低温電子顕微鏡 (Cryo-EM) を用いた単粒子解析により、ATP合成酵素の詳細な全体構造を解明

2018.01.09

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メディア掲載研究プレスリリース
京都産業大学総合生命科学部 横山謙教授、大阪大学超高圧電子顕微鏡センター 光岡 薫 教授らの研究グループは、低温電子顕微鏡 (Cryo-EM) を用いた単粒子解析により、ATP合成酵素の詳細な全体構造を解明しました。
今回明らかになった V型ATP合成酵素の構造により、生命のエネルギー通貨であるATPを合成する仕組みが解明されるとともに、V型ATP合成酵素が関与する疾病の理解や創薬への応用につながる知見が得られます。

本研究成果は英国科学雑誌『Nature Communications(2018年1月8日オンライン版)』に掲載されました。
リリース日:2018-01-09

概要

ATP合成酵素は、生物のエネルギー通貨である ATPを合成する生物にとって最も重要なタンパク質です。ATP合成酵素はミトコンドリアなどに存在する F 型と一部の原核生物に存在する V型に大別されます。両者の基本構造はほぼ同じで、中心にある軸タンパク質が水素イオン(プロトン)の流れにより回転することで ATP を作り出します。しかし、その全体構造は長年解明されず、どのように動いてATPを作り出すかは不明でした。
京都産業大学総合生命科学科 横山 謙 教授、大阪大学超高圧電子顕微鏡センター 光岡 薫 教授らの研究グループは、低温電子顕微鏡 (Cryo-EM) を用いた単粒子解析により、V型ATP合成酵素の詳細な全体構造を明らかにしました。得られた構造を分類することにより、効率的に異なる構造を決定することも可能なため、動くことで機能するタンパク質の活写に有効です。近年この技術により、創薬に繋がる膜タンパク質や巨大なタンパク質の構造が数多く明らかにされています。
今回研究グループでは、単粒子解析により、好熱菌から得られたV型ATP合成酵素の 3つの異なる構造を決定しました。3 種類の構造を比較すると、プロトンの移動に伴って回転する部分が、固定子に対して 120 度ずつ異なる配置をとっていました。また、分子の外側の部分が大きく動くことがわかりました。これは、分子内のねじれ等を伴う大きな構造変化を経て、V型ATP合成酵素がATPを合成することを示します。またその膜内在性部分の構造から、プロトンの入口と出口を示唆する構造が明らかとなりました。
今回の構造で、ATP合成酵素のどこをプロトンが通り、どのような動きでATPが作られるのか、という長年の疑問の一端が明らかになりました。また、今回明らかになった V型 ATP合成酵素は、骨粗鬆症やがんの浸潤に関わる真核生物のV-ATPase の類縁酵素であり、そのためV-ATPase の分子メカニズムの解明や、V-ATPaseが関与する疾病の理解や創薬への応用につながる知見になります。
本研究の成果は英国の科学雑誌 Nature Communications に平成 30 年 1 月 8 日にオンライン出版されました。

背景

あらゆる生命現象にはエネルギーが必要であり、それを担うのがATPです。ATP合成酵素は、呼吸により作り出された水素イオン(プロトン)の流れを回転運動に変え、さらに回転運動によりATPを合成します。概念的なことはわかっていましたが、プロトンがATP合成酵素のどこを流れ、回転に伴うどのような動きがATP合成に繋がるかは不明でした。それを明らかにするには、ATP合成酵素の全体構造を決めることが必要ですが、動くタンパク質の構造を明らかにするのは容易でなく、その詳細な構造は最近まで不明でした。
Cryo-EM による構造解析技術は、近年著しい発展を遂げ、X 線結晶構造解析では困難であった膜タンパク質複合体の構造決定や、細胞内の生体分子の直接観察が可能になりつつあります。単粒子解析は、急速凍結したタンパク質試料をCryo-EM で撮影し、その単粒子像から立体構造を計算する構造解析法です。タンパク質の結晶を作製する必要がないため、調製の難しい膜タンパク質の構造解析に適した方法です。また、得られた構造を分類することができれば、効率的にその中間体構造を決定することが可能であるため、動くタンパク質のスナップショット撮影に有効です。
 

研究内容・成果

巨大な膜タンパク質であるATP合成酵素の全体構造の解明は長年の課題でした。しかし、結晶作成が難しい膜タンパク質で、しかも動くので、その詳細な構造決定に未だ至っていませんでした。Cryo-EM による単粒子解析は、ATP合成酵素のような構造解析のハードルの高いタンパク質に適した構造解析手法です。本研究では、V型ATP合成酵素の膜内在性部分を可溶化するため、界面活性剤 Lauryl Maltose Neopentyl Glycol (LMNG) を用いました。界面活性剤はタンパク質の疎水性部分を覆うことで膜内在性部分を可溶化する一方、遊離のミセルやモノマーは試料溶液中の混在物として氷の厚さに影響します。通常の界面活性剤では、臨界ミセル濃度以下で膜タンパク質が凝集しますが、LMNG は膜タンパク質に対する結合力が強く、臨界ミセル濃度以下でも膜タンパク質の可溶化状態を維持することが報告されています。この性質を利用して、ミセルフリーのV型ATP合成酵素を薄く均一な氷に固定し、コントラストの良好な電子顕微鏡画像を得ることに成功しました。今回100万近いV 型 ATP合成酵素の単粒子画像を画像解析ソフトRELION を用いて解析し、3種類の異なる V型ATP合成酵素の構造を決めることができました。
             参考図 回転状態に対応した V型 ATP合成酵素の構造
それぞれの構造を比較すると、回転する部分が、固定子に対して 120 度ずつ異なる配置をとり、V型ATP合成酵素の動きを反映したものであることがわかりました。得られた構造をつなぎ合わせることで回転中の動きを再現することに成功し、分子の外側の部分が大きく動くことがわかりました。また、膜に埋まっている部分にトンネル上の構造がはっきり見え、プロトンが通る経路もわかりました。今回の結果により、いままで分からなかったV型ATP合成酵素のプロトンの通り道が明らかになり、またどこがどう動いてATPが作られるのかもわかりました。生命のエネルギー通過であるATPが作られる仕組みを知る上で、大きな研究成果になりました。

波及効果、今後の予定

V型ATP合成酵素として最も高い精度で決められた構造であり、可溶性部分では近原子分解での議論が可能です。今後解析する単粒子の数を増やすことで、より詳細な構造を決定し、プロトンがどのように通り、回転力を生み出すのかを明らかにします。今回の単粒子解析の技術は、創薬ターゲットであるヒト由来の V-ATPase やGタンパク質受容体などの構造解析に応用できます。今後結晶化が困難な創薬ターゲットタンパク質の構造解析に繋がることが期待されます。また、Cryo-EM による構造解析は、タンパク質だけでなく培養細胞などの生体試料について詳細な微細構造を明らかにすることができる、非常に汎用性の高い方法です。今後は細胞からタンパク質を取り出すことなく、天然に近い状態での構造解析を行うことで、細胞の仕組みを原子レベルで議論できることが期待されます。
余談ですが、残念ながら我が国におけるクライオ電顕による構造解析は、欧米だけでなく中国にも大きく遅れをとっています。今回の成果は、我が国で初めて出た単粒子解析による膜タンパク質複合体の高分解能での構造決定であり、遅れをとっているこの分野にとって、反撃の狼煙となることを期待しています。

研究プロジェクトについて

本研究は文部科学省のナノテクノロジープラットフォーム事業および科学研究補助金基盤研究Bによる支援を受けたものです。

論文タイトルと著者

タイトル:Cryo EM structure of intact rotary H+-ATPase/synthase from Thermus thermophilus
著者:Nakanishi, A.; Kishikawa, J.; Tamakoshi, M.; Mitsuoka, K.; Yokoyama, K.
掲載誌:Nature Communications

参考図

      クライオ電顕による単粒子解析のイメージ図。実際の解析とは少し異なります。
お問い合わせ先
京都産業大学 広報部
〒603‐8555 京都市北区上賀茂本山
Tel.075-705-1411
Fax.075-705-1987
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