総合生命科学部 横山 謙 教授 らの研究グループが全身麻酔薬はミトコンドリアの機能不全と細胞内 ATP レベルの減少を引き起こすことを発見しました

全身麻酔薬はミトコンドリアの機能不全と
細胞内 ATP レベルの減少を引き起こす。
—全身麻酔薬の作用メカニズムについての新たな提案—

概要

総合生命科学部 横山謙教授、京都大学生命科学研究科 今村博臣准教授らのグループは、いまだはっきりとした作用メカニズムがわからないまま多くの医療現場で使用されている「全身麻酔薬」が、細胞内でのエネルギー生産に重要なミトコンドリアの機能を低下させ、ATP の合成を阻害することを発見しました。それにより、ミトコンドリアの機能不全と細胞内 ATP 量の減少が全身麻酔薬の共通の作用メカニズムであることを解明しました。特に、神経細胞では、神経伝達を行うために多くの ATP を使っていることが知られています。したがって、神経細胞において、全身麻酔薬によるミトコンドリアの機能不全と細胞内 ATP 量の減少が起こると、神経伝達が阻害され、麻酔効果が発揮されると考えられます。我々は、このミトコンドリアの機能不全と細胞内 ATP 量の減少が全身麻酔薬の共通の作用メカニズムである可能性を提案しました。
図.本研究で提案する全身麻酔薬の作用メカニズム。全身麻酔薬は、細胞内でエネルギー生産に重要なミトコンドリアの機能を低下させる。その結果、細胞内のATP 量が減少し、神経伝達の阻害などが起こり、麻酔効果が発揮される。

背景

現在、全身麻酔薬は医療の分野で必要不可欠です。約170年前に初めて外科手術に使われて以来、様々な全身麻酔薬が開発されてきました。全身麻酔薬には、吸入するタイプと静脈に注射するタイプの2種類があります。これらは、化学構造が異なるにも関わらず、意識を消失させ、麻酔効果を発揮します。これは、全身麻酔薬の化学構造と麻酔効果の間に相関がないことを意味します。
これまで、全身麻酔薬の作用メカニズムについていくつかの仮説が提唱されていますが、いまだ結論は出ていません。全身麻酔薬の親油性(油への溶けやすさ)と麻酔効果の強さに相関があることから、細胞膜をターゲットとしている説や、細胞膜上にあるタンパク質(膜タンパク質)をターゲットとしている説などが提唱されています。しかし、これらの説では、化学構造が異なる全身麻酔薬が、なぜ同様の麻酔効果を発揮するのかは説明できませんでした。
我々は、以前、モデル生物である線虫に全身麻酔薬の1種を作用させたところ、細胞内の ATP 量が減少することを見出しました。細胞のエネルギー通貨である ATP の減少は、神経伝達をはじめ様々な生理現象に影響を与えると考えられます。もし、細胞内のATP 量を減少させることが全身麻酔薬の共通の作用であるならば、様々に化学構造の異なる全身麻酔薬が同様の麻酔効果を発揮できる理由を説明できると考え、我々は全身麻酔薬と細胞内の ATP 量に関連があるかを調べました。

研究手法・成果

全身麻酔薬によって、細胞内 ATP 量が減少するかを調べるために、化学構造が異なる3種類の全身麻酔薬:吸入麻酔薬イソフルラン、静脈麻酔薬ペントバルビタール、線虫用麻酔薬フェノキシプロパノール、を用いました。これらの全身麻酔薬を線虫およびマウス神経細胞由来の培養細胞に作用させた後、ATP 量を測定しました。その結果、全身麻酔薬を作用させることで、線虫、培養細胞ともに細胞内の ATP 量が減少することがわかりました。また、ATP センサータンパク質による細胞内のATP 量測定でも、同様に ATP 量の減少が観察されました。一方で、部分麻酔薬であるリドカインでは、ATP 量の減少は起こりませんでした。
次に、なぜ細胞内の ATP 量が減少するかを調べるために、ミトコンドリアでの ATP 合成活性への全身麻酔薬の影響を調べました。その結果、3種類すべての全身麻酔薬で、ミトコンドリアの活性が減少し、ATP の合成活性が阻害されることがわかりました。
これらの結果から、化学構造が異なる3種類の全身麻酔薬が共通して、ミトコンドリアのATP 合成活性を阻害し、細胞内の ATP 量を減少させるということが示されました。細胞内のATP 量の減少は様々な生理現象に影響を与えると考えられます。特に、神経細胞では神経伝達に多くの ATP を使っていることが分かっています。神経細胞での ATP 量の減少は、神経活動を抑制すると考えられます。以上のような結果から、我々は、ミトコンドリア機能不全による細胞内 ATP 量の減少が全身麻酔薬による共通の作用メカニズムである可能性を示しました。

波及効果、今後の予定

本研究では、全身麻酔薬によりミトコンドリアの機能不全が引き起こされることを示しました。しかし、なぜ全身麻酔薬でミトコンドリアの機能不全が引き起こされるのかは不明なままです。ミトコンドリアでの ATP 合成には様々なタンパク質が関わっているので、全身麻酔薬がそのどれかをターゲットとしている可能性もあります。今後、個体レベルでの実験により、全身麻酔薬のターゲットがミトコンドリアそのものであるのかを明らかにしていきたいと考えています。
前述のように、全身麻酔薬の作用メカニズムについては、いまだ議論が分かれています。乱暴な言い方をすれば、「効いているから使っている」というのが現状です。我々は、新たな可能性を示唆しました。今後、正確な作用メカニズムが分かれば、より副作用や事故が少ない全身麻酔薬の開発が期待されます。

イメージ図

図.全身麻酔薬の作用メカニズムのイメージ図。全身麻酔薬は脳などの中枢神経系に作用し、ミトコンドリアの一時的な機能不全を引き起こすことで、神経細胞内の ATP 量を減少させる。その結果、麻酔効果が得られる。

論文タイトルと著者

タイトル:General anesthetics cause mitochondrial dysfunction and reduction of intracellular ATP levels.
著者:Jun-ichi Kishikawa, Yuki Inoue, Makoto Fujikawa, Kenji Nishimura, Atsuko Nakanishi, Tsutomu Tanabe, Hiromi Imamura, Ken Yokoyama
掲載誌:PLOS ONE  掲載日:2018/1/3
PAGE TOP