全身麻酔薬がミトコンドリアの機能不全と細胞内ATPレベルの減少を引き起こすことを発見

2018.01.09

京都産業大学総合生命科学部 横山 謙 教授、京都大学生命科学研究科 今村 博臣准教授らの研究グループは、いまだはっきりとした作用メカニズムがわからないまま多くの医療現場で使用されている全身麻酔薬が、細胞内でのエネルギー生産に重要なミトコンドリアの機能を低下させ、ATP の合成を阻害することを発見しました。
それにより、ミトコンドリアの機能不全と細胞内 ATP 量の減少が全身麻酔薬の共通の作用メカニズムであることを解明しました。
本研究成果は学術論文雑誌『PLOS ONE(2018年1月3日)」』に掲載されました。

リリース日:2018-01-09

概要

現在、全身麻酔薬は、医療の現場ではなくてはならないものとなっています。約170年前に初めて使用されて以来、様々な全身麻酔薬が開発されてきましたが、その作用メカニズムについて、いまだはっきりとした結論は出ていません。我々は、全身麻酔薬の1つであるフェノキシプロパノールを作用させると線虫*1の ATP*2 量が減少することを見出しました[1]。そこで、全身麻酔薬と細胞内の ATP 量の関係に着目し、実験を行いました。化学構造が異なる3種類の全身麻酔薬を、それぞれ線虫と哺乳動物由来の培養細胞にそれぞれ作用させました。その結果、全ての全身麻酔薬で細胞内の ATP 量が減少することがわかりました。また、これらの全身麻酔薬は、細胞内でのエネルギー生産に重要なミトコンドリア*3の機能を低下させ、ATP の合成を阻害することがわかりました。一方で、部分麻酔薬ではこのような作用は見られませんでした。これらの結果から、全身麻酔薬の共通の作用として、ミトコンドリアの機能不全と細胞内の ATP 量の減少が起こることが示唆されました。細胞のエネルギー通貨である ATP 量が減少すると、細胞内で行われる様々な生理現象に影響がでると考えられます。特に、神経細胞では、神経伝達を行うために多くの ATP を使っていることが知られています。したがって、神経細胞において、全身麻酔薬によるミトコンドリアの機能不全と細胞内 ATP 量の減少が起こると、神経伝達が阻害され、麻酔効果が発揮されると考えられます。我々は、このミトコンドリアの機能不全と細胞内 ATP 量の減少が全身麻酔薬の共通の作用メカニズムである可能性を提案しました。
本研究で提案する全身麻酔薬の作用メカニズム。全身麻酔薬は、細胞内でエネルギー生産に重要なミトコンドリアの機能を低下させる。その結果、細胞内のATP 量が減少し、神経伝達の阻害などが起こり、麻酔効果が発揮される。

用語解説

*1 線虫

モデル生物の1つ。約1000細胞からなる体長1~2 mm の紐状の動物。寿命が20 日前後と短く、老化研究などに広く用いられている。身体が透明なため、顕微鏡での観察に適しており、本研究でも、ATP センサータンパク質を用いた顕微鏡観察を行った。

*2 ATP

細胞内のエネルギー通貨と呼ばれ、様々な生理現象に関わっている。そのほとんどは、細胞内にあるミトコンドリアによって作られる。

*3 ミトコンドリア

細胞内小器官の1つ。細胞内呼吸により、細胞の生存に必要なエネルギー(ATP)のほとんどがここで作られる。
[1] Tsuyama T, Kishikawa J, Han YW et al. In vivo fluorescent adenosine 5'-triphosphate (ATP) imaging of Drosophila melanogaster and Caenorhabditis elegans by using a genetically encoded fluorescent ATP biosensor optimized for low temperatures. Anal. Chem. 85(16) 7889-78896 (2013)

背景

現在、全身麻酔薬は医療の分野で必要不可欠です。約170年前に初めて外科手術に使われて以来、様々な全身麻酔薬が開発されてきました。全身麻酔薬には、吸入するタイプと静脈に注射するタイプの2種類があります。これらは、化学構造が異なるにも関わらず、意識を消失させ、麻酔効果を発揮します。これは、全身麻酔薬の化学構造と麻酔効果の間に相関がないことを意味します。
これまで、全身麻酔薬の作用メカニズムについていくつかの仮説が提唱されていますが、いまだ結論は出ていません。全身麻酔薬の親油性(油への溶けやすさ)と麻酔効果の強さに相関があることから、細胞膜をターゲットとしている説や、細胞膜上にあるタンパク質(膜タンパク質)をターゲットとしている説などが提唱されています。しかし、これらの説では、化学構造が異なる全身麻酔薬が、なぜ同様の麻酔効果を発揮するのかは説明できませんでした。
我々は、以前、モデル生物である線虫に全身麻酔薬の1種を作用させたところ、細胞内のATP量が減少することを見出しました。細胞のエネルギー通貨である ATP の減少は、神経伝達をはじめ様々な生理現象に影響を与えると考えられます。もし、細胞内のATP 量を減少させることが全身麻酔薬の共通の作用であるならば、様々に化学構造の異なる全身麻酔薬が同様の麻酔効果を発揮できる理由を説明できると考え、我々は全身麻酔薬と細胞内の ATP 量に関連があるかを調べました。

研究内容・成果

全身麻酔薬によって、細胞内 ATP 量が減少するかを調べるために、化学構造が異なる3種類の全身麻酔薬:吸入麻酔薬イソフルラン、静脈麻酔薬ペントバルビタール、線虫用麻酔薬フェノキシプロパノール、を用いました。これらの全身麻酔薬を線虫およびマウス神経細胞由来の培養細胞に作用させた後、ATP 量を測定しました。その結果、全身麻酔薬を作用させることで、線虫、培養細胞ともに細胞内の ATP 量が減少することがわかりました。また、ATP センサータンパク質による細胞内のATP 量測定でも、同様に ATP 量の減少が観察されました。一方で、部分麻酔薬であるリドカインでは、ATP 量の減少は起こりませんでした。
次に、なぜ細胞内の ATP 量が減少するかを調べるために、ミトコンドリアでの ATP 合成活性への全身麻酔薬の影響を調べました。その結果、3種類すべての全身麻酔薬で、ミトコンドリアの活性が減少し、ATP の合成活性が阻害されることがわかりました。
これらの結果から、化学構造が異なる3種類の全身麻酔薬が共通して、ミトコンドリアのATP 合成活性を阻害し、細胞内の ATP 量を減少させるということが示されました。細胞内のATP 量の減少は様々な生理現象に影響を与えると考えられます。特に、神経細胞では神経伝達に多くの ATP を使っていることが分かっています。神経細胞での ATP 量の減少は、神経活動を抑制すると考えられます。以上のような結果から、我々は、ミトコンドリア機能不全による細胞内 ATP 量の減少が全身麻酔薬による共通の作用メカニズムである可能性を示しました。

波及効果、今後の予定

本研究では、全身麻酔薬によりミトコンドリアの機能不全が引き起こされることを示しました。しかし、なぜ全身麻酔薬でミトコンドリアの機能不全が引き起こされるのかは不明なままです。ミトコンドリアでの ATP 合成には様々なタンパク質が関わっているので、全身麻酔薬がそのどれかをターゲットとしている可能性もあります。今後、個体レベルでの実験により、全身麻酔薬のターゲットがミトコンドリアそのものであるのかを明らかにしていきたいと考えています。
前述のように、全身麻酔薬の作用メカニズムについては、いまだ議論が分かれています。乱暴な言い方をすれば、「効いているから使っている」というのが現状です。我々は、新たな可能性を示唆しました。今後、正確な作用メカニズムが分かれば、より副作用や事故が少ない全身麻酔薬の開発が期待されます。

研究プロジェクトについて

科学研究費補助金 若手研究(B) 16K21472 岸川淳一
科学研究費補助金 基盤研究(B) 17H03648 横山謙
科学研究費補助金 挑戦的萌芽研究 16K14709 今村博臣

論文タイトルと著者

タイトル:General anesthetics cause mitochondrial dysfunction and reduction of intracellular ATP levels.
著者:Jun-ichi Kishikawa, Yuki Inoue, Makoto Fujikawa, Kenji Nishimura, Atsuko Nakanishi, Tsutomu Tanabe, Hiromi Imamura, Ken Yokoyama
掲載誌:PLOS ONE

イメージ図

全身麻酔薬の作用メカニズムのイメージ図。全身麻酔薬は脳などの中枢神経系に作用し、ミトコンドリアの一時的な機能不全を引き起こすことで、神経細胞内の ATP 量を減少させる。その結果、麻酔効果が得られる。
お問い合わせ先
京都産業大学 広報部
〒603‐8555 京都市北区上賀茂本山
Tel.075-705-1411
Fax.075-705-1987
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