形状と化学的性質に異方性を持つ微粒子によるエマルションに関する総説を発表

2020.11.11

〔論文の内容〕

化学的異方性(両親媒性)と形状の異方性を持つ微粒子は、従来の界面活性剤や均一な球状微粒子によるものとは定性的に異なる新規なエマルション状態を形成する。理学部物理科学科の岩下靖孝准教授は、近年注目が高まっているこの現象について、最新の研究動向を自身らの研究成果を交えて解説した。
この総説は、Elsevier発行の学術誌Current Opinion in Colloid & Interface Science の論文として2020年6月1日付けオンライン版に掲載された。

〔掲載論文〕

Title: Pickering–Ramsden emulsions stabilized with chemically and morphologically anisotropic particles
邦題:化学的および形状異方性を持つ微粒子により安定化されたPickering–Ramsdenエマルション
Author : Y. Iwashita
著者: 岩下 靖孝
Current Opinion in Colloid & Interface Science 2020, 49:94–106
DOI: 10.1016/j.cocis.2020.05.004
URL: https://www.sciencedirect.com/
science/article/abs/pii/S1359029420300492

〔背景〕

エマルションとは、水と油に代表される互いに溶け合わない液体/流体同士の分散状態が界面活性剤により安定化されたものである。各液相が微細な空間構造を形成するため,熱運動により分子が効率的に撹拌されること、非常に大きな液体—液体/流体界面面積を持つことなど、ビーカーなどのガラス器具の中で実現されるような巨視的な混合状態とは大きく異なる特徴を持つ。このようなエマルションの特徴は生体内でも見られるほか、マイクロ流体デバイスやエマルション化学においても大いに活用されている。
他方、近年のナノ・マイクロ科学の発展により、多種多様な異方性を持つ微粒子が利用できるようになった。このような微粒子は従来の均一・球状のものとは異なり多様な異方的相互作用を示すため、分子系とのアナロジーから「コロイド分子」とも呼ばれる。エマルションの分野でも、様々な異方性を持つ両親媒性コロイド分子(粒子)が、従来の界面活性分子や均一なコロイド粒子が形成するものとは質的に異なる新規なエマルションを形成することが明らかとなり、注目が高まっている。
図1 実験で実現された様々な異方形状両親媒性粒子の模式図(中央)と、それらにより安定化されたエマルションやエマルション中の自己組織化構造をまとめたもの。総説のGraphical abstractより。

〔総説概要〕

岩下 靖孝 准教授 らは形状に異方性がなく、即ち球形で両親媒性のみを持つ粒子が、通常の界面活性分子と同様の自己組織化構造を形成することを示した(図1左列中段)。チューリッヒ大学のAndrei Honciuc教授らは、「雪だるま型」の両親媒性粒子が,親水部と疎水部の大きさの比によって様々なエマルション状態や自己組織化構造を形成することを発見した(図1左列下段)。岩下 靖孝 准教授 らは正三角形から正六角形、円盤形状の両親媒性粒子が,粒子の幾何学的特徴を反映した自己組織化構造を形成することを発見した(図1右列、右下を除く)。またここまでは親水部と疎水部を一つずつ持つ粒子であったが、中央の疎水部を挟むように親水部を2つ持つ粒子は、平らな膜状の構造を形成することが示された(図1左列上段)。
またこのような両親媒性粒子は人工的な無機粒子に限らない。東京工業大学の石川大輔助教らは,DNA折り紙と呼ばれる手法を用い、DNAでできた穴あき六角形状の粒子を用いてエマルション状態を作り、穴が物質を透過するチャンネルとなることを示した。さらに大阪工業大学の藤井秀司教授らは、1mm程度の大きさの正六角形状両親媒性粒子を作成し、その粒子によるエマルション構造が幾何学的特徴を反映した特徴的な振る舞いを示すことを報告した(図1右列下段)。
このように両親媒性微粒子において、その異方性を積極的にデザインすることで従来にない新規な液体—液体混合構造や微粒子の自己組織化構造が実現され、特徴的な物性を示すことが明らかとなった。既に無機系から生物系、コロイドスケールから粉粒体スケールまで幅広い分野へと研究は広がりを見せており、今後も基礎・応用の両面で益々研究が盛んとなることが期待される。

〔用語解説〕

コロイド粒子… 典型的には10 nmから1μm程度の大きさを持つ、原子・分子スケール(ミクロ)と我々の身の回りのスケール(マクロ)との中間的なサイズの粒子。量子性はほとんど現れないが顕著な熱運動を示す。

両親媒性… 水に代表される極性液体に親和性の高い親水部と、油のような非極性液体(流体)に親和性の高い疎水部を併せ持つ性質。通常の界面活性分子は両親媒性を持つ。

粉粒体… 典型的には0.1mm程度以上の大きさを持ち、熱運動が無視できるマクロなサイズの粒子の集団。

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