生命科学研究科 Chokchaitaweesuk Chatchadawalaiさん、板野 直樹 教授らの研究チームが、乳がんの抗がん剤抵抗性に働く新たな機構を解明!

生命科学研究科 板野 直樹 教授やChokchaitaweesuk Chatchadawalaiさん(生命科学研究科 博士後期課程)らの京都産業大学の研究チームは、糖代謝の中心プログラムであるヘキソサミン合成経路(以下、HBP)とその下流シグナルが、進行性乳がんで亢進し、がん細胞の抗がん剤抵抗性に中心的な役割を果たすという新たな機構を解明しました。
本研究成果は、2019年10月23日付で、英国科学誌「Cell Death & Disease」オンライン版に掲載されました。

研究の背景

がんの部位別統計(2014年統計)によると、乳がんはがんのなかでも日本人女性の罹患率トップであり、1975年以降今なお増加傾向が続いています。早期発見と治療法の進歩により、寛解するケースも増えていますが、進行すると、抗がん剤に抵抗性を示すがん細胞が出現し、再発や転移によって死に至るケースも少なくありません。乳がん細胞が抗がん剤抵抗性を獲得するメカニズムは、いまだ十分に解明されておらず、そのため転移・再発乳がんの治療選択の幅が狭められているのが現状です。
近年、多くの癌腫において、「がん幹細胞(がん源細胞ともいう)」の存在が報告されています。このがん幹細胞は、従来の化学療法や放射線治療に抵抗性を示し、転移や再発を引き起こすことから、根治を阻む最大の要因と考えられています(図1)。再発した治療抵抗性のがんを従来の化学療法で治療可能とするためには、がん幹細胞の抗がん剤抵抗性に働くメカニズムを解明し、対策することが重要です。
図1. がん幹細胞の抗がん剤抵抗性とがん再発の概念図
図1. がん幹細胞の抗がん剤抵抗性とがん再発の概念図
化学療法や放射線治療に抵抗性を示すがん幹細胞は、治療後も残存し、自己の複製とがん細胞への分化によってがんの再発を引き起こす。再発後のがん組織では、がん幹細胞が高頻度で存在することで治療抵抗性となると考えられる。

研究概要

研究チームは、乳がん臨床検体の遺伝子発現データベースを解析し、HBP酵素遺伝子群の発現が、進行性乳がんと関連して上昇していることを見出しました。HBPは、細胞内糖代謝の主要プログラムであり、最終産物のウリジン二リン酸-N-アセチルグルコサミン(UDP-GlcNAc)の供給により、タンパク質のO-GlcNAc修飾やヒアルロン酸糖鎖のシグナルを上流で調節しています(図2)。
今回研究チームは、HBP下流シグナルのうち、ヒアルロン酸糖鎖シグナルを遺伝子改変技術により抑制したところ、シスプラチンによるがん幹細胞様細胞の細胞死が上昇し、抗がん剤抵抗性が減弱することを見出しました(図3)。さらに、阻害剤によるO-GlcNAc修飾の抑制により、低下した抗がん剤抵抗性が再度上昇することも明らかにしました。つまり今回の発見は、HBP下流シグナルであるヒアルロン酸糖鎖シグナルとO-GlcNAc修飾とのバランスが、がん幹細胞の抗がん剤耐性にとって重要であることを示唆しており、がん治療の観点からとても重要な発見といえます。
本研究の成果は、将来、治療抵抗性のがんに対する全く新しい治療技術の開発につながる可能性があり、その技術をがんの根治的治療法として展開するための基盤となり得ます。
図2.ヘキソサミン合成経路(HBP)とがん幹細胞の抗がん剤抵抗性
図2. ヘキソサミン合成経路(HBP)とがん幹細胞の抗がん剤抵抗性
図3. ヒアルロン酸糖鎖シグナルの抑制によるがん幹細胞の抗がん剤抵抗性の減弱
図3. ヒアルロン酸糖鎖シグナルの抑制によるがん幹細胞の抗がん剤抵抗性の減弱
進行性乳がん由来の初代がん細胞(Has2flox/flox)とヒアルロン酸欠損がん細胞(Has2Δ/Δ)におけるシスプラチン抵抗性の解析
初期および後期アポトーシス細胞のフローサイトメトリー解析(左図)とその割合(右図)
ヒアルロン酸欠損Has2Δ/Δ細胞では、対照Has2flox/flox細胞に比べて、50 μMシスプラチン処理により、アポトーシス細胞が増加した。この結果は、ヒアルロン酸欠損Has2Δ/Δ細胞で抗がん剤抵抗性が減弱していることを示している。

用語の説明

ヘキソサミン合成経路(HBP)
解糖系の中間代謝産物であるフルクトース6-リン酸から数段階の酵素反応を経て、最終的にウリジン二リン酸-N-アセチルグルコサミン(UDP-GlcNAc)を生成するグルコース代謝の分岐経路(図2)。

O-GlcNAc修飾
O-GlcNAc転移酵素によって、タンパク質のセリンあるいはスレオニン残基の水酸基に、UDP-GlcNAcからGlcNAc1分子が転移するタンパク質翻訳後修飾反応。シグナル伝達や遺伝子発現、エピジェネティクスなどの調節に働く。

ヒアルロン酸
N-アセチルグルコサミン(GlcNAc)とグルクロン酸からなる直鎖上の高分子多糖。

シスプラチン
抗がん効果を示す白金製剤。がん化学療法において中心的薬剤として用いられ、乳がんでは、転移性トリプルネガティブ乳がんの治療で選択される。

掲載論文

論文タイトル:Enhanced hexosamine metabolism drives metabolic and signaling networks involving hyaluronan production and O-GlcNAcylation to exacerbate breast cancer
掲載誌:Cell Death & Disease. 10(11) : 803 (2019)
DOI: 10.1038/s41419-019-2034-y
著者:Chatchadawalai Chokchaitaweesuk*, Takashi Kobayashi*, Tomomi Izumikawa & Naoki Itano
*equal contribution

謝辞

本研究は科研費(18K06671および17K15453)の支援を受けて実施しました。
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