宇宙の錬金術を観察するためのカギを赤外線域で発見~中性子捕獲元素によって近赤外線に現れる吸収線の多くを観測的に同定~

2020.01.09

研究概要

京都産業大学神山天文台客員研究員/東京大学大学院理学系研究科助教の松永典之氏をはじめ、京都産業大学、東京大学、国立天文台を含む研究グループは、京都産業大学神山天文台で開発した近赤外線分光器WINERED(ワインレッド)を神山天文台荒木望遠鏡に取り付けて13個の巨星や超巨星を観測し、得られたスペクトルについて原子番号が29以上の重い元素が0.97~1.32マイクロメートルの波長域に生じさせる吸収線を系統的に調査しました。その結果、亜鉛(原子番号30)やストロンチウム(原子番号38)、ジスプロシウム(原子番号)などの重い元素による吸収線が検出されました。これらの元素は、重力波の発生源としても注目される中性子星合体などで合成されると考えられています(図1)。さまざまな天体についてそれらの元素がどれだけ含まれるかを調べることで、宇宙の歴史においてそれらの現象がどのように発生し、多様な元素がどのように増えてきたかを探ることができます。この研究で同定された吸収線は、そのためのカギとなると期待されます。

この研究成果は、米国の天文物理学専門誌『アストロフィジカル・ジャーナル・サプリメント』のオンライン版に2020年1月9日(日本時)に出版されました。研究の詳細は東京大学のリリースページをご覧ください。

関連リンク

図1.中性子捕獲元素が合成されて、それぞれの原子が吸収線を生じさせる様子のイメージ図。この画像は、中性子星合体により元素が合成されるのと同時に重力波が発生している様子の想像図に、本研究で検出した吸収線のスペクトルを重ねたものです。
(画像クレジット:国立天文台、東京大学)

近赤外線高分散分光器WINERED(ワインレッド)

WINERED(ワインレッド)は、京都産業大学神山天文台の研究プロジェクト「赤外線高分散ラボ(Laboratory of Infrared High-resolution spectroscopy: LiH)」が東京大学や民間企業と協働で開発した、世界トップの感度を誇る近赤外線高分散分光器です(図2)。2013年11月、赤外線高分散ラボはWINEREDを神山天文台の荒木望遠鏡(口径1.3 m)に設置し、本格的なサイエンス観測を開始しました。その後、2017年・2018年には、観測条件の良いチリ共和国のラ・シヤ天文台の新技術望遠鏡(口径3.58m)にWINEREDを搭載して観測を行ってきました。現在、さらに口径の大きいマゼラン望遠鏡(口径6.5m、チリ共和国ラス・カンパナス観測所)への移設準備を進めています。

現在、世界では10台を超える口径8-10m級の大口径望遠鏡が稼働しており、口径1.3mの荒木望遠鏡は小口径望遠鏡に分類されます。より多くの光を集めることができる口径の大きな望遠鏡ほど、より暗い天体やより遠くの天体まで観測することができるため、小口径の望遠鏡で世界最高水準の研究を行うことは容易ではありません。神山天文台では、小口径望遠鏡であっても高性能な観測装置を自ら開発することで、世界第一級の研究成果を挙げてきました。これまでにWINEREDで得られたデータを用いて15編の学術論文(査読付き)が出版されていますが、そのうち13編は神山天文台の荒木望遠鏡で観測したデータから得られた成果です。また、研究対象も太陽系小天体や星間物質、はくちょう座P星や新星といった質量放出天体、本学創設者 荒木俊馬博士が理論研究をしていたセファイド型変光星など多岐にわたります。一方、WINEREDをさらに高性能にすべく、現在でも本学学生や神山天文台スタッフらによる改良が進められています。

神山天文台における装置の開発や論文の出版には、本学学生や神山天文台スタッフが大きな活躍をしています。学生諸氏は様々な技術を学びながら、世界屈指の性能を誇る観測装置を開発し、自らが開発した装置を用いた観測的研究を行っています。京都産業大学神山天文台・赤外線高分散ラボではこの他にも、赤外線波長におけるイマージョン回折格子や高ブレーズ角回折格子、セラミック製光学系などの赤外線高分散分光天文学の発展に不可欠な基礎技術の開発を東京大学や民間企業と協働で進めています。神山天文台は、高性能な赤外線高分散分光器の開発拠点として、またそれらを用いた世界最高水準の研究拠点として、今後も世界の天文学をリードします。

図2.荒木望遠鏡に搭載した近赤外線高分散分光器WINERED(2016年1月撮影)。
(画像クレジット:京都産業大学神山天文台)

論文情報

雑誌名 The Astrophysical Journal Supplement
(アストロフィジカル・ジャーナル・サプリメント)
論文タイトル Identification of Absorption Lines of Heavy Metals in the Wavelength Range 0.97—1.32 μm
(波長0.97—1.32 μmに見られる重い元素の吸収線の同定)
著者 松永典之*(東京大学)/谷口大輔(東京大学)
Mingjie Jian(東京大学)/池田優二*(フォトコーディング)
福江慧(京都産業大学)/近藤荘平*(東京大学)
濱野哲史*(国立天文台)/河北秀世(京都産業大学)
小林尚人*(東京大学)/大坪翔悟(京都産業大学)
鮫島寛明(東京大学)/竹中慶一(京都産業大学)
辻本拓司(国立天文台)/渡瀬彩華(京都産業大学)
安井千香子*(国立天文台)/吉川智裕*(エデックス)
# 名前の後ろの*印は本学神山天文台の客員研究員を示します。
DOI番号  10.3847/1538-4365/ab5c25
アブストラクトURL(英語) https://iopscience.iop.org/article/10.3847/1538-4365/ab5c25
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