台湾訪問記

世界問題研究所所長 東郷 和彦

  5月15日から18日まで、台湾に出張しました。

 私は、2006年の9月から12月まで台湾北部のリゾート町淡水にある淡江大学の日本研究所で教鞭をとっていたので、久方ぶりの台湾訪問は、懐かしもあり、様々な感慨を持つことができました。

 今回の出張の一番の目的は、17日に台中の東海大学で行われた日本研究所開所記念シンポジウムに出席するためでした。新しく開かれる研究所の実際上のプロモーター陳永峰研究所事務局長が日本留学をしていた時の恩師が、京都大学名誉教授・京都産業大学客員教授・前世界問題研究所長木村雅昭先生でした。そこで今回のシンポジウムは、冒頭基調講演をしたのが木村先生であったことをはじめ、その縁で京都産業大学から瀧田豪先生と私が呼ばれたほか、多数の木村門下生が集まっていました。特に印象的だったのは、17日夜の歓迎晩餐会で、木村先生の両隣に韓国からの門下生宋錫源先生と中国からの門下生阮雲星先生が着席し旧交をあたためていた風景で、日本の学問がこうやってアジア世界の土台骨となっているのを見るのは、本当に心強いことでした。

 シンポジウムの全体テーマは、『大転換の東アジア:ECFA体制下における日台社会・政治・経済構造の変容と展望』というものでした。つまり、東アジアにおける地域主義と地域協力のありかたを考え、これが日本や台湾にどのような影響を与えていくかを考えるというものでした。

 2010年7月に中台間でECFA(経済協力枠組み協定)が署名され、11年1月より発効した状況下で、台湾としては当然に関心を持つテーマでした。木村先生の基調講演も、『EUと東アジア共同体』というテーマで、欧州地域協力と東アジアの地域協力大きな歴的視座から比較しながら、これからのアジアにおける地域協力の方向性をさぐるというものでしたし、国分良生慶応大学法学部長他と一緒に行われた昼食討論会の司会をした彭榮次外交部亜東関係協会会長からの問題提起も、まさにそれでした。

 日本で馬英九国民党政権登場以降の対中関係を見ていますと、陳水扁政権時に比べて中台緊張緩和が進んでいることに多くの人がほっとしている感は否めません。しかし、台湾では、議論のはしはしに、中国に飲み込まれることなく大陸との関係を進めていくためには、東アジア地域主義の中に台湾が正当な位置をもたねばならないという危機感が感ぜられるようでした。

 私は木村先生の基調演説を補完する形で、欧州の地域主義進行の根底には独仏の和解があったこと、東アジア地域主義進行のためには日中の和解が不可欠であることを述べ、日中和解をさまたげる根本としての歴史問題と領土問題(尖閣問題)の二つについての分析ペーパーを提出しました。興味があったのは、日中間の歴史問題と領土問題について台湾の研究者がなんというかでしたが、私のペーパーを担当された先生より「歴史問題は虚、領土問題は実」という鋭い指摘を直にうけ、さすがと感服しました。

 今回の訪問でもう一つびっくりしたのは、台湾における日本研究熱の高まりです。東海大学日本研究所の開設はいうまでもなく、その象徴です。

 今回の滞在中、15日と16日には、五年前の台湾滞在の時に親しくなった、淡江大学とアカデミア・シニカ(台湾中央研究院)の人たちとそれぞれ懇談することができました。その時も、現下の台湾における日本研究熱の沸騰ぶりが話題になりました。最近開設されつつある研究所がいくつあるのか、人によって数字が少しちがっていましたが、今年後半開設予定のものを含めると少なくとも八つあるのは間違いないようです。

 五年前に私が台湾にいたときは、「日本研究所」という名前を冠したところは、淡江大学しかなかったと記憶しています。それがどうしてこんなに増えているのか、これからの研究動向と交流はどういう形をとっていくのか、この点からも考えさせるところの大きい旅でした。

 最後に、五年前と目に見えて変わったことをもう少し。

 一つは、羽田と台北松山空港の直通便が開いたことです。松山空港は、いわば東京にとっての羽田、羽田以上に町のど真ん中にあります。台湾と日本の距離が、目に見えて近くなりました。

 もう一つは、台北から高雄を縦断する新幹線の開通です。台北から台中まではちょうど一時間、日本の技術も活用した新幹線に乗ってみると、車両は、毎週京都と東京を往復している東海道新幹線と寸分変わりませんでした。でも、ちがうこともありました。窓からの風景です。台湾新幹線の窓から見える風景は、開発と自然が微妙に調和し、一時間見つづけても見飽きないものでした。「今ならまだ間に合う」と思いました。強固な農業・林業政策を導入し、自然保護と産業開発をゾーニングし、住宅相互間の外観規制を適度に導入するなら、台湾の風景は、アジアの誇りとするに足るものになっていくのではないかと思ったことでした。
(了)

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