植物はどこで環境変化を感知しているのか—
環境によって姿を変えるニューベキアを用いた表現型の可塑性についての研究—

総合生命科学部 生命資源環境学科 木村 成介 准教授

環境によって姿を変えるニューベキアを用いた表現型の可塑性についての研究

 農作物の収穫はもちろん、桜や紅葉の美しさも、天気や気温に左右されます。それほど植物は環境の変化にとても敏感に反応する生き物なのです。しかし、環境の変化を受け取る“環境センサー”の多くは、まだ謎に包まれています。温度や光、水中で、まるで変幻自在に姿を変える水生植物ニューベキアを対象に、葉の形状変化のメカニズムについて研究されている木村成介先生。最新の次世代シークエンサーを使った遺伝子解析で、植物ではまだ見つかっていない“温度センサー”の発見も夢ではありません。研究内容について、詳しくお話しいただきました。

環境によって葉の形を変える不思議な植物――ニューベキア

 私が研究対象にしているのは、環境によって作り出す葉の形を大きく変化させるニューベキアという水生植物です。ニューベキアは主に北米の川や湖の近くに生育していて、水没すると、針状の細い葉を作ることが知られています。これは水没したときに、葉が水の流れを受け流すのに役立っています。また、陸上でも温度や光の強弱により、まるで別の植物のように葉の形が変化します。

 このように環境によって表現型が変わることを「表現型の可塑性」といいます。ニューベキアのように葉の形状を大きく変えるものはあまりありませんが、表現型の可塑性自体はめずらしいものではなく、すべての植物が持っているものです。春になると花が咲く、冬には葉を落とす、というのもそうですし、アスパラやもやしのように明暗で色を変えるのも表現型の可塑性です。動物であれば暑ければ涼しい場所へ逃げることができますが、根を張って生きている植物は逃げることができません。表現型の可塑性は、動くことのできない植物が、環境の変化に応じて生き延びるための戦略なのです。

 ニューベキアは、温度変化にとても敏感で、25℃で育つと丸みをおびた葉をつけますが、20℃だとギザギザの葉になります。光の場合は、弱いと丸い葉で、強いとギザギザの葉になります(写真1)。同一の個体でも、途中で温度や光の強弱が変わると、葉の形も変わります。私は、こうした表現型の可塑性のメカニズムを明らかにすることや、なぜこうした変化が起きるのかについて研究しています。

写真1

変化が起きているのは葉の根元

写真2
図1

 ニューベキアは、葉をちぎると、その断片から新たに葉を再生させます(写真2)。この新しい葉は、元の葉と同じ遺伝子を持つクローンですから、研究ではこのクローンを用いて実験を行います。

 先ほど、丸い葉、ギザギザの葉といいましたが、専門的には、前者は丸みをおびた葉が1枚なので「単葉」、後者はもともと1枚だった葉が複数の小葉に分かれているので「複葉」といって区別します( 複葉の代表的なものには、クローバーやトマトの葉などがあります)。つまり、ニューベキアは環境によって、単葉と複葉を作り分ける植物だといえるのです。

 では、この単葉と複葉は発生のどの段階で決まっているのでしょうか。

 成長過程で比較を行う発生学的手法で、単葉と複葉の差は葉の発生の初期で決まることがわかりました(図1)。また、複葉のギザギザは、葉の根元部分で生まれていて、次のギザギザに押し上げられるようにして、葉先へ伸びていました。特殊な方法で細胞分裂している細胞を可視化してやると、幼葉の間は細胞分裂が葉全体で起きていますが、成長した大きな葉では主に葉の根元部分(基部という)で盛んで、根元で葉の形が決められていることを裏付けていました。

 成長の途中で温度を変化させる移行実験では、中間的な形態をとる葉ができました。たとえば、20℃(複葉)から25℃(単葉)に変化させた場合、葉の上部は複葉で、根元は単葉という葉ができたのです(図2)。

 これらの結果から、環境条件が変わると、葉全体ではなく、葉の基部で環境変化を感知して、葉の形を変化させていることがわかりました。

図2

環境によって発現パターンを変えるKNOX(ノックス)遺伝子

 以前携わっていたトマトの研究で、複葉の種と単葉の種では、発生の段階で重要な役割を果たすKNOX遺伝子※1の発現パターンが異なるとわかっていましたから、ニューベキアの複葉と単葉とで、KNOX遺伝子の発現を比べてみました。すると、複葉を作る時にKNOX遺伝子の発現が高く(KNOX遺伝子が作るタンパク質が増える)なっていました。葉の組織を薄くスライスして発現箇所を見たところ、環境変化を感知している葉の基部で強く発現していることもわかりました。

 これらの結果からは、ニューベキアでは、環境の変化によってKNOX遺伝子の発現パターンが変わり、それが葉の形態を変えているのではないかと考えることができます。しかし、環境の変化をどこで感知して、どのような仕組みで葉の形を変えているのかは、まだ謎に包まれたままです。

※ Knotted like homeobox遺伝子の略。転写制御因子で、数種ある。

次世代シークエンスを使った遺伝子解析で温度センサーの発見に挑む

 大規模構造の種となった「ゆらぎ」は、宇宙誕生初期のインフレーションとも密接な関係があります。

 そこで現在取り組んでいるのが、次世代シークエンス( DNAやRNAの塩基配列を大量に読み取ることのできる機械)による網羅的な遺伝子発現解析です。次世代シークエンスは、第2世代と呼ばれるように、これまでの機械では不可能だったヒトの全ゲノムですら、1〜2週間で読めるほどの、膨大な数の塩基配列を読むことのできるシークエンサーです。日本で広く使われるようになったのはここ数年のことですから、今後の成果が期待されています。

 次世代シークエンスの簡単な使い方を説明すると、まず、ニューベキアのmRNAをとってきて、逆転写酵素を使ってcDNA(相補的DNA)を作ります。こうすることで、実際にタンパク質に翻訳される遺伝子の塩基配列を持ったDNAが手に入るわけです。これを1つが数百塩基ほどの長さになるようにばらばらにして、スライドガラスにくっつけます。次世代シークエンスでは、5億個ほどのDNAを貼り付けることが可能です。Sequence by Synthesis(1塩基合成反応)という方法を使うことで、1週間程で5億個のDNAのそれぞれの配列を、数十から数百塩基ずつ読むことができます。

 ニューベキアは、ゲノムの解読が進んでいるモデル生物のシロナズナと近縁ですから、ほとんどの配列情報を参考にすることが可能です。シロナズナと比べて、ニューベキアに特異的な遺伝子を探すことができますし、統計的な手法を使うと、遺伝子発現の量を比べることもできます。また、さまざまな環境条件下での遺伝子の発現を比較することで、葉の形を変えるのに重要な働きをしている遺伝子を見つけることができるのではないかと考えています。

 現在、複葉と単葉を作る条件間で発現量の差が2倍以上あるmRNAを数百個見つけています。遺伝子は互いに関係しあっているため、簡単な作業ではありませんが、この中から、葉の形の表現型可塑性に特に重要な働きをする遺伝子を見つけ出したいと思っています。もしかすると、これまでにどの植物でも見つかっていない「温度センサー」のような役割をする遺伝子が見つかるかもしれません。そんな大発見も胸に秘めて、今後も研究に励んでいきたいと思います。

総合生命科学部 生命資源環境学科 木村 成介 准教授

プロフィール

博士(理学)。専門は植物環境応答学と植物分子発生生物学。高校生物で学んだDNAの仕組みや遺伝子の機能に魅せられ、大学の生物学科へ。教師を目指していたが、卒業研究で研究のおもしろさに目覚め、気がつくと研究者の道を歩んでいた。ニューベキアとは、トマトの種間の葉の形の違いを研究していたアメリカのラボで出会い、京都産業大学に赴任した2年前から本格的な研究を始動させた。神奈川県立麻溝台高校OB。

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