細胞分化の謎に迫る—1本の消化管から複雑な消化器官へと分化するメカニズムを解明—

総合生命科学部 生命システム学科 八杉 貞雄 教授

1本の消化管から複雑な消化器官へと分化するメカニズムを解明

 私たちが生きていくために必須ともいえる消化器官。食道、胃、小腸、大腸などいろいろな消化器官がありますが、発生の初めの段階でこれらの消化器官は、1本の単純な管(消化管)でしかありません。この消化管の分化の仕組みについて、長年、世界の最先端で研究を続けている八杉貞雄先生に、これまでにわかってきたことと今後の展望についてお聞きしました。

ニワトリの胃から消化管分化の仕組みを探る

図1・2

 私たちの体にある食道や胃、腸などは、発生の最初の段階ではゴムホース管のような1本の管( 消化管)からできています。それが発生の途中で、それぞれの器官の間に境界ができて、個々の形へと分化するのです。肺や肝臓なども消化管の一部が分化したものです。私は、この単純な構造である1本の管が、短期間でさまざまな臓器に分化していく仕組みを探る研究をしています。

 研究には、ニワトリを使います。鳥類ですが、ほ乳類と基本的な仕組みは同じですし、胚がマウスよりも大きいため、発生の早い段階での手術がしやすいといった利点があります。

 消化管は、上皮と間充織という2つの組織からできています(図1)。ニワトリの場合、胚の発生後6日ごろから、それぞれまったく異なる臓器へと分化していきます。

 私が主に研究しているのは胃です。ニワトリは、前胃と砂嚢(砂肝)という2つの胃を持っています。前胃には胃腺という胃の粘膜に空いた小さな穴のようなものができて、ここからペプシンなどの消化酵素を分泌します。砂嚢は穀粒をすりつぶすための筋肉が発達した臓器で、胃腺は作りません。

 発生生物学では、有名な羽毛や鱗の実験※1などから、間充織の重要性が知られていましたから、私たちもまず、間充織と上皮の働きを調べることにしました。

 前胃と砂嚢の上皮と間充織をそれぞれ組み合わせたものを器官培養※2して実験を行うと、前胃の間充織を結合させた場合のみ、前胃の上皮も砂嚢の上皮も腺を形成し、ペプシンを作る遺伝子( ECPg )を発現していました(図2)。つまり、間充織が上皮の発生(前胃の場合は腺を作り、ペプシンを分泌する)を導いていたのです。数十年前に成功したこの実験は、いくつかの高校教科書にも採用されました。

※1 ニワトリの背中は羽毛、足は鱗で覆われている。それぞれが未分化の胚期に、分離した上皮と間充織を貼り合わせて培養すると、足の間充織と背中の上皮を組み合わせたものでは、鱗を作り、背中の間充織と足の上皮を組み合わせたものでは、羽毛を生やすようになる。

※2 生物の器官などを分離して、寒天培地などを用いて培養すること。

分化の際に間充織で働く重要な遺伝子を世界で初めて同定

 では、どのようにして間充織は上皮に働きかけているのでしょう。

 先ほどの実験の対象を広げて、食道や小腸、肺の上皮と、いろいろな間充織の組合せでも上皮が腺を作るか、ECPgを発現するかどうかを確認しました。すると、前胃だけでなく、肺の間充織でも食道、前胃、砂嚢上皮でECPgが発現しました※3

 そこで、何万とあるタンパク質の中から私たちが目をつけたのは、前胃と肺の間充織でともに発現しているBMP2(骨形成タンパク質と総称されるタンパク質の一種)とFGF10( 繊維芽細胞成長因子)という2つの成長因子※4です。特にBMP2は、胃腺が形成される6日胚の前胃間充織では発現していますが、腺形成が進んだ7日胚以降には発現が低下していました。

 そこで、BMP2の機能を調べるために、BMP2の働きを抑制するタンパク質を使った“発現抑制”と、BMP2の遺伝子を間充織で“過剰発現”させる実験を行いました。すると、抑制した場合には腺がまったく形成されず、過剰発現させた場合には通常よりも多くの腺形成がみられ、ECPgも発現したのです。

 FGF10も、よく似た働きをしていました。これらの実験で、間充織に存在する少なくとも2つのタンパク質が、前胃の胃腺形成に欠かせないものだということが明らかになったのです。間充織が上皮に働きかけることは、目や皮膚など、体の他の部分でも確認されていましたが、胃の上皮が正常に働くために誘導する重要な因子を特定したのは世界でも初めてのことで、注目を集めました。

※3 ただし、肺上皮はECPg発現の潜在能力がないため、前胃や肺の間充織と培養してもECPgは発現しない。

※4 細胞の増殖や分化などを促進する働きを持つタンパク質の総称。

上皮も間充織に働きかけている

図3

 間充織には、卵から雛がかえってから5、6日すると、筋肉(平滑筋)や、平滑筋の収縮をコントロールする神経が分化します。この時、平滑筋や神経が必ず管の外側にできる仕組みに、関心を持ちました。

 6日胚の砂嚢を取り出し、上皮と間充織を分離して、上皮を間充織のいろいろな部分に貼り付けて器官培養法で実験しました。すると、平滑筋は常に上皮から離れたところにできたのです(図3)。このことから、上皮も間充織に働きかけていることが明らかになりました。

 さらに、平滑筋ができる時期に上皮で発現する遺伝子を探したところ、発生のあらゆる局面で活躍する形態形成因子のShh(Sonichedgehog)にたどり着きました。Shhを発現する細胞を間充織に移植したところ、その近くでは平滑筋の分化が抑えられました。これによって、上皮から離れたところに平滑筋を形成させる因子を特定したのです。

幹細胞は、いつ、どこから、生まれてくるのか

図4

 これまで、ニワトリの胃の分化について世界に先駆けた研究をしてきましたが、最近は、消化器官で幹細胞がどのようにしてできるのかということに大きな関心を寄せています。

 幹細胞というと、ES細胞やiPS細胞が有名ですが、これらは人が作った幹細胞で、どんな細胞にもなれる全能性を持っています。私たちが扱っているのは、もともと体内に存在する組織幹細胞です。いくつかの細胞に限った多能性を持つ細胞ですが、もともと自分の細胞ですから、免疫や倫理的な心配もなく、再生医療でも大きな期待が寄せられています。

 消化器官にも多くの幹細胞があります。たとえば、小腸の上皮にある絨毛の下部では、幹細胞が細胞分裂して新しい幹細胞と分化した細胞を生み出しています。分化した細胞は絨毛の上部へ向かいながら腸の細胞として働き、最上部で死を迎えます。その数は一日何億個ともいわれますから、ものすごいスピードで細胞が入れ替わっているわけです(図4)。

 しかし、この幹細胞が発生のどの段階で、どのようにして生まれるのかについては、何もわかっていません。現在、ニワトリやマウスの消化器官で、幹細胞のマーカー遺伝子(Msi-1など)を使った解析を進めている最中ですが、近い将来、幹細胞が発生する時期をとらえて、その働きを明らかにできればと考えています。また、このような研究が、消化器官の再生医療などに貢献できればと、期待しています。

アドバイス

 好奇心を忘れずに、面白そうなことがあれば、自分なりに調べたり、先生に聞いたりして、物事の核心に一歩踏み込んでください。最近の学生を見ていると、近道を選びたがる傾向があるように思います。回り道をするからこそ見えることもあります。受験対策も大事ですが、時間をかけて深く探究するという経験は、大学生になっても、社会人になっても大切です。高校生の間に、1つでも2つでもよいので、何かに打ち込んでください。

総合生命科学部 生命システム学科 八杉 貞雄 教授

プロフィール

理学博士。専門は発生生物学。中学高校とサッカーに打ち込み、国体へも出場した。高校時代に知ったビッグバン宇宙論に魅せられ天文学にも関心があったが、大学の授業で細胞の分化やガン化に興味を持ち、生物学の道へ。消化器官を対象に選んだのは、分化の研究に適していることと、体の真ん中にあるため研究が遅れていて、謎が多かったから。東京教育大学附属高校(現:筑波大学附属高校)OB。

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