タンパク質合成過程における「緩急のリズム」を実証 -大腸菌遺伝子産物の中間状態を網羅的に解析-
2016.02.05
本研究成果は、「米国科学アカデミー紀要」のオンライン速報版で2016年2月1日(米国東部時間)に公開されました。
発表者
丹羽 達也 (東京工業大学 大学院生命理工学研究科 助教)
千葉 志信 (京都産業大学 総合生命科学部 准教授)
田口 英樹 (東京工業大学 大学院生命理工学研究科 教授)
伊藤 維昭 (京都産業大学 シニアリサーチフェロー)
要点
- 個々のタンパク質分子が合成される途上で経験する「一時停止」を直接観察
- 80%以上の遺伝子は一時停止(緩急のリズム)を伴って翻訳される
- 翻訳の一時停止が正しい品質のタンパク質をつくることに寄与することを提唱
- タンパク質の高品質大量生産や人工的デザインへの応用の途を開く
概要
生命現象を担うタンパク質は、すべてリボソームというタンパク質合成装置で作られます。このとき、遺伝暗号に従って選ばれたアミノ酸が順次、鎖状に繋がれていきます。この翻訳における伸長と呼ばれる過程は一定の速度で進むのでしょうか?最近になって、タンパク質合成過程で「一時停止」が起こる現象が知られるようになり、一時停止がタンパク質の機能発現に重要な意味を持つのではないかと考えられるようになりました。しかし、細胞内に存在する数千、数万種類のタンパク質でそのような一時停止がどの程度普遍的に起こるのかについてわかっていませんでした。
京都産業大学総合生命科学部の茶谷 悠平博士研究員(現・東京工業大学大学院生命理工学研究科博士研究員)と伊藤 維昭シニアフェローおよび千葉志信准教授、東京工業大学大学院生命理工学研究科の田口 英樹教授および丹羽 達也助教からなるグループは、リボソームでタンパク質が合成される際の「一時停止」の頻度を大腸菌の1000種類以上のタンパク質について系統的に調べ、80%以上のタンパク質は緩急のリズムとともに合成されてくることを明らかにしました。
この実験から得られた大規模なデータセットでは、近年注目を集めているリボソームプロファイリングという方法に比べてより直接的に翻訳の中間状態(ペプチジルtRNA)を捉えています。本研究は、遺伝情報が機能的タンパク質に変換されるという生命の基礎となる過程の詳細に迫る意義を持つばかりではなく、バイオ医薬のような有用タンパク質の効率的な生産などの応用利用にも貢献しうるものです。
背景
研究内容
翻訳の一時停止がこのように広範囲、高頻度に発生することには、生物にとって有利な点があるのでしょうか? 生物情報学的な解析の結果、多くの膜タンパク質において、特徴的な翻訳停滞パターンが見られました。また、以前の研究で、合成後に分子シャペロンの助けを借りることなく、正しく可溶性の構造を形成できることがわかっているタンパク質の一部では、膜タンパク質で見られたものとは異なるパターンの翻訳停滞が頻発しているようすも見出されました。これらのことから、翻訳の一時停止は膜タンパク質の膜への挿入や、細胞質タンパク質の翻訳の進行と協調した自発的フォールディングの促進など、新しくできるタンパク質の「成熟化過程」をガイドしているのではないかと考えられます。我々は、緩急制御という概念は、DNA→RNA→タンパク質という情報の流れと変換を記述した「セントラルドグマ」の理解に新しい視点を提供するものであると考えています。
今後の展望
用語解説
ペプチジルtRNA: 翻訳においてリボソーム内部で実際に遺伝暗号を読み取るのがtRNAである。翻訳の中間状態では合成途上のタンパク質鎖の末端にtRNAが結合している。このような中間体分子をペプチジルtRNAと呼ぶ。本研究ではtRNAの存在を手掛かりに合成途上鎖を検出している。
リボソームプロファイリング: 細胞内でリボソームが翻訳しているメッセンジャーRNAの部分だけを取り出して、次世代シークエンサーで配列を決めることにより、どのような遺伝情報がある時点でまさに翻訳されているのかの配列情報を大規模に得る方法。極めて多くの情報が得られる強力な方法であるため近年盛んに利用されている。ただし、メッセンジャーRNA上のリボソームの「影」を見る方法であるための問題点も指摘されている。本研究では、翻訳中間体を直接検出する方法を考案し使用した。
論文情報
(生細胞と無細胞反応系を統合した新生鎖観察により明らかとなった翻訳一時停止の一般性)
著者:Yuhei Chadani, Tatsuya Niwa, Shinobu Chiba, Hideki Taguchi, Koreaki Ito
発表誌:Proceedings of the National Academy of Sciences of United States of America
(米国科学アカデミー紀要)
巻号:Volume 113 (2016) doi:10.1073/pnas.1520560113
公表: 2016年2月1日、電子版公表
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京都産業大学 シニアリサーチフェロー 伊藤 維昭
kito@cc.kyoto-su.ac.jp
Tel/Fax.075-705-2972東京工業大学 大学院生命理工学研究科 生体分子機能工学専攻 教授 田口 英樹
taguchi@bio.titech.ac.jp
Tel/Fax.045-924-5785