見えないコンピュータで快適な生活をー生活の質向上のためのバスシステムを開発中ー

理学部・コンピュータ科学科 平井 重行准教授

 お風呂に入って鼻歌というのもいいけれど、お風呂が代わりに歌ってくれるとしたら?
 世界でも珍しいそんなお風呂を開発しているのが、平井重行先生。
 いつでもどこでもコンピュータの機能が利用できる社会をユビキタス社会(注)と呼びますが、そんなユビキタス社会を実現するには、人に優しいコンピュータ・ソフトウェアの働きや、使う人がコンピュータを意識しないようなシステムの構築が欠かせないそうです。現在開発中のバスシステムを例に、ユビキタス社会のしくみと、その将来像などについて熱く語っていただきました。

スイカ(Suica)やイコカ(ICOCA)でおなじみのICチップがすべての基本

 現在では、ほとんどの家電製品もコンピュータを内蔵しています。もちろん携帯電話もです。そしてICカードも、れっきとしたコンピュータなのです。なかでも所定の場所にタッチするだけで改札機を通過できるスイカやイコカは、無線機能付きの特殊なICカードで、「無線ICタグ」(専門的にはRFID)とも呼ばれます。この無線ICタグが、ユビキタス社会では極めて重要な働きをするのです。
 無線ICタグの内部には、ループ状のアンテナとICチップが内蔵されています。改札機の所定の場所にピタっとあてると、その場所から電波がパッと発射され、アンテナに電流を起こします。その電流でICチップが起動し、ICチップ内部に記録された有効期限や残高などの情報を電波で返します。それを改札機側のコンピュータシステムで瞬時に読み取り、この人を通していいか悪いかなどの判断を下します。この無線ICタグは、テレホンカードなどの磁気を使ったものと違って、磁気に近づけても書き込まれた情報が消えてしまうことがありません。また新しい情報を書き込めるようにもなっていて、最近ではお金の情報を書き込むことで、コンビニなどでお財布代わりにも使えるようになりました。
 これと同じ原理を使って、スーパーなどでは野菜などの生鮮食品一つひとつに小さいチップを埋め込み、出荷から店頭へ至るまでのすべての流通経路を把握する実験も始まっています。また、この無線ICタグは人やものを区別するだけでなく、たくさんのもののありかを同時に把握し整理するにも便利です。例えば、冷蔵庫が、古くなった物を表示したり、今夜の夕食に必要な材料を教えてくれるようになるのも、そう遠い先のことではないでしょう。

安心、快適、ユビキタスバスを作る

 私たちが開発しているお風呂も、基本的にはこれと同じ仕組みを使っています。
 まず浴室内の洗面器、手桶、石鹸皿、シャンプーのボトル、シャワーヘッド、椅子などにすべて無線ICタグを埋め込みます。次に床下や壁の裏など目に見えない場所に、先程の改札機でも利用されている無線ICタグの読み取り装置を設置し、浴室内の物の位置が外部から常に把握できるようにしておきます。そして、いろいろな人のお風呂の入り方や物の使い方などのデータを集め、多くの人に共通したお風呂場での行動データベースを作っておきます。もし、入浴中の人がこのデータから大きくはずれるような動きをするとか、浴室内の道具の位置が急激に変わったり、倒れたりしたら、何か異常が起きたかもしれない!と判断するわけです。
 このシステムでは、さらに浴槽に組み込まれたセンサーを使って、浴槽内の人の動きや呼吸、心拍数を測り、その情報をコンピュータで処理できます。こうしておけば、入浴中の人の健康状態もリアルタイムで把握でき、それを台所や居間でわかるようにしておけば、お年寄りなどのいる家庭でも安心です。また、センサーと音響装置を連動させ、呼吸とメロディーで表現した音楽や、心拍数とリズムとを同調させた音楽を聴けるようにすることもできます。さらに進めて、浴槽に浸かり過ぎの場合は早く出たくなるような演奏にしたり、浅い呼吸が続いているようなら、深呼吸を促すような癒し効果のあるメロディーに変えたりすることもできます。もちろん音楽だけではなく、映像や照明と結びつけることも可能です。こんなお風呂なら、皆さんも毎日でも入りたくなるにちがいありません。

見えないコンピュータが人の暮らしを豊かにする

 ところでこのお風呂は入っている人からすると、どのように感じられるのでしょうか。確かに仕組みを説明されるだけだと、ずいぶんたくさんコンピュータが使われているという印象をもつかもしれません。
 しかし実際、中に入ってみれば、コンピュータなど影も形も見えません。人はコンピュータを意識することなく、今まで通りお風呂に入ることができるのです。コンピュータをまったく知らない人なら、そこにコンピュータが使われていることさえもわからないでしょう。もっとも仕組みがわかっていれば、コンピュータに見張られているという感覚をもつ人もいるかもしれません。しかし、システム全体をもっと改良し、コンピュータの方が人間のことをよく分かってくれるようにしておけば、その感覚を、信頼できる人から見守られているという感覚に変えることもできるでしょう。そのためには、システム設計する側がただコンピュータの仕組みを分かっているだけでは不十分です。哲学や心理学など人の心を理解するような学問を学び、また芸術に親しんで感性を磨き、それをデザインなどに生かせるようにしておくことも必要です。
 目下開発中のお風呂に限らず、このようなシステム、人とコンピュータとの関係を作りあげることが、私の研究のモットーでもあり、目標でもあるのです。

アドバイス

高校生へのメッセージ

 無線ICタグには、高校で習う電磁誘導の原理が使われています。実験や研究ではセンサーで物理現象を測ることや、その測った情報を数学を使って解析することもあります。また、コンピュータ上での音やCG(コンピュータグラフィックス)の処理も数学や物理が基本です。ですから数学はもちろん、物理の基礎的な知識はできるだけ身につけておいてください。
 本学科は、理学部といっても従来の自然科学を学ぶだけでなく、コンピュータ特有の学問(コンピュータ科学)を基礎から学び、知識や技術を身につけることに比重をおいています。内容は情報工学と近いですが、より基礎的な理論や考え方を学ぶというイメージです。

卒業したら…

 この分野では、将来技術職を目指すことが多いと思いますが、私の企業経験から言えば、技術職に就くには大学院修士課程まで出たほうが有利です。コンピュータの技術職と言えばSE(システムエンジニア)を漠然と思いがちですが、そのSEもさまざまな分野に分かれます。今後のユビキタス社会を想定し、SEも含めたより幅広い職種、業態でITに関わる仕事を視野に入れて学んで欲しいと思います。その上で、情報をわかりやすくビジュアル表現するCGの知識・技術を身につけるなどして、生活の中で実際に使えるコンピュータの姿とは、どういうものなのかを勉強してもらえたらと思います。

クローズアップ

どんな授業

 コンピュータのキーボードはなぜこんな形をしているのか。現在のような形になったのは、どういう経緯からなのか。数字や文字はなぜこのような配列になっているのか。マウスをダブルクリックすることを誰も不自然に感じないのだろうかー?
 目の前にある当たり前のことを、こんなふうにもう一度考え直してみることから始まるのが、3年次生を対象に開かれている「インタフェース論」。人とコンピュータとが向き合う接点(インタフェース)について考える講義だ。
 コンピュータそのものがこれだけ進化している中で、そのインタフェースは未だに人の方からコンピュータに擦り寄っていかなければならないデザイン、スタイルのままだ。これは果たして、人にとって使いやすいものなのだろうか。もっと人にやさしいコンピュータを考えることはできないのだろうか、と平井先生は考えている。
 これまで当然と思ってきたことを、一歩下がって考え直してみる。そして、そこに不具合が見つけられたとき、新しいものをデザインするアイデアも湧いてくるはずだ。先生自らの経験からIT業界やゲーム業界、音楽業界などの裏話も聞ける、コンピュータを学ぶ学生にとっては、楽しくてためになる授業だ。

理学部・コンピュータ科学科 平井 重行准教授

プロフィール

 小学生時代、友達の家でその子の兄が持っていたパソコン(パーソナル・コンピュータ)に触れたのが、コンピュータとの最初の出合い。その頃から学校帰りに電気店に通いはじめ、店先に置かれたコンピュータでプログラムを組んで遊ぶようになった。時には夢中になって時間が経つのを忘れることもあったとか。小さい頃からピアノを弾いていたこともあって、いつしか将来はゲームメーカーで、プログラミングかサウンドデザインをしたいと夢見るようになった。コンピュータを学ぼうと大学に進学し、コンピュータ関連の研究所で研究補助のアルバイトをするが、あとで振返るとこれが大きな飛躍のきっかけとなる。またそこで出合った一冊の本からは、音楽とコンピュータの両立についても大きなヒントを得たという。有名ゲームメーカーへの就職内定を蹴って大学院へ進学。その後、一度は企業でSEやコンサルティング業務などを経験してから、研究者の道を歩む。ピアノはセミプロ級で、プロと一緒に演奏することも。今でも1日最低10分はピアノに向かい、音楽を奏でることを怠らない。「人に優しいコンピュータを考えようと思えば、必ず音楽やデザインといった、人の感性に訴えかけるものについての理解が欠かせない」というのが持論。コンピュータの進化とともに少年時代の夢は一歩一歩実現しているようだ。

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