総合生命科学部 近藤 寿人 教授らが多能性幹細胞について、転写因子ZIC2を中心とした定説を覆す新しい制御機構を発見。iPS細胞をはじめとした多能性幹細胞の研究の新展開を期待

2017.05.31

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ニュース研究総合生命科学部

総合生命科学部 近藤 寿人 教授(京都産業大学タンパク質動態研究所 所員)と自然科学研究機構 基礎生物学研究所生物機能解析センター 重信 秀治 特任准教授らは、「In vivo ビオチン化転写因子を用いた汎用性と定量性をもったChIP-Seq 解析法の確立」に関する共同研究を行い、その解析法を多能性幹細胞の研究に用いて、これまでの定説を覆す、転写因子ZIC2を中心とした新しい制御機構を発見しました。

発表論文

ChIP-seq analysis of genomic binding regions of five major transcription factors highlights a central role for ZIC2 in the mouse epiblast stem cell gene regulatory network
(5種類の主要な転写因子に関するゲノム上の結合領域の解析から、マウスエピブラスト幹細胞ではZIC2が遺伝子発現制御の主役であることが明らかになった)

英国発行の国際科学雑誌 Development 114巻11号1948-1958(5月30日正午[英国時間]刊行)に掲載

本研究に参加したメンバー

京都産業大学 近藤 寿人、飯田 英明(大学院生、現研究員)
基礎生物学研究所 重信 秀治、山口 勝司(主任技術職員)
試料作製と予備解析
大阪大学(生命機能研究科) 松田 一成、三上 智之(大学院生、現社会人)
Munazah Andrabi(研究員、現Manchester大)
ゲノムデータ解析ツールの提供と解析のサポート
九州大学(医学研究院) 沖 真弥(助教)
転写因子ビオチン化システムの提供
Emory University School of Medicine Jeremy B. Boss(教授)

研究の背景

初期胚の多能性幹細胞には、着床前の胚をもとに作られそして着床前胚の性質を持つ「マウスES細胞」、着床前胚から出発しながら着床後胚の‘エピブラスト’の性質を持つ「ヒトES細胞」、これらに対応したiPS 細胞、そしてマウスの‘エピブラスト’をもとに作られた「マウス エピブラスト幹細胞」などがあります。(図1)
これらの初期胚に対応した多能性幹細胞には、かなり共通性があると考えられていました。転写因子SOX2とOCT3/4のペアがiPS細胞を含む多能性幹細胞に共通して、強く発現されていることがその共通性の根拠でした。その考え方がもとになって、着床前の多能性幹細胞であるES細胞を対象とした研究に多くの精力が注がれてきました。
近藤 寿人 教授らは、「エピブラスト幹細胞」を中心とした研究を展開してきましたが、2012年に発表した研究で、エピブラスト幹細胞では転写因子SOX2とOCT3/4とともに、ZIC2, OTX2、OCT6などが同等以上の重要性を持っていることに気づきました(2012年発表)。

図1:多能性幹細胞の間の共通点と相違点
転写因子はペアを作って作用することが多いのですが、これらの5種類の転写因子は、どのようなペアを作って、ゲノム上のどこに結合して、遺伝子の発現を調節しているのでしょうか?この問題に答えるためには、5種類の転写因子について、同等に高い精度をもったChIP-seq解析を行う必要があります。この解析を目指して、総合生命科学部 近藤 寿人 教授と基礎生物学研究所 重信 秀治 特任准教授の間の共同研究が始まりました。

研究内容と成果

これまでのChIP-seq解析は、転写因子に対する抗体を用いるのが主流でしたが、抗体の品質にばらつきがあり、また抗体の結合は強固なものではないために、「5種類の転写因子について、同等に高い精度をもったChIP-seq解析すること」を実現することは困難です。そこで、ビオチン化転写因子を用いた新しい方法に切り換えて、ChIP-seq解析を行い、高品質のデータを得ることができました(図2)。
図2:ビオチン化転写因子を用いた汎用性と定量性をもったChIP-Seq解析法

このデータをもとにして転写因子のゲノム上の結合部位を解析しました。転写因子のペアの形成が解析の中心でした。その結果、マウスのES細胞では、SOX2とOCT3/4の転写因子ペアが中心的な制御機能を果たしているのに対して、マウスのエピブラスト幹細胞では、それに代わってZIC2とOTX2の転写因子ペアが制御の主役となることがわかりました。ES細胞でSOX2とOCT3/4のペアが結合していた多くのゲノム領域で、これらの因子の結合は見られませんでした。
さらに、ヒトES細胞は、この切り換わりの中間段階にあることが明らかになりました。エピブラストでのZIC2とOTX2のペアの成立に先立って、マウスES細胞の中ですでにZIC2が次の段階での作用を準備していることが予想されました。(図3)
そのほか、OCT6が結合するゲノム領域とZIC2が結合するゲノム領域が排他的に分布していることをはじめとして、新しい事実が本研究によって示されました。5つの転写因子を同時に体系的に解析した効果であり、多くの研究課題を提起しました。

図3:着床前胚の状態を反映した多能性幹細胞と着床後胚のエピブラスト状態を反映した多能性幹細胞の間での、転写制御機構の大きな相違

今後の展開

今回の研究によって、多能性幹細胞は、着床前の状態に対応するものと、着床後の状態に対応するものとで、その基本調節が大きく異なっており、後者では転写因子ZIC2が主役であることがわかりました。着床後の状態に対応した多能性幹細胞の独自性と重要性がクローズアップされ、またこれまでは表舞台に立つことが少なかったZIC2が注目されたことによって、多能性幹細胞の研究に、次のような変革を伴った新しい展開が期待されます。

1. iPS関連幹細胞研究の大きな展開

iPS を作成するため使用する転写因子について、ES細胞で特に強く発現される転写因子という枠を取り除いて、ZIC2, OTX2などにまでその範囲を広げれば、iPSの作製効率や品質が向上する可能性がある。

2.着床後胚の多能性幹細胞に軸足を置いた新しい幹細胞科学の展開

これまでマウスのES細胞を起点とした研究が、多能性細胞の研究の主流であったが、体細胞の前駆体としてのエピブラスト、またその性質を持つ幹細胞(ヒトES/iPS細胞、マウス エピブラスト幹細胞)の研究の重要性が本研究で示された。

3.多能性幹細胞の制御の研究に、ZIC2転写因子を中心とした新たな展開

これまでの多能性幹細胞の操作の作戦をたてるにあたっては、SOX2, OCT3/4が遺伝子発現制御の中心にあるということが前提になっていた。しかし今回の研究によって、着床後の胚に対応した多能性幹細胞では、ZIC2が中心であることが明らかになり、多能性幹細胞の研究を練り直す必要がある。ZIC2には、ヒストン修飾酵素などの強い相互作用が確認されており、転写因子の直接的な作用とヒストン修飾という2つの転写制御機構の仲立ちをすることが予想される。多能性幹細胞の研究に新たな展開が期待される。

用語の解説

SOX2:性決定に関与する転写因子SRYと類似のDNA結合活性を持つタンパク質として見いだされたが、当初は機能が不明であった。1995年に、Lisa Daily たちと、近藤寿人たちが、それぞれ、テラトカルシノーマ(ES細胞のプロトタイプ)と水晶体の発生において、パートナー転写因子と複合体を作って転写制御をすることを示した。発生のプロセスを制御する中心的な転写因子の一つである。

OCT3/4:テラトカルシノーマやES細胞などで発現が高い転写因子。1991年に濱田博司がOCT3として発表し、その1ヶ月後にHans R Schöler がOCT4として発表したので、OCT3/4として表されることが多い。マウスES細胞のなかでは、SOX2と複合体を作ることによって、中心的な制御機能を発揮する。iPS作製のための山中4因子の中の2つをSOX2とOCT3/4が占めるのは、このSOX2-OCT3/4転写因子ペアの作用の反映である。

ZIC2:脊椎動物の転写因子群 ZIC因子は、有賀純 現長崎大学教授によって神経系の発生を制御する転写因子として発見され、ZIC因子が関わる神経系発生の研究も有賀教授によって先導されている。今回の研究によって、ZIC因子が多能性幹細胞で重要な制御機能をもつことがクローズアップされた。ZIC因子の中で、ZIC1、ZIC2、ZIC3は共通の性質を持つ1グループを構成している。エピブラストで発現されている主要なZIC因子はZIC2である。

エピブラスト幹細胞:ヒトの着床前胚を起点として、多能性幹細胞を樹立するには、マウスのES細胞の樹立に用いられたLIFを用いた培養条件は不適合で、それとは大きく異なった、アクチビンとFGF(線維芽細胞増殖因子)を用いた培養条件を採用する必要があった。このようにして樹立された「ヒトES細胞」は、着床後胚のエピブラストの性質を持っていた。エピブラストは着床後胚に作られる一層の細胞集団であり、私たちの体のすべての部分は、エピブラストから作られる。エピブラスト自体を出発材料として、アクチビンとFGFを用いた培養条件のもとで幹細胞株を樹立すれば、エピブラストの性質を持った多能性幹細胞を樹立できるのではないか?この発想のもとで樹立されたのが、マウスの「エピブラスト幹細胞」である(図1)。

ChIP-seq (Chromatin immunoprecipitation-sequencing): 特定の転写因子が結合したゲノムDNA断片を、抗体などを用いて集めてきて、塩基配列を決める解析法。通常は、次世代シーケンサーを用いて2000万本程度のDNAの配列を決める。異なった転写因子について結合領域を解析した際に、同じゲノム領域が双方の結合領域と判定された場合には、2因子はほとんど同一の箇所に結合していると判定される。

ビオチン化転写因子:転写因子に生化学反応を用いて、分子量244の低分子であるビオチン(ビタミンH)を付加したもの。ビオチンは、ストレプトアビジンと強固で安定な結合(抗体を用いた場合の1万倍以上)をするので、精度の高いChIP-seq解析が可能であることを、今回の研究で示した。

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