地中の電磁波を追え!—地震予測に新たな可能性を拓く—

工学部 情報通信工学科 筒井 稔 教授

 《地震、雷、火事、オヤジ》――日本には古くからこんな言い回しがあります。
 人間にとって恐ろしいものをその度合いの強い順番に並べたものです。
 4番目は現代では死語になりつつありますが、地震がトップに来るのは昔も今も変わりません。
 地震をいかに予測するか、いやそこまでいかなくても、その原因となる地殻の変動や活断層のずれを正確にモニターすることができれば、世紀の大発明になることは間違いありません。 地中電磁波パルスの波源位置を特定することで、地殻変動をモニターするという、地震発生予測に向けて、全く新しい分野を切り拓こうとしている筒井稔先生に、学生とともに歩んだこれまでの道のりと、その夢についてお聞きしました。

地中でも電磁波は伝わる?

 「地震、雷…」には共通点があります。それはどちらも電磁波を出すという点です。それも、携帯電話のように連続したものではなく、ごく短い時間のパルスというものです。雷はともかく、地震も?と思われるかもしれませんが、地震に伴って地中から電磁波が発生しているだろうということを、近年、地震学者も認め始めています。

 地震はプレートの変動や活断層のズレにより起こります。岩石が圧力を受けると電磁波を発生させることは知られていますから※1、地中の岩石も破壊されると電磁波を発生(地中励起)することは十分考えられます。だとすれば、長年電磁波を研究してきた私にとっても、地震はきわめて身近な存在です。私は目を地上から地下に転じ、それを検出しようと考えたのです。

※1:圧電現象:圧電効果ともいわれる。力学的エネルギーが電気的エネルギーに交換されること。クォーツ時計はこの原理を逆に利用しています(逆圧電効果)。

 '98年、私たちは大学のキャンパスの端に深さ100mもの穴(ボアホール)を掘り、そこへ電磁波をキャッチするセンサーを入れました(図①)。

 世界初となる試みです。さらに検出した電磁波は、増幅して周波数ごとの強さを画面に表示できるようにしました。

 そして2年後の2000年の5月から10月にかけて、明らかに地中起源と思われるたくさんの電磁波パルスを検出しました。それは鳥取県西部地震の引き金になったと考えられるプレートの移動期間と見事に一致しました。世界で始めて、地中で起きた電磁波パルスを捉えることに成功したのです(図②)

地中電磁はの観測および解析システム

図① 電磁波を遮蔽しないように塩化ビニールのパイプを穴に入れ、その周りをセメントミルクで固めた。さらに、地上5mの高さにもセンサーを設置し、地上の電磁波を同時に観測して比較できるようにした。

電磁波パルス(電界成分)の強さを色で表わせるようにしたスペクトル両面

図② 縦軸に周波数、横軸に時間を取り、地上と地下の両方で検出した電磁波パルス(電界成分)の強さを色で表わせるようにしたスペクトル両面。地上の12時から18時にかけてのスペクトルは雷雨によるもの。地下にはほとんど影響がないことがわかる。18時から4時過ぎまでには、地下、地上でほとんど同じ形のスペクトルが表われている。地中の方が強度が強いことから地中起源のパルスと考えられる。

方位と震源までの距離をどう計るか?

 次の課題は電磁波がどこで発生した(波源)のか、つまり、どの方角から、どれぐらいの距離を伝播してきたかを突き止めることです。電磁波の進む方向は、垂直方向の電界成分と、水平方向の磁界成分によって決まります。上記の観測で捉えたのは電界成分だけですから、今度は磁界成分も取り出さなくてはなりません。

 そこで、独自のセンサーを考案し(図③)、キャッチした電磁波の到来方向を図④で示した方法で抽出し、コンピュータ画面で見ることのできるような解析システムを開発しました(図⑤)。なお、このシステムでは特別の解析方法を使っています。

 波源までの距離は、大気中に放出される電磁波の伝播を考えて決定できます※2

 '04年1月に観測した熊野灘沖地震による電磁波パルスのデータを、その理論に適用したところ、波源までの距離が130kmとなって、気象庁の発表した震源域と一致したのです(図⑥)。

※2:電磁波は、垂直上向きから一定の放射角以内では大気中へ洩れることが知られています。大気中の電磁波の波源までの距離の算出の仕方は、すでに理論的に確立しています。

 この成果を’05年11月にプレス発表すると、大手紙からは「地震予測に新たな可能性を拓く成果」として大きく取り上げられ、アメリカの地球物理学連合からは講演の依頼が舞い込むなど、大きな反響を呼びました。

地中電磁はの観測および解析システム

図③ 地中電磁波検出用センサー;磁界の水平成分を東西と南北の直交成分に分けて検出するサーチコイルと、垂直成分の電界を検出するダイポールアンテナからなっている。

電磁波パルス(電界成分)の強さを色で表わせるようにしたスペクトル両面

図④ 電磁波の電界成分をE、磁界成分をHとする。(1)地表付近の自然電磁波の電界ベクトルは地表面に対してほとんど垂直と考えられているから、磁界は水平方向となる。(2)水平面内にサーチコイルを直交配置すれば磁界ベクトルが検出できる。(3)垂直方向のダイポールアンテナで電界ベクトルを検出すれば、(4)電磁波の進む方向はE×Hが示すベクトルの方向となるから電磁波の到来方位が決められる。

地中電磁はの観測および解析システム

図⑤ 研究室では24時間、5種類のモニター画面が写し出されている。

地中電磁はの観測および解析システム

図⑦ 大分県中部地震発生の17時間前からモニター画面に表われた電磁波パルスの動きと、各時間範囲での波源方位と波源位置範囲。

電磁波パルス(電界成分)の強さを色で表わせるようにしたスペクトル両面

図⑥  図④で示したデータ解析方法によって得られた地中電磁波パルスの各周波数成分の到来方位(扇状)。この成分の内の最高周波数成分が波源方位であることがわかったので、それに沿った130kmの位置が、検出された地中電磁波パルスの波源位置。それが震源と一致した。

地震発生予測の実現に向けて

 また'06年6月12日に起きた大分県中部地震では、気象庁が発表した地震発生のメカニズムとも多くの点で一致するデータを得ることができました(図⑦)。

 電磁波パルスの観測は、これまでの、地震発生の直前までは何もキャッチできない地震計などによる力学的な測定とは違って、その前兆現象も捉えることができますから、地震予測の可能性は一気に広がります。ただ、一地点での観測では波源をリアルタイムで特定することはできません。そこで’06年11月からは、名古屋大学が三重県に持っている地震観測施設の一部を借りて、京都と同じ観測を始めました。将来はさらに二、三ヶ所観測拠点を増やし、より緻密に波源を特定していきたいと考えています。

 今後の課題としては、パルスそのものの強度を測定し、地震の規模との関係を細かく見ていくこと、また時間とともに移動する波源と震源との関係についての研究も必要です。地震研究者が最も知りたい、電磁波を検出し始めた時点から地震発生に至るまでの時間関係については、データを大量に集め、彼らのもつ情報と擦り合わせながら、共同で研究していくことが必要です。

 この春からは、いよいよ京都大学の防災研究所との共同研究も始まります。様々なデータを集め、ひずみの溜まっている場所を特定できるだけでも、地震発生予測の実現に大きく近づくことができます。世紀の大発明へ向けて夢は大きく膨らむばかりです。

トピックス

 地中を伝搬してくる電磁波観測には、周辺の地殻の状態(媒質)も大きく影響します。特に、水分を含んだ土壌があると電磁波は減衰します。本学は京都盆地の北に位置し、地下50mで誘電率の高い岩盤に行き当たります。この研究にとっては願ってもない立地なのです。

クローズアップ

どんな授業? 就職は?

 磁界を検出するサーチコイルを作る際には、直径0.2oの銅線を10,000回巻くなど気の遠くなるような作業をしてきました。独創的な研究には装置や機器を手作りしなければならない場面がたくさんあるわけです。自分の手で何でも作ってみること、そうしているうちにやがて生きたデータに巡り合えるのです。成功するかどうかは、このような積み重ねにかかっているともいえます。棚からぼた餅はありません。

 大学は社会へ出るために必要な知識・技術を身につける場所。中途半端に過ごしては、せっかく理工系を出たのにその価値がありません。

 私の研究室では徹底的に実験を行い、どんな企業に入っても即戦力となれるぐらいの経験は積んでもらおうと思っています。卒論に別冊付録をつけるのもうちの研究室の特徴です。これは本人のためだけでなく、後輩にとっても貴重な資料となります。

 でも学生は充実感を持って、楽しく励んでいます。学生のうちから最先端の研究に参加することができますし、先輩の中には記念すべき論文の共同執筆者として名前を連ねている人がいることも忘れないで下さい。

アドバイス

高校ではどんな勉強を?

 物理の勉強はしっかりやってきて下さい。中でも物づくりが好き、工作が好きな人は大歓迎です。それが夢のあるアイデアを実現させる基になります。そしてそのアイデアは、いつもなぜだろう?と考える好奇心から生まれます。

工学部 情報通信工学科 筒井 稔 教授

プロフィール

 モットーは人がやっていないこと、困っていることを解決すること。
 ある時、電磁気関係の学会で、ゲストとして招かれた京大の地震学の尾池先生(現総長)が、地中から出る電磁波に注目しているとお話されたのが大きなヒントになった。それは世界でまだ誰も手をつけていない分野であるだけに、学生時代からずっと電磁波の研究を続けてきた筒井先生は、大いに挑戦意欲をかきたてられたという。小学校の時から、いつもなぜだろう?と考えることが多かった筒井先生。電気や磁石が大好きで、エナメル線を巻いて電磁石を作るなど色々な工作を楽しんできた。中学時代、兄と一緒にこっそり小型のロケットを作って、空き地で打ち上げたのは忘れられない思い出。大学では工学部へ進み、以後電磁波を相手に、実験、また実験に明け暮れる毎日を過ごしてきた。苦労も多かったが、今になって、その“下積み”が生きてきたことを強く感じるという。「本当に研究成果を出そうと思えば、測定も含めて実験をきちんとやっておくこと。教育者としては、自分から進んでやる姿を学生に示すこと」がモットー。’05年には大学特許の第一号も出した。大阪府立池田高校OB。

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