伊藤豊准教授らが共同研究で水酸化マグネシウムにおける移動する水素を発見

2015.11.01

研究成果

理学部物理科学科の伊藤豊准教授は,独マックスプランク固体研究所の礒部正彦研究員と共同で,水酸化マグネシウムMg(OH)2という物質中に結晶格子に固定された水素と可動性の水素の2種類が存在することを,プロトン核磁気共鳴法(1H NMR法)を用いて観測することに成功したと発表した。


 同研究成果は,日本物理学会が発行する英文誌Journal of the Physical Society of Japan (JPSJ)の速報論文として2015年10月29日付けオンライン版に掲載された。

掲載論文

Title: Hydroxyl Motion in Mg(OH)2 / 邦題:Mg(OH)2中の水酸基の運動
Authors: Yutaka Itoh, Masahiko Isobe /(著者)伊藤 豊、礒部 正彦
J. Phys. Soc. Jpn., Vol.84, No.11, Article ID: 113601
http://dx.doi.org/10.7566/JPSJ.84.113601
DOI: 10.7566/JPSJ.84.113601

背景

水酸化マグネシウムという物質は,一般に入手可能なありふれた試薬で単純な含水鉱物であるが,高圧下の部分格子の融解という興味深い性質が知られていた。物理化学や固体物理学の分野では,室温より高温のイオン伝導体として知られていたが,取り立てて目立った機能もないため,あまり活発な研究対象とはなってこなかった。

研究概要と展望

Mg(OH)2には結晶の位置としては1種類しか存在しないはずであるが,プロトンNMRスペクトルを測定したところ2種類の信号が観測された。1つは線幅の広いスペクトルであり,もう1つは線幅の狭いスペクトルで,それぞれ結晶格子に固定された水素と動き易い(mobile)水素に同定された。また,結晶格子に固定された水素のNMRスペクトルから,水酸基の回転運動に関連した変化を観測できたとしている。Mg(OH)2において2種類の水素の共存スペクトルが観測されたが,類似の現象はこれまでに他の水素化物や水素結合型の強誘電体などの物質群においても発見されていたことから,動き易い水素(実際にはプロトン)の発見はさまざまな固体における陽子の量子力学的運動の検証にもつながる可能性があるとみている。

用語解説

核磁気共鳴法… 病院で使われているMRIと同じ原理に基づいた実験手法で,核磁気共鳴法Nuclear Magnetic Resonance の頭文字を使ってNMR法と呼ぶ。物質を構成する原子やイオンの中心の原子核は,静磁場をかけるとミクロな磁石として振る舞い,ラジオの周波数と同じ帯域の電波によって共鳴する。ここでは,Mg(OH)2中の水酸基の1H(プロトン)核スピンにラジオ波を照射して起こる核磁気共鳴現象を利用している。物質の中では周囲のイオンや電子の配置によって共鳴スペクトルに周波数シフトや構造が生じるため,その変化から物質内部のミクロな様子を推測できる。なお,核反応や核融合とは無関係である。


 NMRスペクトル… 物質が電磁波を吸収・散逸するとき,外から与えるエネルギー(周波数)の関数として電磁波の強度を測定することができる。1H NMRにおいてはプロトンの共鳴周波数を中心に広がりをもった関数として表されるものである。

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