半ば決めてん。で、まぁ、見事、1単位残して後期も残る事になってんけどな。

 具体的な活動に関してはプライバシーの問題もあって、話せへんけど、まぁ、私はみんなが卒業した後、こんな活動をしてるわけです。

 始める前は「この活動によって何か変われるかも」「少しは自分に自信が持てるかも」ってちょっと期待してた。今はまだ変われたっていう実感はないし、自信もついてない。むしろ自分の無力さに、更に自信をなくしそうになる。

 でも、この私が自分から進んで何かを始めたってのは大きい変化と思わへん?

 今、私は自分の意思で動いている。っていうのが少しは自信に繋がれば、と思う。
 もしかして、それって当たり前のことなんかもしれんけど、私はそんな当たり前のことすら出来てなかったんやなぁって気付いた。気付けて良かった。

 今は学費を稼ぐために週5で働いて、残りの2日は学校とボランティアがあるから、何もなくのんびりする日って1日もないねん。正直えらいで。でも、去年までより、ずっと充実してる気がする。もちろん、みんなのいた去年までも楽しかったよ、でも大学自体に特に魅力も感じてなかったし、学生って響きが嫌いやった。低単位取得者ながら早く卒業したいって思ってた。

 今は、学生でよかったって思ってる。学生の今にしか出来ないことをしてるからやと思うけど、自分を卑下する事も少なくなった。

 みんなは私の事、心配したり同情したり、してるかもしれん。でも、私はこれでよかったって心底思ってるで。元々がマイペースすぎる人間やから、1年の遅れくらい、当然やわ。

 まぁ、とにかく、私は元気にやってます。体はいまいちやけど、心の方は去年までとは打って変わって健康です。試行錯誤の連続ながら、唯一の取り得の忍耐強さで乗り切るわ。

 あんたこそあんまり無理しすぎず、程々にするんやで。お互い、自分の信じた道を進みましょう。

 次いつ会えるかわからんけど、楽しみにしてるで。
 じゃあまたね。

央子より

追伸:さっき、「変われたっていう実感はまだない」って書いたけど、ひとつ、はっきりと変わった点を忘れてた。 私、京産を好きになりつつあります。

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