古くて新しいゴルジ体—タンパク質の加工から細胞分裂までかかわる驚異のメカニズム—

総合生命科学部 生命システム学科 中村 暢宏 教授

タンパク質の加工から細胞分裂までかかわる驚異のメカニズム

 ゴルジ体という名前は、生物を習った人なら必ず一度は聞いたことがあるでしょう。とりわけ不思議なその形は、印象に残っている人も多いと思います。しかしながら、その実態はほとんどの人が説明できないのではないでしょうか。近年の様々な研究によって、ゴルジ体が担う重要な役割が次第にわかりつつあります。ゴルジ体に関連する最新の仮説、更には今後の展望について、この分野の第一人者である中村暢宏先生にお話しいただきました。

意外に古いゴルジ体

 ゴルジ体という奇妙な名前は、発見者のイタリア人病理学者カミッロ・ゴルジ(Camillo Golgi,1843-1926)に由来しています。今から100年以上も前、パビア大学でゴルジは銀を用いて神経を黒く染める研究をしていました。その研究を進める中で、細胞の中に奇妙な形の小器官があることがわかったのです。1898年の発表以後長い間、間違って染色されたものだという意見も多く、広く認められたのは1950年代、電子顕微鏡の登場を待つことになります。以来ゴルジ体の研究は進展し、2008年には110周年記念のシンポジウムがイタリアのパビアで行われました。パビアにはゴルジという地名もあり、パビア大学には彼が受賞したノーベル賞の表彰状が飾られています。

ゴルジ体の機能

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 ゴルジ体は細胞の中からタンパク質を加工して外に出す、配送センターのような役割をしています。糖尿病の話題で出てくるインスリンは、分泌されるタンパク質の身近な例です。細胞内の小胞体に付属するリボソームで作られた分泌タンパク質は、ゴルジ体で加工され、その後いくつかの過程を経て、最終的に品質管理された状態で細胞外に分泌されます。

 ゴルジ体はいくつかの嚢(のう)が積み重なった形(層板といいます)をしていて、分泌タンパク質の入口と出口があります。入口側はシス嚢、出口側はトランス嚢と呼ばれています(図1)。しかし、シス嚢に入ったタンパク質が中間嚢を通りトランス嚢から出て行くまで、どのような経路を辿るのかは様々な説があります(図2)。

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 90年代の終わりまでは、分泌タンパク質を包む小胞がシャトルのような役割をして、各嚢を行ったり来たりするという説が主流でした(A)。他にも、見えていないだけで嚢と嚢はチューブで繋がっていて、実は分泌タンパク質がそのチューブの中を行き来しているという説もあります(B)。

今主流なのは、ゴルジ体はエスカレーターのように流れているという説です。分泌タンパク質が小胞に包まれてゴルジ体に運ばれてくると、まずそれらがいくつか集まって合体し、一つのゴルジ体の嚢を形成します。次にあとからやってきた小胞が集まって隣に別の嚢を形成します。これが繰り返されて、ゴルジ体の層板ができあがります。最初にできた嚢は、しばらくすると、小胞に分解されて、細胞膜などの目的地に向かって散っていきます。つまり、ゴルジ体の嚢は、絶えず片方の側(シス)で形成され、もう一方の側(トランス)で分解されていて、分泌タンパク質はエスカレーターのように移動する嚢に乗ってゴルジ体のシスからトランスへ移動するという説です(C)。

 一方、分泌タンパク質を加工する酵素は、ゴルジ体のシス側からトランス側に向けて働く順番に整然と並んでいて、嚢の中身のタンパク質はシス嚢の中ではじめの酵素により加工されて、次の嚢に渡るとまた次の酵素によって加工される、というようにそれぞれの嚢にある酵素で順番に加工されていくことがわかっています。もし、酵素が分泌タンパク質と一緒に動いているとすると、分泌タンパク質が嚢から嚢へ移る際に、酵素も一緒に流れていって酵素が順番に働けません。そこで、酵素は次の嚢に移ると輸送小胞に包まれて前の嚢に戻っていくと考えられています。ゴルジ体の嚢は分泌タンパク質を乗せて下へ動き続け、酵素は下向きのエスカレーターを上り続けている人のように動き続けることで、あたかも嚢と酵素が一箇所に停止しているように見えるのです。止まっているようで良く見るとゆっくり動いているというのは、たとえば高速道路における車の渋滞に似ています。ゴルジ体に出入りする小胞の量が変わると層板が増えたり減ったりすることも、渋滞が車の出入りする量によって伸びたり縮んだりするところと似ています。

細胞分裂を促進する鍵

 多細胞生物のゴルジ体は、普段はまとまった形をしていますが、細胞分裂のときには一旦バラバラに壊れ、分裂し終わるとまた集まるという不思議な特性を持っています。これは従来、ゴルジ体をうまく二つの細胞に分配するためだと言われてきました。しかし、私の考えはこれとは全く異なるものです。

 ここ10年間で、細胞分裂時にゴルジ体を人為的に壊れない様にするとどうなるのかという研究が行われてきました。その結果、驚くべきことにゴルジ体が壊れないと細胞分裂が行われないことがわかりました。そこで私は、ゴルジ体が壊れることが細胞の分裂・増殖を促進しているのではないかと考えました。

 そもそもゴルジ体は細胞分裂時にどうやってバラバラに壊れるのか、その仕組みの仮説をお話しておきましょう。

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 ゴルジ体の嚢の表面にはGM130と呼ばれるタンパク質があり、小胞同士、あるいは小胞とゴルジ体嚢を結びつけて合体(融合)させ、ゴルジ体の嚢を形成・成長させると考えられています。しかし、このGM130がキナーゼ(※リン酸化酵素)によってリン酸化されると、小胞は結合できなくなります(図3上)。すると、新しい嚢はできないにも関わらず、トランス側の嚢は個々の小胞に分かれて散っていくので、やがては全てのゴルジ体がバラバラになってしまうのです。車が渋滞しているところに新しい車が入ってこないようにすると渋滞が解消されるのと似ています。

 更に、ゴルジ体を形成する嚢と嚢の間には、GM130に隣り合ってGRASP65と呼ばれるタンパク質が存在します。これは、嚢と嚢をつなぎとめる役目をしていると考えられています。このGRASP65も同時にリン酸化されることで各嚢が分かれ、ゴルジ体の分解は促進します(図3下)。

 細胞分裂の際には、まずGRASP65とGM130がわずかにリン酸化されます。この時点ではゴルジ体の構造がゆらぐ程度で、これだけではバラバラになりません。しかし、このゆらぎによって、通常時は嚢の間に隠れているGRASP65がゴルジ体の外に露出することになります。このGRASP65はCdk1-cyclinB(サイクリン依存性リン酸化酵素)と呼ばれる細胞分裂を促進するキナーゼを活性化します。Cdk1-cyclinBはGRASP65、GM130をリン酸化するので、これによってゴルジ体は一層バラバラになりGRASP65がさらに露出し、Cdk1-cyclinBがさらに活性化して細胞分裂が促進される……というポジティブ・フィードバック構造が生じます。この結果、ゴルジ体は完全にバラバラになり、同時に細胞分裂が行われるのです。この仮説が正しいとすれば、ゴルジ体の分裂は細胞分裂の結果ではなく、実は要因だったという大きな視点の転換が起きるでしょう。

※2 決定面にもっとも近い点のことを「サポートベクター」と呼ぶ。

ゴルジ体研究の未来

 ゴルジ体の機能の中でも特によくわかっているのは糖鎖の加工です。関係する酵素も、加工すべき順番通りに整然と並んでいることがわかっています。しかし、何故そんな綺麗に並べることができるのかは、分子的にまだ理解されていません。この順番が狂ってしまうと、当然タンパク質の加工はうまくいきません。糖鎖と病気の関連はまだよくわかっていませんが、例えばある糖鎖がガン細胞において特徴的に多い、あるいは少ないというデータも存在します。酵素自体が異常を起こしているかもしれませんし、あるいは酵素の並ぶ順番がおかしいのかもしれません。根源となるメカニズムがわかれば、ガンなどの病気の治療に役立つはずです。

 また、免疫に関わるタンパク質や、細胞に感染したウイルスのタンパク質の多くがゴルジ体を通ります。ゴルジ体の持つ酵素を使うことで、機能を発現したり増殖したりするのです。従って、アレルギーの治療やウイルス感染の防御に関わる免疫分野でも、ゴルジ体研究は重要な鍵になります。

 ゴルジ体は物質生成にも役立ちます。例えば、動物のタンパク質を植物でつくる技術も考えられます。動物と植物のタンパク質で、最も大きな違いは付いている糖鎖の種類ですから、ゴルジ体内部での糖鎖の加工の研究が必須です。うまくいけば、酵素を適当な順番に並べたゴルジ体を通すことで、様々な物質を合成することができるようになるかもしれません。

 発見から100年以上経ちますが、ゴルジ体はこれからも、新しい可能性を開いてくれるのです。

バラバラのゴルジ体?

 哺乳類などの多細胞生物の細胞にあるゴルジ体の多くは、嚢が積み重なってまとまり、皆さんがよくご存知の奇妙な形をしています。しかし、ゴルジ体は必ずしも一塊になっているわけではありません。同じ多細胞生物でも、例えばハエなどはバラバラになっています。酵母などもそうです。一般にゴルジ体は、高等生物になればなるほど発達してはっきりした形を持っています。一説にはそのほうが効率がいいからだと言われていますが、実際のところはまだ良くわかっていません。

顕微鏡の限界

 私たちの研究では、ゼブラフィッシュの遺伝子をゴルジ体が発光するように改良して、卵の細胞分裂を観察しています。光学顕微鏡を使えば、細胞分裂のたびにゴルジ体がバラバラになって再びまとまっていく様子を実際に見ることができます。しかし、光学顕微鏡の倍率では、ゴルジ体から出たり入ったりする小胞や層板構造を観察することができません。そこでより高倍率の電子顕微鏡を使う必要があります。ところが電子顕微鏡で見るには、一旦細胞を殺してスライスしなければならないので、時間的な動きを見ることはできなくなります。現在、この問題を解決するための技術開発が進められています。

アドバイス

 特別に生物を詳しく勉強する必要はありません。もちろん生物をよく知っているに越したことはありませんが、教科書レベルのことさえ知っていれば、知識は後から詰め込めるので大丈夫です。むしろ大事なのはサイエンスの考え方の基礎です。多くの大学では物理が必修になっていますが、それは物理の考え方や論理がなかなか身につかないからです。同様に化学はとても大事です。生物では、最終的に分子レベルの話をするときは化学の知識が必要になるので、研究で最先端を目指すなら必須でしょう。サイエンスの中で得意なものがあれば、何を勉強してきても構いません。色々な問題意識を持って、広く勉強してください。

総合生命科学部 生命システム学科 中村 暢宏 教授

プロフィール

医学博士。元々、暗記が必要な生物は嫌いで、むしろ仕組みや構造を扱う物理や化学が好きだった。分子生物学が一般世間に広まり始めた高校時代に生物に興味を持ったが、実家が薬店だったため薬学部に入学。卒業研究でウイルスを扱う中、薬学分野でも分子生物学を扱えると知って転向。大学院で分子生物学・細胞生物学の研究を進める中、次第にゴルジ体に魅せられ、ロンドンへ留学。帰国後も、細胞の中から個体レベルまでの広いスケールを視野に入れて研究を行う。私立洛南高校OB。

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