昆虫が虫こぶを作るために、植物の花と実を作る遺伝子群を制御していることを解明

2020.05.16

虫こぶとは、ある種の昆虫が、自分のすみか兼食料にするために植物に作らせる非常にユニークな器官です。
昆虫が虫こぶを作るメカニズムの分子機構は明らかになっていませんでしたが、この度、京都府立大学の平野朋子特任助教、佐藤雅彦教授、京都産業大学の木村成介教授らの共同研究グループ*は、ヌルデシロアブラムシ(アブラムシの一種)がヌルデに虫こぶを形成する際に、花と実を作る際に働いている遺伝子群を制御していることを明らかにしました。(虫こぶ形成昆虫が寄生した植物は、葉の組織を万能細胞に作り変えたあと、花器官や果実を作る遺伝子を働かせることで、葉に果実のような組織を形成します。)
虫こぶができる仕組みの活用が、人工的に誘導した虫こぶ様器官に有用物資を蓄積させる技術の開発などにつながる可能性があります。

本研究成果は、国際学術誌”Frontiers in Plant Science”に掲載されました。
論文タイトル:Reprograming of the developmental program of Rhus javanica during initial stage of gall induction by Schlechtendalia chinensis
著者:Tomoko Hirano, Seisuke Kimura, Tomoaki Sakamoto, Ayaka Okamoto, Takumi Nakayama, Takakazu Matsuura, Yoko Ikeda, Seiji Takeda, Yoshihito Suzuki, Issei Ohshima, and Masa H. Sato doi. 10.3389/fpls.2020.00471

リリース日:2020-05-15

研究概要

昆虫の中には、植物の組織を積極的に改変し、虫こぶと呼ばれる自身を守るシェルター兼食料となる異常組織を誘導する能力を持つものが存在します。昆虫が虫こぶを作るためには、昆虫がなんらかの物質を植物に作用させることで、植物の形態形成ブログラムを操作していると考えられますが、植物側がどのように操作されているのかについては、ほとんど解明が進んでいませんでした。
今回、京都府立大学と京都産業大学を中心とする共同研究グループは、アブラムシの一種であるヌルデシロアブラムシがヌルデに形成させた発達初期段階の虫こぶの遺伝子発現を、RNAseq法やin situハイブリダイゼーションなどを用いて解析することで下記のことを明らかにしました。
ヌルデ虫こぶ形成の初期段階では、
  1.   細胞を初期化状態にする遺伝子や花芽や花器官、実の形成を制御する転写制御因子注3が発現していた。
  2.  通常、葉で発現する光合成関連遺伝子の発現が抑制され、逆に、果実に糖分などを貯蔵するときに働く遺伝子の発現が上昇していた。
  3.  病原菌、害虫に対する抵抗性遺伝子の発現が上昇していた。
これらの結果より、虫こぶ形成昆虫によって、植物は、葉の組織を初期化したあと、花器官や果実を作る遺伝子を働かせ葉に果実のような組織を形成すると同時に、病原菌や害虫への抵抗性も獲得し、虫こぶを形成することを明らかにしました。
将来的には、今回明らかになったヌルデシロアブラムシによる植物遺伝子を制御する仕組みを利用して、植物体に虫こぶ様構造を自在に作製し、その構造体に有用物質を大量に蓄積させる技術開発が期待されます。

研究の詳細

研究の背景

昆虫は、長い進化の過程で、さまざまな環境に適応するために巧妙な生体機能を獲得してきました。その中で、生きたままの植物体を食べる植食性昆虫は、多様な摂食形態を進化させてきました。植食性昆虫の中でも、植物の組織を積極的に改変することで、自身を守るシェルター兼食料となる「虫こぶ」を誘導する能力を獲得した昆虫が存在します。虫こぶは、バクテリアやウイルスが作る腫瘍状の組織と違い、非常に硬い木質化した外殻構造と、寄生昆虫の食料となるための柔らかいカルス化した内部構造、そしてそれらの組織に養分を送り込むための維管束が発達しています。このように複雑な構造を持つ虫こぶの形成には、昆虫がなんらかの物質を植物に作用させることで、植物の形態形成ブログラムを高度に操作することが必要であると考えられますが、虫こぶ形成の分子メカニズムついては、いままで、ほとんど解明が進んでいませんでした。

研究の成果

五倍子注1と呼ばれる大きな虫こぶ(図1)は、ヌルデシロアブラムシ注2によって、ウルシ科の落葉高木であるヌルデの葉の翼葉に、形成された特殊な器官です.5月頃に、幹母と呼ばれる一匹のメス個体が、ヌルデの葉の葉脈近傍に何らかの物質を注入すると、その注入部分が陥没し、周囲が隆起することで幹母を包み込み、初期の虫こぶが形成されます(図2)。
 平野特任助教、佐藤教授、木村教授らの研究グループは、初期の虫こぶ、葉、花、実で発現している遺伝子をRNAseq解析注3という方法で網羅的に解析し、それぞれの器官で発現している遺伝子の違いを詳細に調べました。
その結果、初期の虫こぶでは、通常、葉で発現する光合成関連の遺伝子の発現が顕著に抑制されており、その代わりに、細胞を初期化状態にする遺伝子、花芽や花や果実の形成遺伝子を制御する転写因子、そして、リグニンやスベリンと呼ばれる組織を木部化させて硬い組織にする遺伝子などの発現も顕著に上昇していました。これらの遺伝子は葉ではほとんど発現しないもので、ヌルデシロアブラムシの幹母が何らかの形で、遺伝子発現を誘導したと考えられます。実際に、花芽を作る働きのある転写因子の発現パターンを in situ ハイブリダイゼーション法という方法で調べると、虫こぶ内部のカルス化した組織で特異的に発現していることが明らかとなりました。また、ヌルデシロアブラムシの虫体中の植物ホルモン量を調べると、ヌルデシロアブラムシは、植物ホルモンであるオーキシンとサイトカイニンを高濃度に蓄積していました。
これらのことから、本研究グループは、「ヌルデシロアブラムシは、ヌルデの葉に、オーキシンやサイトカイニンなどを植物体に注入するとともに、細胞を初期化状態にする遺伝子の発現を上昇させ、カルス上の組織を作り、その後、花芽や花や実を作る転写因子の働きを活性化させて、葉に実のような器官の形成を誘導し、初期の虫こぶ構造を作り出す」と結論づけました(図3)。ただし、虫こぶのような複雑な器官を誘導することは、オーキシンやサイトカイニンなどの植物ホルモンだけでは説明できず、ヌルデシロアブラムシが未知の誘導物質を分泌することで、植物の発生プログラムを高度に操作していることが強く示唆されました。

今後の展望

虫こぶのような複雑な構造を持った器官は、オーキシンやサイトカイニンなどの植物ホルモンの作用だけでは形成できないと考えられるため、植物ホルモン以外の誘導物質の存在が強く示唆されます。未知の昆虫由来の虫こぶ形成誘導物質を同定し、利用することで、将来的に植物体に、虫こぶ様構造を自在に作成し、その構造体に有用物質を大量に蓄積させる技術開発に繋げられるかもしれません。

用語説明

注1:五倍子
ウルシ科の落葉高木であるヌルデ (Rhus javanica)の葉にヌルデシロアブラムシ (Schlechtendalia chinensis)が寄生することで形成される大きな虫こぶ。五倍子には、タンニンが豊富に含まれており、皮なめしに用いられたり、黒色染料の原料として使われた。かつては、既婚女性の習慣であったお歯黒にも用いられた。
 注2:ヌルデシロアブラムシ (Schlechtendalia chinensis)
カメムシ目アブラムシ科ワタムシ亜科に属するアブラムシの一種。春にチ1匹の幹母(かんぼ)と呼ばれるメスが、ヌルデの若い葉に、口針を突き刺して、なんらかの「虫こぶ形成物質」を注入すると、その部分が隆起する形で幹母を包み込み、小さな虫こぶを形成する。虫こぶの中では幹母が無性生殖で「胎生雌虫(たいせいしちゅう)」という雌の子を産むことで、虫こぶは春から夏にかけて徐々に大
きくなり、10月ころ最大になる。秋になると翅を持つ「有翅型」が出現し、虫こぶから有翅虫が飛び出し、二次寄主であるコケ植物(チョウチンゴケ類)に移動する。そこで無性生殖で産まれた幼虫が越冬し、翌春に有翅虫となって再びヌルデに移動し、無性生殖で雌雄の幼虫を産む。これら雌雄が有性生殖を行って卵を産み、その卵から新たな幹母が生まれる。
 注3:RNAseq解析
RNA-Seq(RNAシーケンス)解析は、大量の配列データが得られる次世代シーケンサーを利用して、遺伝子発現解析における様々な目的に対応する手法。発現しているほとんどの遺伝子を網羅的に解析することで、遺伝子発現のプロファイルの全体像を詳細に解析することができる。
 
発表雑誌: Frontiers in Plant Science doi: 10.3389/fpls.2020.00471
論文タイトル:Reprograming of the developmental program of Rhus javanica during initial stage of gall induction by
Schlechtendalia chinensis.
著者:Tomoko Hirano, Seisuke Kimura, Tomoaki Sakamoto, Ayaka Okamoto, Takumi Nakayama, Takakazu
Matsuura, Yoko Ikeda, Seiji Takeda, Yoshihito Suzuki, Issei Ohshima and Masa H. Sato*
*責任著者
研究サポート 本研究は科学研究費補助金 挑戦的研究(開拓)、基盤研究(A)、京都府立大学重点戦略研究などの支援のもとに行われました。 
 
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京都産業大学 広報部
〒603‐8555 京都市北区上賀茂本山
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