太陽系誕生の謎と生命の起源に迫るーディープインパクトで解き明かされる彗星の正体ー

理学部・物理科学科 河北 秀世准教授

 昨年7月、世界中が見守る中、NASA(米国航空宇宙局)の彗星探査機ディープインパクトから発せられたインパクター(衝突機)は、見事に標的であるテンペル第1彗星を捉えました。NASAによるこの大胆な計画の目的は、彗星がどんな物質でできているかを調べるためです。
 その瞬間をハワイのマウナケア山の山頂で、世界一の巨大望遠鏡で観測していた河北 秀世先生に、太陽系誕生の謎と、生命の起源にも迫る彗星研究の興味深いお話を伺いました。

地球に生命を運んだ!?彗星

 私たち人類をはじめ地球上の生命はいつ、どこからやってきたのでしょうか。それは今から約38億年前、“原始の海”深く、海底火山のすぐ脇で発生したとされるのが一般的です。そして、そうした生命の元になった有機物は、原始の地球大気中で作られたり、また、地球外から彗星などによってもたらされたと考えられています※1。確かに地球の創世記には、たくさんの彗星が直接地上に落下していたと考えられており、研究が進むにつれ、彗星の中には有機物の基となる炭素、水素、窒素の化合物がたくさん含まれていることが分かってきたのです。

太陽系の化石、彗星

 私たちの太陽系は、今から約46億年前に誕生したとされています。宇宙空間にあるガスや塵が集まり、中心には太陽が、そしてその周辺に地球などの惑星ができあがりました。この時、惑星を作る基になった小さな塊を「微惑星」と呼びますが、太陽から比較的遠くにあって氷と塵を含んだ微惑星のうち、惑星になりそこねた残りが、現在の彗星です。そのため彗星は“汚れた雪玉”※2と呼ばれ、太陽系創成期の状態をそのまま閉じ込めているという意味で“太陽系の化石”とも呼ばれています。
 彗星は、ふだんは太陽から遠く離れた場所にいますが、時折、太陽に近づくことがあります。
 多くの彗星は、非常に細長い楕円形の軌道で、ほんのひと時だけ太陽に近づくのです。彗星が太陽に近づくと、その熱で表面の氷が蒸発してガスとなり、塵と共に外へ噴出します。普段は暗くて見えにくい彗星も、この時ばかりは光り輝き、多くは長い尾を引いた姿を見せてくれます。この形から彗星は「ほうき星」ともいわれ、元の塊は尾と区別して核と呼ばれます。
 このように、太陽に近づいて明るくなった彗星の発する光から、核に含まれる成分を分析するのが現在の私の研究の大きなテーマです。

光のスペクトルからその成分を分析する

 私たちは、巨大望遠鏡を使ってこの光を集め、分光器を使ってその成分を分析します。彗星から噴出するガスの原子や分子の光には、それぞれ固有の波長があります。そのスペクトルを分析し、どの波長が強いか弱いかなどを調べることで、直接行かなくても彗星に含まれる成分やその量、また、分子が出来た時の温度なども知ることができます(左図)。
 核には様々な物質が含まれていますが、中でも私が今注目しているのは、アンモニア(Nh4)などの窒素化合物や、メタン(CH4)、エタン(C2 H6)などの炭素化合物です。これらはいずれも生命を作る材料として重要なものなのです※3
 もちろんこれらは、宇宙空間の雲の中にも含まれていますが、ここ10年の研究で、彗星の中にもかなり多量に含まれていることが分かってきました。しかも最近になって、彗星のできた温度が従来よりも正確に分かるようになってきましたから(コラム上)、約46億年前にどのような温度のガス塊から太陽系が誕生したのかが、次第に明らかになりつつあります。太陽系の元になったガスの中に、どれくらいの有機物が存在したのか、それが分かる日も遠くないと思います。

ディープインパクトと今後の計画

 天文学者にとって、宇宙は天然の実験室といえるものです。私たちは、光の速度で行っても何十万年も(場合によっては何十億年も!)かかるはるかかなたの情報を、地球にいながらにして調べることができます。これはこの学問の醍醐味といってよいかもしれません。しかし思い通りに行くことばかりではありません。とくに彗星研究では、いつ現れるか知れない彗星を待っていなければならないからです。
 NASAのディープインパクト計画は、彗星にこちらからインパクターを打ち込み、その衝撃で噴出するガスやできたクレーターを、衛星と地上の双方で観測するのですから画期的です。観測のチャンスをこちらから作ったのです。しかもこれまで少ない情報しかなかった彗星研究に、今までにないたくさんの情報をもたらしてくれました。
 現在、新しい事実が次々と明らかにされている最中ですが、今分かっているだけでも、水(h3O)やメタン、エタンなどの物質については改めてその存在が確認されています。さらにメタノール(Ch4 OH)、ホルムアルデヒド(h3 CO)、アセチレン(C2 h3)、それにアミノ酸との関連が深いシアン化水素(HCN)など、生命の基と考えられる物質がたくさん見つかっています。今後はさらに複雑な物質の存在も明らかにされていき、彗星研究は大きく前進していくに違いありません。
 私たちの研究とは別に、彗星の物質を直接調べようという計画も始まっています。今話題のスターダスト計画では、彗星の塵を地球に持ち帰ってきて調べています。また、ESA(ヨーロッパ宇宙総局)によって始められたロゼッタ計画は、すでに’04年に打ち上げられている探査機ロゼッタを、2014年にはチュリュモフ・ゲラシメンコ彗星に着陸させ、物質を直接採取して、その場で分析調査を行おうという壮大なものです。
 もしこの計画が成功すれば、今後はこのような探査から直接得られる情報と、地球での観測から得られるデータとを照合することで、さらに詳しい研究が行われていくと期待されています。

※1
他に隕石説などもある。隕石は石や鉄によってできていて、太陽や地球などと同じ成分を含むが、有機物を含んだ隕石も発見されている。
※2
‘86年、大接近したハレー彗星へ向けてジオット探査機などが打ち上げられ、彗星の核やガスを調査した結果、このように報告された。ただ、ごく最近ではディープインパクトを観測したロゼッタ探査機から、これまで考えられていたよりも塵の割合が多かったという情報が送られてきており、“凍った泥だんご”と呼んだほうがいいのではないかという意見も出ている。ちなみにこれまで彗星へ向かった探査機としては、ボレリー彗星へ向かったディープスペース1探査機、ウィルド第2彗星へ向かったスターダスト探査機などがある。
※3
これまでのところ、水中で水素やメタン、アンモニアなどの分子が反応を繰り返し、アミノ酸やDNAとなり、やがて生命が誕生したと考えられている。

彗星のできた温度は?

 この画期的な研究を行ったのは他ならぬ河北先生。先生はこの研究で、若くて将来性のある天文学者に贈られるゼルドビッチ賞(COSPAR・宇宙空間研究委員会、'04年7月)、日本惑星科学会’04年度最優秀研究者賞(’05.5.24)、日本天文学会研究奨励賞('05.3.28)の三賞を受賞されました。
 河北先生は、彗星のスペクトルの中でもアミノ基(Nh3)に着目していました。これは彗星にあるアンモニア(Nh4)が姿を変えたもので、アンモニアよりも明るく観測しやすいのが特徴です。

 アミノ基には、2つある水素の向いている方向によって、オルソとパラと呼ばれる2つの種類が存在します。説明をものすごく簡略化すると、この2つの比率を決めるのはアミノ基の基になったアンモニアが出来た時の温度ということができます。そのため、アミノ基のオルソとパラの比率を割り出せば、元のアンモニアができた時の温度、つまり彗星ができた時の温度が分かるというわけです。この方法を使って河北先生は、彗星のできた時の温度を約-240℃であると特定したのです。

クローズアップ

どんな授業?

 学部では宇宙・天文に関係した理論的な勉強も行いつつ、実際に天体の観測も行います。今年5月には話題のシュワスマン・ワハマン第3彗星を観測し、現在、成分分析を行っています。観測のためには、ハワイのマウナケア山頂へ赴き、すばる望遠鏡などを使って観測することもあります。

アドバイス

高校時代には何を学んで来て欲しい?

 とにかく数学が大事です。特に微分、積分、それにベクトルですね。数学は理系に進む人にとってはまさに道具。料理でいえば包丁みたいなものです。うまく使えないと何一つ作れません。逆にいうと、使えて損をすることは決してありません。あとは、もちろん物理や化学。天文学、中でも観測では、遠くを見てそこから何を引き出すかがポイント。その際には、様々な知識を総動員することが求められます。高校時代から天文の勉強をしておく必要はありませんが、その時に備えて数学、物理、化学などについての基礎的な力はしっかり身につけておいて欲しいと思います。ただ、最近の高校物理では微分や積分を使わないで教える傾向があるので、むしろ分かりにくくなって、物理を嫌いになる人もいるかもしれません。大学では微分、積分を使って非常に分かりやすく物理が記述されます。これは、大学でのお楽しみ、といったところかもしれませんね。

理学部・物理科学科 河北 秀世准教授

プロフィール

 大阪府出身、大阪府立高等専門学校OB。キレイな夜空の下で育たなかったから、余計天体好きになったと冗談めいて話す河北先生。高等専門学校、大学、大学院、社会人と情報工学の道を歩むが、幼い頃からの天体への夢は捨てきれず、平日の夜や、週末には天文学者に変身。何度も書き送った論文がついに認められ、28歳で群馬県立天文台の職員に採用される。その後は水を得た魚のように次々と業績を重ね、’04、'05年の三賞の受賞につながった。「自然科学の分野は、まだまだ謎に満ちている」天文学にかける熱い思いをこう語る河北先生。会社勤めという制約の中で、人が注目する研究を行ってきた経験を振り返って「夢をあきらめてはいけない」とも。

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