豊かなバリアフリー社会をめざして電動車椅子作りに挑戦ーどんなものでも作ることのできる、情報処理と制御システムの技術を身につけるー

理学部・コンピュータ科学科 岡田 憲志教授

 岡田憲志先生の研究室では、音声や画像、センサーからの情報をコンピュータで処理し、外部の機器を制御するという基本方針のもと、学生たちは卒業研究で様々なモノを開発してきました。最近では、学生の人気が集まる福祉分野で活かされるモノつくりにも挑戦しています。モノつくりのベースにあるのは複雑な原子核物理の実験を支える計測技術や検出装置の開発、膨大な量の情報をやり取りする技術です。コンピュータを接点に、楽しいモノつくりの世界と、原子核物理の一端をのぞいてみました。

近未来の電動車椅子

 美術館、博物館の中で、乗った人が話しかけるだけで自由自在に動き回る車椅子−−高齢者や障害者に優しい施設や街づくりが、全国各地で進められる中、キャンパスの中やエリアを限れば、こんな車椅子があちこちで見られるのもそう遠い将来のことではないでしょう。

 この車椅子の仕組みは簡単。まず、あらかじめキャンパス内など限定された施設内で車椅子の通行できるバリアフリーマップを作成します。そしてキャンパスの要所要所に超音波発信装置を設置しておき、車椅子に搭載した受信機を組み合わせ、車椅子の位置情報が数cm〜10 cm程度の精度で把握できるようにしておきます。(このシステムは、GPSに対して局所エリア内測位システムLPSと呼びます)

 車両は市販の電動車椅子を改造して使います。他には車搭載用の小型コンピュータ、人の音声指示を認識するマイク。前方の様子を映し出すカメラ、それを補う赤外線センサーと音波センサー、そして左右車輪の移動距離と速度を個々に計則するフォトセンサーがあれば十分です。システムとしては、音声認識、画像処理および各センサーによる検出システム、それとコンピュータによるこれらの処理判断を駆動部に伝えるインターフェース回路、それに位置情報確認システム、自動走行システムなどの開発が必要です。

これがそのプロトタイプだ

 実はこのような電動車椅子については、そのプロトタイプがすでに出来上がっています。右の写真は2003年度に、卒業研究として当時の4年生5人と一緒に製作したものです。

 1がマイクおよび頭脳となるコンピュータ。2がカメラ。3が超音波センサーで、左右2箇所から超音波を発し、それが跳ね返ってくるまでの時間から距離がわかります。前方5m先までの比較的硬い物体を検出します。

 4は赤外線センサーで、前方80度内の8m先までの人間や生物を検出します。人間などの生物は表面が軟らかく、超音波をあてても反射しにくいため、ドアセンサーと同様、体温に反応する赤外線を使います。カメラでは2m先までの床面の画像しか視野に入りませんから、それより先の物体については超音波センサーと赤外線センサーとであらかじめ検知しておき、それがカメラの設定した危険ゾーンに入ると制御部に危険を知らせるようにしておきます。

 5は段差センサーで、超音波センサーと同じ原理で20 cm先のくぼみ、段差、溝などを検出します。6は移動量センサーと呼ばれるもので、銀、黒の反射板とそれを読み取るフォトセンサーからなります。左右の車輪のそれぞれの速度と移動量を連続的に測り、危険物に接触するまでの時間や、これまでの移動経路・距離、現在のスピードなどを運転席に伝えます。

制御システムの改良が今後の課題

 この車椅子では、制御はすべて乗っている人の音声で行ないます。使用される言葉は前進、後退、右折、左折、停止、加速、減速の7種類で、特定の人がトレーニングした場合の認識率は98%ですが、指示する人が不特定の場合は60〜70%まで低下します。今後は認識率の向上をはかるとともに、人ごみの中でも雑音に迷わされず指示だけが聞き分けられるようにしなければなりません。また現状ではカメラやセンサーからの情報はコンピュータで処理され、運転者には伝えられますが、直接制御システムには連動していません。ブレーキがなく、《停止!》でモーターが止まるだけです。今後実用に当たっては、画像やセンサーによる情報をいかに制御システムへ組み入れるかも大きな課題です。また、段差センサーの計測到達距離を長くしたり、緊急停止機能の開発も欠かせません。さらにカメラを2台にして前方の障害物を立体的に捉え、それだけで単独に認識したり、動いている物と止まっている物とを区別できるようにすることも計画しています。その上で、衝突を予測したら、単に停止するだけでなく、うまく回避するような自動制御のアルゴリズムも考えていきたいと思っています。

クローズアップ

どんな授業

 岡田先生の授業の真髄が最も発揮されるのが卒業研究。
'04 ビリヤードロボットの開発
'05 点字トレーニングシステム
'06 対戦型サッカーロボットの開発
 これが最近3年間の研究テーマですが、テーマのユニークさもさることながら、その研究の進め方に大きな特徴があります。

 まずテーマを、学生たちが約1ヵ月の話し合いによって決めます。テーマが決まると次に役割を分担します。電動車椅子のケースでは、音声認識、画像処理、センサー部、駆動部といったように各パートごとに担当を決め、5人1チームで作業を行ないました。個人プレイになりがちなコンピュータ研究にあって、社会へ出てから求められるチームワークと協調性が養える仕組みになっています。

 またテーマはすべてコンピュータを使って制御する機器の開発、制作ですから、ソフトウェアやプログラミングを創るだけでなく、施盤などの機械を使って工作を行ったり、電子回路を自分の手で作ったりしなければなりません。まさにモノつくりの発想とそのための手作業が求められます。これも一般的なコンピュータ科学では味わえない経験です。

 プログラミングばかりを研究するのに限界を感じていた学生にとっては、新鮮で、新たな挑戦意欲をかきたててくれるものにもなります。自分たちで決めたテーマですから、全員少しでもよいものをと必死に作業に取り組みます。卒業を間近に控えた時期などには、作業を続けていて、気がつけば夜が明けていたということもあるそうです。チームワーク、自分の手で何かを作っているという実感−−現代社会で失われつつあるものをまさに取り戻すことのできる授業といえるかもしれません。

トピックス

卒業したら?

SE(システムエンジニア)になる人が多いですが、ハードウェアを作る企業からの求人もあり、大手電機メーカー、ゲームメーカーなどへの実績もあります。企業で新しいことを研究・開発する仕事に就きたければ大学院に行くことを勧めます。

高校時代は何を

 研究を進める上でベースとなるのはもちろん数学。画像処理では微分の考え方、三次元グラフィクスでは行列式がよく出てきます。両方とも考え方をきちんと理解して使い方さえわかっていれば、答えはコンピュータが出してくれます。教科の勉強ではありませんが、高校時代にはクラブ活動に参加するなどして、何かに打ち込む経験をしてほしいと思います。なんでも本気で取り組めば必ず面白さが解るものです。

アナザーフェイス

 コンピュータ科学科で教える岡田先生のもう一つの顔は原子核物理学者。世界一の陽子を使った大型加速器を持つあのCERN(欧州合同素粒子原子核研究機構)の国際実験にも、日本チームの一員として参加している。最新の研究は、湯川博士が予測したことで知られているパイ(π)中間子、そのπ+粒子とπ-粒子がくっついたパイ原子とでも言うべきものを作り、それが再びバラバラに壊れるまでの時間、理論上は1兆分の1のさらに千分の3秒ともいわれるパイ原子の超短い寿命を測っている。この難しい実験を可能にしたのは、日本チームが開発した直径280ミクロンの髪の毛の太さほどのシンチレーティングファイバーを500列7段重ねで作った高分解能ファイバーホドスコープ。この検出器がとらえる粒子群の高精度の位置と時間それに粒子間の距離情報が高エネルギー陽子と標的の原子核反応で発生する膨大な数の雑音粒子の中からほんの微弱なパイ原子の崩壊信号を取り出す。世界の総人口65億人の中から1人の人を見つけるような実験だ。

 現代の物理学は、自然界の現象を「重力」、「電磁気力」、「強い力(の相互作用)」、「弱い力(の相互作用)」の4つの力で説明する。原子核やそれを構成する陽子・中性子、その間で力を媒介するパイ中間子、さらにそれらを構成するクォークは主に「強い力」、小柴博士のノーベル賞受賞につながったニュートリノで知られるレプトンは「弱い力」が働き、それぞれ標準理論と呼ばれる理論が正しいとされている。

 このうち「強い力」は量子色力学(QCD)によって記述されるが、QCDはクォーク同士が接近していて自由に動き回っているところでは正しいことが多くの実験で証明されているが、離そうとした時に働く大きな力の下ではまだ正しいことが実験で証明されていない。このパイ原子の寿命測定実験が最終的に目指すのは、このQCDの正しさを検証すること。2007年春からは同様の手法でπ粒子とK粒子とでつくったπK原子の寿命測定を始める。

理学部・コンピュータ科学科 岡田 憲志教授

プロフィール

中学・高校時代は物理と数学が好き。大学では原子核物理へ進み、そのまま研究者の道へ。実験系を歩み、現在CERN(コラム参照)での国際実験の日本グループの一員。原子核物理実験では体を動かして何でも自分ですることが不可欠。修士を出る頃までには、施盤などの工作機械を使って様々な物を作ったり、電子回路を自分で組み立てたり必要なものはすべて自分で作れるようになっていたとか。放射線シールド作りでは大型クレーンを操作する場面も。また膨大な量の情報をコンピュータと計測器との間でやり取りし得られたデータを解析する技術も不可欠で、その技術が現在のコンピュータ科学との接点になっている。香川県立丸亀高等学校OB。

“不思議だな、と思ったことについては、実際に自分たちで手を動かして実験してみることです。「こんな結果が出たけどこう解釈するとどうだろう?…そうかこういうことだったんだ!」−−こんな経験を重ねていくと、物理が楽しくなりますよ。”

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