小さなゆらぎが作り出した宇宙の大規模構造—銀河の分布から見えてくる宇宙の全体像—

理学部 物理科学科 原 哲也 教授

銀河の分布から見えてくる宇宙の全体像

 みなさんは宇宙の広さを想像することができますか?私たちの地球は太陽系の惑星です。その太陽系は私たちの銀河系に数千億個ある恒星の1つです。そして、宇宙には銀河が数千億個あると言われています。このように広大な宇宙ですが、銀河がたくさん集まっている場所とそうではなく、銀河がほとんど存在しない場所がありはっきりとしたコントラストを描いているそうです。宇宙の大規模構造を研究されている原哲也先生にお話しを伺いました。

銀河はバラバラに存在する?

 夜空を眺めるとたくさんの星が瞬いています。たくさんの星は何の規則性もなく、ランダムに配置されているように見えます。しかし、星の分布は、全体ではほぼ楕円形でかつ渦巻いている、私たちの銀河系という秩序をもった構造を形作っています。

 それでは、私たちの銀河系、隣にあるアンドロメダ銀河、その他のたくさんの銀河たちはどうでしょうか? 言い換えれば、銀河の位置というのはどうやって決まっているのでしょうか?

 たくさんの星の集まりである銀河は、とても明るい天体です。しかし、地球から遠く離れているため(一番近いアンドロメダ銀河まででも250万光年)観測は容易ではありません。それでも多くの研究者が根気強く観測を行い、宇宙の銀河の分布はある程度分かってきました。

銀河の地図を作る

 望遠鏡で遠くの銀河を捉えたとしても、そのままでは私たちの銀河系からの距離は分かりません。小さく見えるから他の銀河より遠いかな、と思っても、単にその銀河が小さいだけかもしれません。

 そこで、銀河までの距離を測るために、宇宙が膨張していることを利用します。宇宙が膨張していることから、近くにある天体ほど私たちからゆっくり遠ざかり、遠くにある天体ほど速く遠ざかっているのです。そのため、それぞれの銀河から届く光の波長に差ができます。速く遠ざかる光の方が波長を長く引き延ばされるので、それぞれの波長を調べれば距離が割り出せるのです。

 1980年ごろは、1つの銀河の波長を観測するだけで一晩かかることもありましたが、90年代に入り、デジタル撮像素子の開発などの観測技術の向上によって、一晩に数百個以上観測できるようになり、およそ20億光年までの銀河の分布が詳しく分かってきました。

 図1・2の観測結果を見ると、銀河がたくさん集まっているところは川のように筋が分岐したり合流したりしています。一方、銀河のないところは広い空洞になっています。ハチの巣のようだとか、泡のようだとか言われました。巨大な壁(great wall)も見えます。銀河は不思議な形に分布していたのです。これを「宇宙の大規模構造」と呼んでいます。

 もし、銀河がランダムに生成されたのであれば、このようなまとまった空洞や壁があることは説明ができません。銀河の配置には、明らかに何らかの仕組みがあったと考えられます。

図1・2

大規模構造の起源は宇宙誕生まで遡る

 宇宙の大規模構造が、いつ、どのようにして形成されたのか、というのは私の研究対象のひとつです。

 そのメカニズムは完全に解明されたわけではありませんが、現在もっとも有力な説は、宇宙が誕生したころの小さな「量子ゆらぎ」が宇宙の膨張に伴って、数億光年という気の遠くなるスケールにまで成長したとするものです。

 宇宙の誕生直後は、高温、高エネルギー状態で、光すら真っ直ぐに進めませんでしたが、誕生から約38万年、宇宙が膨張し十分に冷えて、光が自由に進めるようになります。これを「宇宙の晴れ上がり」と呼びます。このときのいわば宇宙最初の光が137億光年の彼方からやってきて観測されます。宇宙のどの方向を観測しても、同じエネルギー(波長1mm、絶対温度約2.7度)の光が観測されるため「宇宙背景輻射」とも呼ばれます。宇宙背景輻射の存在は、宇宙が元々は密度の高いガス(プラズマ)であったことを強く示唆していて、ビッグバン宇宙論の証拠ともされています。

 さらに、1992年、NASAの観測衛星が宇宙背景輻射の温度の「ゆらぎ」を発見しました。「ゆらぎ」は宇宙の物質密度に対して10万分の1という小さなものですが、宇宙が1万倍に膨張する間に10万倍程度に成長し、大規模構造の種になったと考えられています。

「ゆらぎ」の成長過程

 大規模構造の種となった「ゆらぎ」は、宇宙誕生初期のインフレーションとも密接な関係があります。

 インフレーションとは、宇宙が誕生して10-44秒後からほぼ10-35秒後までの極めて短い時間、宇宙が光の速度を超える速さで膨張したことを言います。仮に光の速さで膨張したとすれば10-25cmにしかならなかった宇宙が、インフレーションによって1cmまで膨らみました。1cmというと小さく感じるかもしれませんが、25桁の大きさの差というのは、たとえば砂粒が私たちの銀河系ほどに一気に拡大したのと同じ程度ですから、インフレーションがいかに凄まじいものであったか、想像できるでしょう。

 インフレーションの間、宇宙は光の速度を超えて膨張したため、誕生直後の宇宙にあった「量子的なゆらぎ」が引き延ばされて、私たちが観測できる宇宙の外側へと飛び出してしまいます。その後、宇宙の膨張が「ゆらぎ」に追いつき、「ゆらぎ」は観測できる宇宙へ影響を及ぼすようになります。

 一定の条件が揃えば、「ゆらぎ」は宇宙の膨張とともに大きくなります。現在の大規模構造の種となったのは、宇宙の大きさが現在の1万分の1程度だったころの「ゆらぎ」だと考えられています。それより以前では「ゆらぎ」を成長させるよりも拡散させる力のほうが強く働き、うまく成長できなかったからです。

普通の物質だけでは重力が足りない

 「ゆらぎ」が大規模構造の種となり、この種に銀河や星の主成分である水素やヘリウムが集まって銀河を作る……と言いたいところですが、実はそれでは大規模構造はできないということが分かっています。

 銀河や星々を構成する水素やヘリウムは、私たちにとって馴染みのある原子から出来ている普通の物質です。しかし、この「普通の物質」だけでは大規模構造を形成するのに重力が不足しているのです。

 最新の理論では「ゆらぎ」が作った種に最初に集まってきたのは、ダークマター(暗黒物質)だと考えられています。ダークマターとは普通の物質の5倍以上も宇宙に存在する正体不明の物質です。正体不明ながら重力源となっているため、存在だけは確認されています。このダークマターが最初に「ゆらぎ」に集まり、その集まったダークマターの重力に引き寄せられるように普通の物質が集まって、銀河や星々を形成したのです。

たくさんの残された謎

 このように説明すると、宇宙がどのようにして出来たのか、すでにほとんど分かっているかのように思われるかもしれません。

 宇宙の地図はまだ100万個の銀河分布しか分かっていません。それも特定の方位・角度しか観測されていません。137億光年すべてで全天の宇宙地図が出来上がれば、また新たな発見があるかもしれません。さらに、肝心のダークマターはまだ誰もきちんと観測して捉えたことがない物質です。

 ここまで触れてきませんでしたが、宇宙には密度でいうと、ダークマターの3倍以上のダークエネルギー(暗黒エネルギー)が存在して、それが現在の宇宙を再び加速膨張させており、現在第2のインフレーションの時代に入っています。このように宇宙物理学にはまだまだ多くの謎が残されています。皆さんにもこの謎の解明に参加してほしいと思います。

宇宙ひも理論

 宇宙に大規模構造が存在することが分かりはじめたころ、原因について様々な仮説が提出され、そのひとつに「宇宙ひも理論」というものがありました。

  「宇宙ひも理論」というのは、大きな質量を持った巨大な「宇宙ひも」が宇宙空間の中を縦横に動くことで、その動いた痕跡に物質が集まり、大規模構造となったというものです。

 現在では、大規模構造の原因としては本文にある通り「ゆらぎ」とダークマターというのが有力な候補となっていますが、「宇宙ひも」を使った説明には一定の説得力があります。「ゆらぎ」やダークマターは否定できないまでも、「宇宙ひも」的な発想がどこかで生きてくることがあるかもしれません。

宇宙論と素粒子論とが互いを補完する

 物理学という分野は、よりミクロなものがよりマクロなものを説明すると考えられがちです。たとえば、素粒子論がうまくいけば、宇宙のことがすべて説明できる、というような考え方です。

 しかし、現在の素粒子論の標準理論とされる統一モデルでは、大規模構造の原因となった「ゆらぎ」を実はうまく説明できません。ここでは、宇宙論が導き出した宇宙初期のインフレーションや観測によって明らかになった大規模構造の存在そのものが、物理学を規定しているのです。

 素粒子論のようなミクロを扱う側からと、宇宙論のようなマクロを扱う側からとの両方からの実験や観測が、自然界のより深い認識を発展させてゆくのです。

理学部 物理科学科 原 哲也 教授

プロフィール

理学博士。専門は宇宙物理学、天体核物理学。高校生のころは「世界文学全集」など小説ばかり読んでいた。特にロシアの文豪トルストイを好んでいたが、あるとき手にしたアメリカの物理学者ジョージ・ガモフやワインバーグの著書に影響を受けて「宇宙の起源を解き明かしたい」と物理学を志す。大学では湯川秀樹の講義を受け、大学院では林忠四郎(エディントン・メダル受章者)の薫陶を受けた。趣味は庭園めぐりや登山で、登頂した山の石を収集している。私立洛星高校OB。

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