合成途上の新生タンパク質が見せる動的な挙動を網羅的に検出する手法の開発と解析

2020.10.26

京都産業大学生命科学部 千葉志信教授(同大学タンパク質動態研究所所員)、タンパク質動態研究所 藤原圭吾研究員らの研究グループは、合成途上の新生タンパク質の動的な挙動を網羅的に検出する手法を開発し、数百種類ものタンパク質の動きを観察することに成功しました。

リリース日:2020-10-23

発表論文

「Proteome-wide Capture of Co-translational Protein Dynamics in Bacillus subtilis Using TnDR, a Transposable Protein-Dynamics Reporter」
(TnDRを用いた枯草菌の新生タンパク質の動的挙動の網羅的解析)

著者

藤原 圭吾1、樫 祐太朗、伊藤 維昭、千葉 志信2(京都産業大学)
1筆頭著者、2責任著者、所属:研究当時)

概要

タンパク質は、生体内のほとんどの生命現象に必須の重要な分子です。生物は数千から数万種類もあるタンパク質の設計図(遺伝子)をそれぞれが持っており、すべての生物の細胞内でリボソーム[1]という分子装置がタンパク質を合成しています。リボソームは設計図に基づいてアミノ酸を一つずつ連結していき、アミノ酸がつながったひも状分子であるタンパク質が、役割を果たす持ち場へと運ばれたり(局在化)、機能する形へと成形されたり(立体構造形成)することで、機能を持つタンパク質へと「成熟化」します。成熟化プロセスは、もし破綻してしまうとアルツハイマー病などのミスフォールディング病で知られるように、細胞に重篤な被害が出ることもあり、生命にとってとても重要なプロセスです。そのようなタンパク質の成熟化が、タンパク質合成の完了を待たずに、合成と同時並行で進行することが、一部のタンパク質でわかってきていますが、それがどれほど一般的であるかについては実験的な証拠があまり得られていませんでした。 今回、私たちは、枯草菌をモデル生物とし、TnDRという新たに開発した遺伝学的因子を用いる手法によって、枯草菌細胞内で合成されている途中にありながら成熟化の動きを起こすタンパク質を多数見出すことができました。これにより、細胞内で、実際に様々なタンパク質が、合成の途上で成熟化を開始することが示唆されました。細胞は、合成と成熟化を同時進行させることで、機能を持つタンパク質を効率よく生み出しているものと考えられます。本研究成果は、私たちが生きていく上でなくてはならないタンパク質が、実際の細胞内でどのように合成され、組み立てられているのかといった生命の基本的な仕組みを理解することに貢献できると期待されます 。
なお、本研究は、日本学術振興会(JSPS)の科学研究費助成事業の一環として行われました。

背景

細胞内では多種多様なタンパク質が、細胞の生育に必須な様々な生物学的過程や生化学的反応を進行させます。そのため、タンパク質を合成(翻訳[2])し、働くことのできる状態へと変換する過程(成熟化)は、すべての生物にとって、基本的かつ必須な生物学的過程です。タンパク質はアミノ酸が一つずつ数珠状に繋ぎ合わせられたひも状分子であり、タンパク質合成装置・リボソームによって合成されます(図左)。はじめにひも状であったタンパク質は、最終的には、特定の立体構造を形成し、また、ときには他のタンパク質と結合するなどして、機能を発揮する成熟タンパク質になります。また、合成直後にそれぞれの持ち場に輸送される(局在化)場合もあります(図左)。すなわち、ひもができる過程が「合成(=翻訳)」、ひもが形になる過程が「成熟化」、新生タンパク質が細胞内外の特定の場所に運ばれる過程が「局在化」です。成熟化や局在化は、合成が完全に終了した後(ひもの全長が合成された後)に開始されるとは限りません。合成の途上で、合成された端から立体構造形成が開始されたり、移動の準備が開始されたりすることもあることが少しずつ分かってきました。しかしながら、この合成と成熟や局在化の同時進行が、実際の細胞内でどれほど一般的に起こっているのかについては、それを観察できる手法が限られていることもあり、いまだ全容が掴めていません。

研究成果

今回私たちは、細胞内で合成途上のタンパク質の「動き」を網羅的に感知する方法を開発し、それを用いて、様々なタンパク質を対象とし、合成途上で起こるタンパク質の成熟や局在化を観察しました。タンパク質の成熟や局在化の過程では、それに伴って新生タンパク質が引っ張られるような動きが発生することがあります。この動きを感知する「動きセンサー」があれば、タンパク質の成熟や局在化を感知することができると考えました。以前、私たちが発見した、自らの合成を一時停止することができる因子(翻訳一時停止因子[3])(図右)は、新生タンパク質が引っ張られる動きを感知する性質を持っていたため、今回はそれを「動きセンサー」として利用しました。具体的には、この「動きセンサー」を、様々なタンパク質の末端に連結することで、それらのタンパク質が合成されている途中で成熟や局在化を開始するかどうかを調べました。もし、成熟や局在化が起これば、翻訳一時停止因子によるブレーキが解除されて翻訳が再開されます。また、この「動きセンサー」をトランスポゾンと呼ばれる「転移する(場所を変える)遺伝子」と組み合わせることで、動きセンサーを様々なタンパク質に効率よく融合させることにも成功しました。これらを組み合わせた方法を私たちは、TnDR法と命名しました。今回、TnDR法を用いることで、実際に数百種類ものタンパク質が、合成の途中で成熟化や局在化を開始することが示唆されました。これらの結果は、タンパク質の成熟や局在化が、多くの場合、合成と同時に進行することを実験的に示すものでした。新生タンパク質の動的な挙動についてのこのような網羅的な解析は、世界に先駆けるものとなりました。

今後の展開

TnDRをより効率的に行えるように改善することで、タンパク質合成のどのタイミングで成熟化に関わる動的挙動が発生するのか、といった時間解像度の高い解析が可能になると考えられます。タンパク質の成熟化段階でのエラーは、例えばアルツハイマー病やパーキンソン病といったミスフォールディング病で見られるように、細胞にとって非常に重篤ものになりかねません。本研究で得られた結果は、全生物で基本的に共通するタンパク質の成熟化過程における重要な理解に繋がるものと期待されます。
タンパク質合成装置であるリボソームはアミノ酸を連結する。繋げられたアミノ酸のひも状分子(新生タンパク質)はリボソームの外へと出てきて、立体構造形成や局在化を行う(図左)。私たちが以前に発見した翻訳一時停止因子は、翻訳されている途中でリボソームに働きかけ、自らの合成を一時停止させる。この翻訳一時停止因子は新生タンパク質の動きに応答し、翻訳再開を許す性質を持つ。そこで、本研究では、この翻訳一時停止因子を「動きセンサー」として利用した。この因子を様々なタンパク質の末端に融合し、翻訳の再開を指標に、成熟化に伴って生じる動きを検出した。

用語・事項の解説

1. リボソーム

細菌からヒトまで、すべての生物が持つタンパク質合成装置。遺伝情報(タンパク質の設計図)にしたがって、アミノ酸を1つずつ連結し、タンパク質を合成する。

2. 翻訳

細胞内でリボソームがタンパク質を合成する過程。遺伝子に暗号化された情報がアミノ酸配列に翻訳される。

3. 翻訳一時停止因子

翻訳アレスト因子とも呼ばれる。本研究では以前に我々が発見した枯草菌のMifMという翻訳アレスト因子を用いた。

論文情報

論文タイトル Proteome-wide Capture of Co-translational Protein Dynamics in Bacillus subtilis Using TnDR, a Transposable Protein-Dynamics Reporter
(TnDRを用いた枯草菌の新生タンパク質の動的挙動の網羅的解析)
掲載誌 米国科学雑誌「Cell Reports」(オンライン版)
掲載日 2020年10月14日(水)(日本時間)
著者 藤原圭吾1、樫祐太朗、伊藤維昭、千葉志信2(京都産業大学)
1 筆頭著者、2 責任著者、所属:研究当時)
DOI doi: 10.1016/j.celrep.2020.108250

謝辞

この研究は、 科研費の基盤研究 (B) (25291006 、16H04788) 、新学術領域研究 (26116008)、若手研究(19K16044)の助成を受けて実施されました。

お問い合わせ先

研究に関する問い合わせ
京都産業大学 生命科学部 教授(タンパク質動態研究所所員)千葉 志信(ちば しのぶ)
Tel. 075-705-1504
schiba@cc.kyoto-su.ac.jp

報道に関する問い合わせ
京都産業大学 広報部
Tel.075-705-1411 Fax.075-705-1987
kouhou-bu@star.kyoto-su.ac.jp

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