“More is Different”(多は異なり)の世界 —強相関電子系が魅せる豊かさ—

理学部 物理科学科 堀田 知佐 講師

強相関電子系が魅せる豊かさ

 物質には電気を通しにくい(絶縁体)、磁性を帯びている(磁性体)、などさまざまな性質があります。このような物質の性質は、物質の最小単位(素粒子)をいくら調べても出てきません。多くの粒子(電子)が集まってはじめて出てくる性質なのです。物質の電気的性質に着目すると、無数の物質の中には、温度を下げることよって絶縁体になったり、逆に電気抵抗ゼロの超伝導になったりするものまで様々です。半導体は絶縁体を金属に変えた画期的な例です。また物質に圧力をかけたり、化学組成を変えたり、電場、磁場をかけたりすることによって伝導性が劇的に変わる例は数多く見られます。こうした「絶縁体・金属の性質の間を自由に制御したい、これまでにない新しいタイプの金属を作り出したい」といったテーマは物質科学研究の一つの大きな潮流です。その背後にある電子の集団としての驚くべき振る舞いを解き明かすのが量子統計力学に基づいた物性物理学。今回、多数の電子が織りなす不思議とその新たな可能性について堀田知佐先生にお話しいただきました。

バンド描像の成功 金属と半導体

図1
図2

  「自由エネルギーが一番低い状態が実現する」ことは物理学の基本原理です。ミクロな量子力学の世界でも、電子はこの原理に従います。金属中の電子は結晶内で自由に動き回っていますが、電子が特定の原子に属さずに、他の原子の周りに飛び移り※1ながら系全体に広がったほうが運動エネルギーを得するからです。その結果、電子が入ることのできる席 (エネルギー準位) が連続的に分布したエネルギーバンドが形成されます。バンドとバンドの間にはギャップがあります。外から来た電子は、空いている準位のうちでもっともエネルギーが低い所(フェルミ準位)に入ろうとします。フェルミ準位がバンド内にあってバンドが詰まっていなければ、電子は僅かなエネルギーで中に入っていくことができます。これが金属の電気を通す仕組みです。ところがフェルミ準位がバンドギャップにあって下のバンドが完全に詰まっていると、外から多くのエネルギーを得なければ、電子はバンドに入れません(図1)。※2 半導体は、シリコンなど、バンドギャップの小さな結晶にわずかな不純物を加えることでギャップ間にわずかな空席を作り、少数の電子を少ないエネルギー(電場)で制御可能にした画期的な発明です。半導体技術は発展を続け、バンド描像は物性理論のなかでも際立って成功した考え方のひとつとなりました。

※1 量子力学的に軌道が重なることによって起こる。この現象を量子トンネル効果という。

※2 一般のプラスチックをはじめとする透明な結晶はほとんどこうした絶縁体。物質の色と電気伝導性とは深い関係がある。金属が光るのは自由に動き回る伝導電子のため。

伏兵の登場 クーロン力

 素電荷eをもった電子同士が近づけばクーロン力が働いて反発します。ところが、バンド描像では電子が他の電子を気にせずに自由に結晶の中を動き回っているかのようです。実は、クーロン力が働いていてもバンドは無事形成され、電子は金属である限り系全体をある程度自由に動き回ることが可能です。しかし、クーロン相互作用が大きくなるとこの描像は破綻します。※3 クーロン相互作用が強く働く物質のことを、強い相関を持つ系という意味で「強相関系」と呼びます。

 クーロンエネルギーと、運動エネルギーとは互いに競い合う関係にあります。クーロン力が強くなると、電子はお互いに反発し合い、次第に系全体に自由に広がることはできなくなります。クーロンエネルギーが圧倒的に大きい場合は、電子一つ一つが狭い領域にとどまり、お互い押し合いながら、できるだけ離れていようとします。代表的な強相関特有の状態である「モット絶縁体」や「電荷秩序絶縁体」を見てみましょう。図2の格子上に電子軌道があり、格子点の数Nに対して、電子を(a)N個、あるいは(b)N/2個並べようと考えます。電子2つが同じ格子点にいればU、隣にいればVだけクーロン相互作用によってエネルギーが上がるとします。すると系のエネルギーEは格子点に(a)1つずつ(E=VN)、あるいは(b)1つ置き(E=0)に並べることでもっとも低くなるのです。電子が運動エネルギーを稼ごうとして隣に移動しようとすると他の電子から反発を受け、エネルギーが(a)U-V あるいは(b)Vだけ上がってしまうため動けません。バンド理論では金属のはずですが※4、強い相関のためにどの電子も身動きがとれず、系全体としては電気を流さない性質を持ちます。これらをバンド絶縁体と区別して強相関絶縁体と呼びます。

※3 半導体の一部や典型金属では一般的にクーロン力が比較的小さいが、遷移金属化合物や多くの有機物では比較的大きい。

※4 電子はパウリの原理により1軌道に(スピンの向きが上下の電子あわせて)2つずつ入ることができるため、N個の場合はバンドが半分、N/2個であればN/2だけ詰まった状態。ピンボール液体と分数電荷の話では簡単のためスピン自由度を無視して、格子点にある1軌道あたり電子1つしか入れないとしている。

異常量子液体

図2・3

 このような強相関系では、一風変わった金属も存在しえます。簡単な問題として図3の平面のN個の格子点上に電子をN/2個ほど配置することを考えてみます。
 条件① 同じ格子点に2つの電子を置くことはできない(パウリの排他律)
 条件② 電子と電子が隣り合っている場合、エネルギーがV上がる。

 ①、②のもとで系全体のエネルギーをもっとも低くするにはどのように配置すればよいでしょう?答えは、図3のような全ての電子が等間隔に並んだ状態となります。「ウィグナー結晶」と呼ばれる電子が動けない絶縁状態です。さて、更に電子を1つ加えてみます。新たに1つ加わった電子は、どの格子点に置いても系のエネルギーは変わらず(+3V上がる)、系全体を動き回っているほうが運動エネルギーを得するため、図4のようにウィグナー結晶のなかを動き回るのです。この状態は最近、我々が考えだした「ピンボール液体(pinballl iquid)」という異常量子液体です。身動きできない電子たちをピンに、動き回る1つの電子をボールに見立てたわけです。厳密にはもう少し複雑な話ですが、もともと1自由度だった電子が、ウィグナー結晶の絶縁体(固体)と電子が動き回る金属(量子液体)という2種類に分かれて共存するという異常な状態です。

図

 同じような平面上で、横にはクーロン力による反発力があまり働かず、縦には反発力Vが働くような物質では、図5のように電子が並んだストライプ状の絶縁体となります。ここに電子を1つ加えると、非常に面白い動きが見られます。新たに加わった電子は、どこに加わってもエネルギーが2Vだけ高く、横には自由に動けます(図fc1)。しかしそれに留まらず、止まっていた上下の電子たちも動きます。図ではまず上の電子が一段上に動き(図fc2)、次いで下の電子が一段下がっています(図fc3)。電子が一つずつ上にずれていっても、系全体でのクーロンエネルギーが変化せず、縦方向に電子が伝搬するわけです。玉突き的に電子が上下にずれているだけなのですが、全体で見ると、1つの電子が上下に分かれているように見えます。電荷の最小単位は素電荷eなので、本来はあり得ないe/2の電荷です。この現象は「分数電荷(fractional charge)」の一つの例で、三角格子で最近見つけたものです。※5

 電子にはスピンという属性※6もあり、スピンの向きが揃って磁性が発現することもあります。伝導性と磁性は深い関係があり、磁性まで考慮に入れるともっと豊かで幅広い物性の世界が広がっています。

※5 分数電荷の存在は量子ホール効果でしか今のところ実験で実証されていない。物質の中で素粒子論と類似した理論的現象が見つかることはしばしばあるが、分数電荷現象もWilsonによるクォークの閉じ込め-非閉じ込めの理論と関係する。

※6 量子力学的な内部自由度の一つ、自転する量子力学的コマにしばしば例えられる。スピンが揃う(コマの軸が同じ方向に揃うことに似ている)と、マクロなレベルでは磁石(強磁性)となる。

フロンティア軌道 そして物性物理学が拓く未来

 白川英樹が発見した「電気が流れるプラスチック」導電性ポリマー(2000年ノーベル化学賞)は、いわゆる有機物※7です。金属は無機物からできていると考えられていましたが、1970年代から有機物の中にも電気を通す物が見つかり、現在では有機物から成る超伝導(電気抵抗ゼロ)や磁性体は最先端の研究対象です。ピンボール液体の研究もこの有機導体に対するある実験結果に刺激されて行ったものですし、モット絶縁体や電荷秩序絶縁体も有機物質で数多く見つかっています。分子は、原子と比べると複雑な構造をしていますが、現在では、分子軌道(原子軌道を重ね合わせたもの)を本文にあるような格子点というひとつの単位として捉えることで、物性がうまく捉えられることがわかってきました。この考え方は福井謙一(1981年ノーベル化学賞)のフロンティア軌道理論が原点になっています。

 物性理論物理学の対象は無機物から有機物、さらにはDNAや蛋白質などの生体系にまで及んでいます。最近では、基礎研究と応用研究の距離が近づき、有機ELなど次世代デバイスの実用化へと結実しました。我々の基礎研究が、地球環境改善に役立つエネルギー技術へと昇華されることも今後増えていくかもしれません。物性物理学は次代を切り拓く大きな可能性を持っているのです。

※7 炭素原子Cを骨格にH2Oなどの元素から主になる物質で、生体の素。

More is diff erent

 物性(物の性質)は-1022という膨大な数の粒子(原子や電子)が集まって全体としてどう振る舞うかで決まってくるものです。20世紀半ばまでの物理学は、物質の最小単位を探し出し、その性質さえ分かれば、あらゆる現象を説明できるとする素粒子物理学的な考え方が主流でした。ところが、電子1つ1つの性質だけでは、系の本質は理解されず、また集まってはじめて生じる面白い現象までは見えてきません。たとえるならば、人間一人の行動が追えても、社会全体や経済の動きは予想できないのと同じです。このことを端的かつ絶妙に指摘した有名な言葉が、P.W. Anderson(1977年ノーベル物理学賞)の科学誌Scienceに1972年に掲載された論文のタイトル ”More is different” です。「多は異なり」という一般の邦訳に加え、含蓄がなくなりますが敢えて「凝縮系(condensed matter)には驚くべき世界が広がっている」と意訳したいと思います。Condensedmatter physicistの多くは、まさにこのMore is diff erent の世界を追い求めているのです。

理学部 物理科学科 堀田 知佐講師

プロフィール

博士(理学)。専攻分野は、物性理論(凝縮系物理学)。強相関系を対象とした物性の理論研究を行っている。中学生の頃から他人と一味違った職業である研究職につきたいと考えていた。物理を選んだのは父に「最も基礎的な学問で様々な分野に応用できる素養が身につく」と勧められたから。東京大学時代はどの分野の理論にするか選択に悩んだ末、(指導教官となる)福山秀敏教授(現:東京理科大学教授)の語る物性の世界に魅かれてその道に進む。理化学研究所、青山学院大学を経て現職。私立ノートルダム清心高校OG。

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