金星の大気の流れを再現する仕組みの開発に世界で初めて成功 -金星探査機「あかつき」観測データの革新的な利活用が可能に-

2017.08.25

京都産業大学 惑星気象研究センターの髙木征弘准教授と慶應義塾大学の杉本憲彦准教授らの研究チームは、金星の大気の流れをコンピュータでシミュレーションする大気大循環モデル(※1)に観測データを同化する手法を導入し、世界で初めて金星大気大循環に対するデータ同化(※2)システムの開発に成功しました。
金星は厚い雲層によって全体を覆われており、大気内部の運動についてはほとんどわかっていません。また、大気大循環モデルを用いた大気運動の数値シミュレーションが試みられていますが、金星大気の運動を正確に再現できておらず、観測データをモデルに利用した研究はこれまでありませんでした。今回の研究では、地球の大気で用いられている観測データの同化手法を金星大気大循環モデルAFES-Venusに導入し、過去の金星探査機による観測データを取り込むことによって、開発したデータ同化システムの有用性を示しました。現在、金星探査機「あかつき」(※3)によって高解像度かつ高頻度の観測データが得られていますが、それに対して本データ同化システムを適用することにより、金星の謎の解明が革新的に進むと期待されます。
本研究の成果は、英国ネイチャー・パブリッシング・グループ(NPG)発刊の学術雑誌 Scientific Reportsに、2017年8月24日付(英国時間)のオンライン版で公開されます。
 

本研究のポイント

  • 金星大気大循環モデルに観測データを時空間的に同化するシステムの開発に世界で初めて成功
  • 過去の観測データ等を用いて現実的な金星大気の流れを再現することにより、本データ同化システムの有用性を示した
  • 今後、本データ同化システムを金星探査機「あかつき」の観測データに適用することにより、金星の謎の解明が革新的に進むと期待される

研究背景

金星は地球の双子星と称されるように、太陽系内で大きさと平均密度がもっとも地球に似た惑星ですが、金星大気の運動や気温分布は地球大気と大きく異なっています。金星では大気全体が自転を追い越しながら高速回転しており、上層大気では自転速度の60倍(時速約360 km)にも達します。「大気スーパーローテーション」と呼ばれるこの現象のメカニズムはいまだに解明されておらず、気象学最大の謎のひとつに数えられています。金星全体が硫酸の厚い雲によって覆われ、大気内部の運動の観測が困難であることもあり、地球や火星に比べると金星大気の運動に関する理解は遅れていました。
近年、本研究グループでは、金星大気運動の解明を目指して、金星大気大循環モデルAFES-Venusの開発を進めており、現実的な東風分布の再現や、金星大気における傾圧不安定波の存在とその重要性の指摘、周極低温域 (cold collar) の生成メカニズム解明など、世界初となる様々な研究成果が得られています。こうした諸成果は、本研究グループの金星大気大循環モデルが現実の金星大気運動をよく表現しており、データ同化に耐えうる段階にあることを示しています。

研究内容・成果

地球や火星の大気で用いられている観測データの同化手法である、アンサンブルデータ同化と呼ばれる手法を金星大気大循環モデルAFES-Venusに導入し、世界初となる金星大気のデータ同化システムを開発しました。さらに、開発したデータ同化システムの有効性を検証するため、数値シミュレーションで得られた疑似観測データと、金星探査機「あかつき」にも参加する研究メンバーによって詳細に解析された過去の金星探査機「Venus Express」(※4)の観測データを用いた同化実験を、海洋開発研究機構のスーパーコンピュータ「地球シミュレータ」を用いて実施しました。その結果、時空間的に限られた観測データを用いているにも関わらず、観測データに含まれる惑星規模の大気波動(熱潮汐波)が大気大循環モデルのなかで正しく再現されることを示しました。このことは、開発したデータ同化システムが期待通りに動作し、金星大気の流れを調べるのに探査機の観測データを利用したデータ同化が有用であることを示しています。
あかつきの観測データとAFES-Venusの数値シミュレーションの予報データを同化することにより、金星大気のより
「確からしい」状態を時空間的に再現したデータ(再解析プロダクト)が世界で初めて得られることになる。
「あかつき」のCG(左)はISAS/JAXAのものを使用した。
東西風速(等値線)と温度(カラー)の経度高度断面図。左が同化なし、右が同化あり実験の結果。高度70km(緑点線)の風速データのみを同化することによって、金星大気全体で熱潮汐波が再現され、熱潮汐波に伴う温度の擾乱が上方へと伝播している。

今後の展開

観測は時空間的に限られ、数値モデルには不確実性があるため、どちらか一方だけを利用して金星大気の運動を解明することは困難です。今回の研究成果によって、観測データと数値モデルの両方を最大限に活用する手法であるデータ同化は、金星大気の運動を解明する新たな糸口となることが実証されました。今後、金星探査機「あかつき」によって得られた、高解像度かつ高頻度の観測データを本システムで同化することにより、大気スーパーローテーションの成因の解明など、金星大気内部の運動の理解が革新的に進むと期待されます。
本研究は、JSPS科研費 15K17767、16H02225、16H02231の助成をうけて実施されました。
 

用語解説

※1 大気大循環モデル
流体力学や熱力学の方程式を基に、大気の流れや温度・湿度の変化を計算するためのコンピュータプログラム。大気大循環モデルを用いて数日から経年スケールの大気現象をシミュレートし、メカニズムや予測可能性を調査する。

※2 データ同化
数値シミュレーションモデルに観測データを融合させる手法のこと。地球の場合では、天気・季節予報の精度を向上させるための正確なモデル初期値を作成するために用いられることが多いが、ここでは、観測によってしか知りえない金星の大気状態をモデルに組み込むことで、観測ができない場所(高さ、緯度経度、時間など)での未知の大気現象の発見を試みる。JAMSTECは独自のアンサンブルデータ同化システムと予報モデルの両方を有しており、地球大気大循環モデルAFES(Atmospheric general circulation model for Earth Simulator)と同化コードLETKF(局所変換アンサンブルカルマンフィルター: Local Ensemble Transform Kalman Filter)をJAMSTECのスーパーコンピュータ「地球シミュレータ」上で実行してきた経験を持つ。今回、このシステムを金星大気大循環モデルに応用することに成功した。

※3 あかつき
日本の金星探査機。金星大気の謎を解明するために開発され、日本の惑星探査機として初めて地球以外の惑星を回る軌道に入ることに成功した。2010年5月21日に打ち上げられたが、2010年12月7日に金星の周回軌道投入に失敗し、金星に近い軌道で太陽を周回した。2015年12月7日に金星周回軌道への投入を再び試み、成功した。観測波長の異なる複数のカメラを搭載して金星の大気を立体的に観測している。

※4 Venus Express
欧州宇宙機関 (ESA) の金星探査機。2005年11月9日に打ち上げられ、2006年4月11日に金星周回軌道に到着。5月7日に観測用軌道(極軌道)に投入され、2014年5月まで運用された。主に金星の雲と大気化学の観測を行っていた。

参考文献

“The puzzling Venusian polar atmospheric structure reproduced by a general circulation model”,
H. Ando, N. Sugimoto, M. Takagi, H. Kashimura, T. Imamura, and Y. Matsuda,
Nature Communications, Vol. 7, (2016), 10398.
 

論文情報

“Development of an ensemble Kalman filter data assimilation system for the Venusian atmosphere”,
N. Sugimoto, A. Yamazaki, T. Kouyama, H. Kashimura, T. Enomoto, and M. Takagi,
Scientific Reports.
doi: 10.1038/s41598-017-09461-1
 

本件に関するお問い合わせ先

慶應義塾大学 法学部 日吉物理学教室 准教授 杉本 憲彦(すぎもと のりひこ)
E-mail:nori@phys-h.keio.ac.jp

配信元
慶應義塾広報室(山崎)
TEL:03-5427-1541  FAX:03-5441-7640   
Email:m-koho@adst.keio.ac.jp     http://www.keio.ac.jp/

PAGE TOP