ヒト由来カルシウムポンプの高分解能構造と活性制御機構を解明~細胞内カルシウム恒常性維持機構の破綻が引き起こす疾病の原因解明に光~
2019.04.24
- 細胞中のカルシウムの恒常性維持に重要な小胞体膜局在カルシウムポンプSERCA2bの結晶構造を世界で初めて明らかにした。
- SERCA2bに特徴的な11番目の膜貫通ヘリックスが、他の膜貫通へリックス領域と分子内相互作用することで活性を制御するという、カルシウムポンプの新しい活性制御機構モデルを提唱した。
リリース日:2019-04-24
概要
細胞小器官の一つである小胞体は、細胞内での適切なカルシウムイオン濃度を維持するために、カルシウムを取り込み、蓄える働きがあります。SERCA2bはこのカルシウムの取込みを担い、全組織に広く発現している膜たんぱく質です。骨格筋や心筋に特異的に発現するSERCA1a(SERCA2bのアイソフォーム注1)やSERCA2a(SERCA2bのスプライシングバリアント注2)とは異なり、SERCA2bには11番目の膜貫通ヘリックス(TM11)を含む特徴的なC末端領域があります。このC末端領域によってSERCA2bの活性が制御されることは過去に報告されていますが、その詳しいメカニズムは分かっていませんでした。
我々は、SERCA2bの立体構造をX線結晶構造解析注3によって決定し、TM11がこれまでの予想とは全く異なる位置に存在することを明らかにしました。TM11は、SERCA2b分子内でL8/9ループとTM10の一部と相互作用することが構造から分かり、アミノ酸の変異体解析によって、これら分子内相互作用がSERCA2bの活性制御に重要であることが明らかとなりました。また、同じ手法で決定したSERCA2aの立体構造と比較したところ、SERCA2bのTM11によって膜貫通へリックス領域の動きが抑えられることが示され、この動きの抑制がSERCA2bの活性を制御することを考察しました。これらの成果によって、SERCA2bの他のカルシウムポンプとは異なる活性制御のメカニズムが原子レベルで明らかとなりました。
本研究成果は、2019年4月23日11時(アメリカ東部時間)に米国科学誌Cell Reportsに掲載されました。
研究の背景
SERCA2bのアイソフォームであるSERCA1aについては、様々な中間状態で構造が決定されていますが、SERCA2bの構造についてはこれまでに報告はありませんでした。そこで、全組織において細胞内のカルシウムイオン恒常性維持に関わるSERCA2bの活性制御メカニズムを原子レベルで理解するため、SERCA2bの構造を決定することを試みました。
研究の内容と成果
同様に、スプライシングバリアントであるSERCA2aについても3.2 Å分解能での結晶構造の決定に成功しました。SERCA2bとSERCA2aの細胞質ドメインの構造を重ね合わせたところ、SERCA2aのTM10がSERCA2bのTM11と立体障害を起こすことが分かりました。この結果から、TM11によって膜貫通へリックス領域(TM1-10)の動きが制限されることが示唆されました。以上の結果から、SERCA2bのTM11が、TM1-10の動きを抑制することで、SERCA2bの活性を制御するという新たなメカニズムを提唱しました(図4)。
今後の展開
科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)
研究領域:「ライフサイエンスの革新を目指した構造生命科学と先端的基盤技術」
(研究総括:田中 啓二 東京都医学総合研究所 理事長兼所長)
研究課題名:「小胞体恒常性維持機構:Redox, Ca2+, たんぱく質品質管理のクロストーク」
研究代表者:永田和宏(京都産業大学タンパク質動態研究所 所長 兼 生命科学部 教授)
研究期間:2013年4月~2019年3月
JSTは本領域で、先端的ライフサイエンス領域と構造生物学との融合により、ライスサイエンスの革新に繋がる「構造生命科学」と先端基盤技術の創出を目指します。上記研究課題では、ERdj5を中心として、たんぱく質恒常性(ホメオスタシス)・レドックス(酸化還元)恒常性・カルシウム恒常性の3つの主要な恒常性のクロストーク分子基盤を、静的(X線結晶構造解析)および動的(FRET解析)な構造解析によって解明します。
また、本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)の創薬等先端技術支援基盤プラットフォーム(BINDS)の以下の課題によっても、カルシウムポンプSERCA2bの生産に関する支援が行われました。
創薬等ライフサイエンス研究支援基盤事業
①「抗体関連高度開発支援と糖鎖細胞工学による高度化」
加藤幸成(東北大学 大学院医学系研究科 教授)
②「Structure-based protein designを駆使した抗体代替物の創成と高難度組換え蛋白質生産の支援」
高木淳一(大阪大学 蛋白質研究所 教授)
研究期間:2017年4月~2022年3月(予定)
用語解説
基本的な機能に関する構造またはアミノ酸配列は同じだが、一部が異なっているたんぱく質。異なる遺伝子から発現する。
注2)スプライシングバリアント
同一の遺伝子から転写過程においてエキソンの組み合わせを変えることで生じる多様なmRNAをもしくはたんぱく質をスプライシングバリアントと呼ぶ。
注3)X線結晶構造解析
分子の構造を高分解能で決定する手法の1つ。分子が規則正しく並んだ結晶に強いX線を照射すると回折という現象が起こり、回折データを解析することで、結晶を構成する分子の構造を原子レベルで決定することができる。
注4)ハウスキーピングたんぱく質
細胞の生存に必須で、組織によらず全ての細胞で発現しているたんぱく質の総称。
注5)脂質キュービックフェーズ法
精製した膜たんぱく質とモノオレインなどの脂質を混合し、脂質二重層に膜たんぱく質を再構成してから結晶化を行う方法。
発表論文
タイトル:Structural basis of sarco/endoplasmic reticulum Ca2+-ATPase 2b regulation via transmembrane helix interplay
雑誌名:Cell Reports
DOI:10.1016/j.celrep.2019.03.106
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