総合生命科学部 津下 英明 教授・吉田 徹 研究助教が、DNAを基質とするADPリボシル基転移酵素の基質認識機構を解明しました

DNAを基質とするADPリボシル基転移酵素の基質複合体構造を解明

概要

翻訳後修飾酵素の一種であるADPリボシル化は、真核生物における損傷したDNAの修復やバクテリアの病原性など様々な生物学的過程に関与しています。これまでADPリボシル化はタンパク質に対して生じるものと考えられてきましたが、近年、DNAもまたADPリボシル化されるという証拠が数多く見つかってきました。しかし、DNAがどのようにADPリボシル化されるのかは全く分かっていませんでした。総合生命科学部 津下 英明 教授・吉田 徹 研究助教は、DNAのguanineをADPリボシル化する酵素に着目し、基質であるguanineが結合した状態の酵素の構造を明らかにしました。その結果、ADPリボシル基転移酵素は、基質がタンパク質(アミノ酸)でもDNA(guanine)でも、同じ仕組みを使って基質を認識することが分かりました。

1. 背景

翻訳後修飾酵素の一種であるADPリボシル化は様々な生物学的過程に関与しています。例えば、病原性バクテリアが標的細胞に送りこむADPリボシル基転移酵素は毒素として働き、我々ヒトが持つADPリボシル基転移酵素は損傷したDNAの修復に関与しています。これらADPリボシル化反応はADPリボシル基転移酵素によって促進されます。具体的には、ADPリボシル基転移酵素は、NAD+ をニコチンアミドとADPリボースに分解し、生じたADPリボースを基質に付加する反応を促進します。
これまでADPリボシル基転移酵素の基質はタンパク質であると考えられてきましたが、近年DNAを基質とするADPリボシル基転移酵素が複数見つかってきました。例えば、ヒトが持つPARPは二本鎖DNA末端のリン酸基を、モンシロチョウが持つPierisinは二本鎖DNAのguanineを、それぞれADPリボシル化します。また、バクテリアが持つDarTは一本鎖DNAのthymidineをADPリボシル化し、Toxin-Antitoxinシステムとして機能します。
酵素が働くためにはまず基質を認識しなければなりません。つまり、酵素がどのように基質を認識しているのかを理解することは、酵素の理解に不可欠です。これまで3種類のADPリボシル基転移酵素(C3, Ia, ExoA)において基質認識機構が解明されてきましたが、DNAがどのように認識されるのかは全く分かっていませんでした。

2. 研究手法・成果

DNAをADPリボシル化する酵素であるScARP(放線菌Streptomyces coelicolor由来)に着目しました。ScARPは、一本鎖DNAや二本鎖DNAよりはむしろ、鎖になっていないguanineを好んでADPリボシル化する酵素です。そこで、精製したScARP・基質GDP・基質類似体NADHの3者を共結晶化し、3者複合体の構造をX線結晶構造解析によって1.5 Åの分解能で明らかにしました。
図.(A)ScARPが促進するGDPのADPリボシル化反応。(B)ScARPに結合した基質GDPと基質類似体NADH。左は全体構造、右は基質結合部位の拡大図。ScARPは、基質GDPをARTT-loop(Trp159-Glu164)によって認識している。つまり、Gln162による2本の水素結合・Trp159によるπ-スタッキング、が基質GDPの認識に重要である。赤線は反応の結果生じる新たな結合を意味する。
基質GDPは、ARTT-loopと呼ばれるADPリボシル基転移酵素に保存されている領域によって認識されていました。驚くべきことに、その認識の仕方は、以前に我々が明らかにした、C3というADPリボシル基転移酵素が、ARTT-loopを用いて基質であるRhoA(の修飾アミノ酸Asn41)を認識するのと同じでした。すなわち、「ADPリボシル基転移酵素は、基質がタンパク質(アミノ酸)でもDNAでも、同じ仕組みを使って基質を認識する」わけです。
ADPリボシル基転移酵素は、基質がタンパク質(アミノ酸)でもDNAでも、同じ仕組みを使って基質を認識する
また、反応の結果生じる2原子間の距離は、明らかにした構造において4.0 Åでした。この距離は、ADPリボシル化反応が従来考えられてきたSN1反応ではなく、SN2反応でも起こりうる可能性を示唆しています。
すでにPierisinの構造は他のグループにより明らかにされていましたが、基質複合体の構造は明らかでなく、その基質認識と反応機構は不明でした。我々が提示したguanineの認識機構と反応機構は、Pierisinファミリー(guanineを基質とするADPリボシル基転移酵素)で共通であると考えられます。

3. 波及効果、今後の予定

本研究では、ADPリボシル基転移酵素ScARPのguanine認識機構を明らかにしました。しかし、他のDNAを基質とするADPリボシル基転移酵素DarTは一本鎖DNAを、PARPやpierisinは二本鎖DNAを、各々認識します。今後は、これらのADPリボシル基転移酵素による基質認識機構を明らかにすることで、ADPリボシル基転移酵素阻害剤、特に抗がん剤として機能するヒトポリADPリボシル基転移酵素(PARP)阻害剤の発展につながることが期待されます。

4. 論文タイトルと著者

タイトル : Substrate N2 atom recognition mechanism in pierisin family DNA-targeting guanine-specific ADP-ribosyltransferase ScARP.
著者 : Toru Yoshida, Hideaki Tsuge
掲載紙 : The Journal of Biological Chemistry (Accelerated Communications)
掲載日 : 2018年8月2日

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