理学部 伊藤 豊 准教授らのグループが超伝導体Hg1212に未知の電子ゆらぎをNMR法で発見

2017.03.09

研究成果

理学部物理科学科の伊藤豊准教授は、産業技術総合研究所の町敬人研究員と芝浦工業大学の山本文子教授との共同研究で、2枚層の銅酸化物高温超伝導体HgBa2CaCu2O6+d(Hg1212)の擬ギャップ状態と呼ばれる常伝導状態に未知の超低速ゆらぎが存在することを、銅核の核磁気共鳴(NMR)法を用いて観測することに成功したと発表しました。

同研究成果は、アメリカ物理学会発行の学術誌Physical Review Bの本論文として2017年3月6日付けオンライン版に掲載されました。

掲載論文

Title : Ultraslow fluctuations in the pseudogap states of HgBa2CaCu2O6+d
邦題:HgBa2CaCu2O6+dの擬ギャップ状態における超低速ゆらぎ
Authors : Y. Itoh, T. Machi, A. Yamamoto 著者: 伊藤 豊、町 敬人、山本 文子
Phy. Rev. B Vol.95, 094501 (2017), DOI : 10.1103/PhysRevB.95.094501

背景

銅酸化物高温超伝導体は、1980年代中期に発見されたセラミックス超伝導体で、銅と酸素のイオンが正方格子を組んだ擬2次元平面構造を主要要素としてもつ層状化合物です(図1、図2)。現在知られている超伝導体の中で最高の超伝導転移温度Tcはこの銅酸化物系のもつ約135Kであり、Hg1212は結晶の単位胞内にCuO2平面を2枚もつ系の中で最高のTc=127 Kをもちます。高温超伝導体の不思議な物性の中で特に未解決の問題として、常伝導状態における擬ギャップの存在があります。Tcより高温からまるで超伝導が始まっているかのような様子から、励起スペクトルの擬ギャップと呼ばれるようになりました。この擬ギャップ状態には、何らかの隠れた短距離秩序が潜んでいるのではないかという報告が2000年以降に続いていました。擬ギャップ状態には、前駆的な反磁性、電荷秩序、電荷密度波、時間反転対称性を破る転移など、幾つかの随伴的な短距離秩序の可能性が指摘されています。核磁気共鳴法(NMR)は、多元化合物の構成イオンを識別しながら測定できる手法であり、軽元素から重元素の原子核まで幅広く原子レベルの物性測定ができる分光学的な手法です。超低速ゆらぎはNMR測定から超伝導相と絶縁体相の境界付近のスピングラス状態や縞状電荷スピン秩序状態において観測されていましたが、これらは不均一な電子状態の特徴でもありました。
図1 2次元正方格子
図2 結晶構造

研究概要と展望

Hg1212の銅核のNMR実験において核スピンエコーの横緩和減衰というやや複雑な現象を詳細に測定・検討することにより、未知の超低速ゆらぎが存在することを突き止めました。伝導キャリアの濃度の減少とともに増大しますが、過剰なドープでは消失することも確認しました。電荷秩序状態のような不均一な状態ではなく、均一な擬ギャップ状態で発見されたことに新奇性があります。これまでに発見された様々な短距離秩序との関連性から、磁気的ゆらぎと電気的ゆらぎの2つの効果が検討されています。

用語解説

核磁気共鳴法
病院で使われているMRIと同じ原理に基づいた実験手法で、核磁気共鳴 Nuclear Magnetic Resonance の頭文字を使ってNMR法と呼びます。物質を構成する原子の中心の原子核は、静磁場をかけるとミクロな磁石として振る舞い、ラジオ波と同じ周波数帯域の電波によって共鳴します。ここでは、Hg1212中の銅核の63Cu核スピンにラジオ波を照射して起きる核磁気共鳴現象を利用しています。周囲の電子と核との相互作用を通じて物質内部のミクロな様子を知ることができます。なお、核反応や核融合とは無関係です。

横緩和
核磁気共鳴現象は物質の中の核スピンだけが選択的に電磁波を吸収すると同時に吸収したエネルギーを周りに散逸し熱平衡状態に戻るプロセスから成り立ちます。熱平衡状態に戻る過程を緩和と呼び、外部磁場に平行な成分の緩和(縦緩和)と垂直な成分の減衰(横緩和)の2つの緩和過程があります。横緩和機構はエネルギーを保存する散乱過程から成り立っており、縦緩和と比べるとやや複雑な振る舞いを示し、詳細な検討が必要とされています。 

ゆらぎ
物質はたくさんのイオンと電子から成り立つ集合体なので熱平衡状態でも絶えずそれらの位置、電荷、磁気がゆらいでいます。単なる平均ではそれらの物理量は打ち消し合って零となりますが、2乗平均は有限に残ります。これが物質の性質(物性)を特徴付ける「ゆらぎ」です。
 

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