光合成のオンオフを切り替えるチオレドキシンによる新たな光合成の制御機構を解明

2020.10.10

京都産業大学生命科学部 本橋健教授らの研究グループは、酸化還元タンパク質であるチオレドキシンが植物の光合成反応のひとつである光科学系Iサイクリック電子伝達を直接制御することを明らかにしました。

本件のポイント

  • 酸化還元タンパク質「チオレドキシン」が、光合成の電子伝達経路の1つ「光化学系Iサイクリック電子伝達経路」の制御に関与し、その制御が植物の成長に必要であることを初めて明らかにした。
  • チオレドキシンは光化学系Iサイクリック電子伝達経路のうち、PGR5/PGRL1複合体依存の経路に必須なPGRL1と相互作用し、その活性を直接調節していることを解明した。
  • 光合成反応の制御機構について理解が深まると、将来的には光合成機能を改変することで様々な光環境変化に対応できる作物の開発などが期待できる。

リリース日:2020-10-10

概要

植物は吸収した太陽の光エネルギーを電子伝達反応により化学エネルギーに変換し、空気中の二酸化炭素を有機物に固定する光合成をおこないます。光合成電子伝達経路には、リニア電子伝達経路と光化学系Iサイクリック電子伝達経路の2つの経路が知られています。これまで、光化学系Iサイクリック電子伝達反応が植物の光合成と光防御反応に重要であることはわかっていましたが、その制御機構については、解明されていませんでした。
今回、京都産業大学生命科学部の本橋健教授と桶川友季研究員は、チオレドキシンという酸化還元制御タンパク質が光化学系Iサイクリック電子伝達経路に関わるPGRL1タンパク質とジスルフィド結合複合体を形成することにより、光化学系Iサイクリック電子伝達経路を直接的に制御することを明らかにしました。

背景

植物が生育する上で欠かせない光合成反応は、「葉緑体」と呼ばれる細胞小器官でおこなわれます(図1)。植物に光があたると、葉緑体のチラコイド膜上で生じる電子伝達反応により太陽光エネルギーは化学エネルギーに変換されます。生成された化学エネルギーは葉緑体のストロマで炭素固定反応に利用され、糖やデンプンが合成されます。光合成電子伝達経路には、リニア電子伝達経路と光化学系Iサイクリック電子伝達経路の2つの経路があり、リニア電子伝達経路ではNADPH(還元力)とATP(化学エネルギー)を生産し、炭素固定反応をはじめとしてさまざまな代謝経路でそれらを利用します。一方、光化学系Iサイクリック電子伝達経路はATPの合成に寄与し、植物では部分的に重複する2つの経路(PGR5/PGRL1 複合体依存経路とNDH 複合体依存経路)を介して起こります。これまで光化学系I サイクリック電子伝達経路は、リニア電子伝達経路と同様、光合成に必須であることは証明されていますが、その制御機構については解明されていませんでした。 

研究成果

植物は、光合成反応を効率的におこなうために様々な制御機構を持っており、小さな酸化還元タンパク質である「チオレドキシン(Trx)」は、光合成の制御において重要な因子の1つです。還元状態のTrxは、標的となるタンパク質のジスルフィド結合を還元して構造変化を引き起こし、そのタンパク質の活性を制御します。葉緑体には多くの種類のTrxが局在し、様々な光合成反応を制御していますが、今回、本研究グループは葉緑体での存在量が最も多いm型Trxに注目し、m型Trxが光化学系Iサイクリック電子伝達経路を制御するかどうかを調べました。m型Trx欠損変異株(trx m124 )と、trx m124に光化学系I サイクリック電子伝達経路に欠損を加えた多重変異株(pgr5 trx m124 )を作出し、表現型解析をおこないました。trx m124では生育阻害の表現型が見られましたが、pgr5 trx m124 では、生育阻害の表現型が回復していました(図2)。この結果から、m型Trxが光化学系Iサイクリック電子伝達を制御している可能性が示唆されました。
そこで、実際にm型Trxが光化学系Iサイクリック電子伝達を制御するかを調べるため、植物体から単離したチラコイド膜と葉緑体ストロマに局在する5グループ10種類全てのTrx 精製タンパク質を用いて、光化学系I サイクリック電子伝達活性を測定し、各Trx がその活性に与える影響を評価しました。その結果、還元型のm型Trx(Trx m3 を除く)を添加したときのみ、光化学系Iサイクリック電子伝達活性が抑制されました(図3)。この結果から、還元型のm型Trxが光化学系Iサイクリック電子伝達経路を抑制していることを明らかにしました。
さらにm型Trxのアイソフォーム※の1つであるTrx m4は、植物体内でPGRL1タンパク質の123番目のシステインを介してジスルフィド結合複合体を形成していることも明らかにし、PGR5/PGRL1 複合体依存の経路を直接的に制御していることがわかりました(図4)。

※生体内では多くのタンパク質が機能しており、そのうち高度に類似した一連のタンパク質のメンバーをアイソフォームと呼ぶ。

今後の展開

植物は移動することができないため、周りの環境変化を避けることができません。そのため、植物は環境ストレスに対応するための様々な防御機構を持っています。m型TrxによるPGR5/PGRL1 複合体依存経路の制御機構を今後詳細に解析することで、様々な光環境ストレスに対応する光合成の仕組みをさらに深く理解できると考えられます。また、将来的には、光合成の制御機構を改変することで刻々と変化する光環境ストレスに強い作物の開発につながる可能性もあります。

論文情報

タイトル M-type thioredoxins regulate the PGR5/PGRL1-dependent pathway by forming a disulfide-linked complex with PGRL1
(M型チオレドキシンは、PGRL1とのジスルフィド結合複合体を形成することによりPGR5/PGRL1依存の経路を制御する)
著  者 a 桶川 友季、b 本橋 健(a 筆頭著者・b 責任著者)
雑  誌 米国植物科学専門誌「The Plant Cell」オンライン版
DOI 10.1105/tpc.20.00304
その他 本研究は、JSPS科研費 新学術領域研究「新光合成:光エネルギー変換システムの再最適化」(17H05730, 19H04733)、戦略的研究基盤形成支援事業「植物における生態進化発生学研究拠点の形成-統合オミックス解析による展開-」の支援を受けて実施しました。
お問い合わせ先
内容について:京都産業大学生命科学部 本橋 健 教授
〒603‐8555 京都市北区上賀茂本山
E-Mail: motohas@cc.kyoto-su.ac.jp

取材について:京都産業大学 広報部
Tel.075-705-1411
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