森勇伍大学院生(総合生命、中田博教授研究室)らが新たな腫瘍悪性化機構を解明

我々の罹患する大半のがんは上皮細胞由来であるが、それらの細胞は膜結合型ムチンであるMUC1を普遍的に発現している。これまでに腫瘍悪性化への間接的なMUC1の関与が指摘されてきたが、今回森勇伍大学院生、中田博教授らは、がん細胞においてMUC1が情報伝達分子として機能し、その結果としてがん細胞の増殖や浸潤に重要な役割を果たしていることを分子レベルで初めて解明した。これらの基礎的な研究成果が新たな抗がん作用をもつ分子標的薬の開発に繋がることが期待される。

掲載論文名

Binding of galectin-3, β-galactoside-binding lectin, to MUC1 protein enhances phosphorylation of extracellular signal-regulated kinase 1/2 (ERK1/2) and Akt, promoting tumor cell malignancy.
J. Biol. Chem. 2015 Sep 4. pii: jbc.M115.651489.
(β-ガラクトシド結合レクチンであるガレクチン-3のMUC1への結合はERK1/2やAktのリン酸化を亢進し、腫瘍の悪性化をもたらす)

著者

森勇伍1)#、秋田薫1)、八代正和 2)、澤田鉄二 2)、平川弘聖 2)、村田健臣 3)、中田博 1)*
1)京都産業大学・総合生命科学部、 2)大阪市立大・医学部 3)静岡大・農学部、 筆頭著者、 *責任著者)

研究概要

我々が罹患するがんの大半は上皮性細胞由来である。上皮性細胞に普遍的に発現する膜結合型糖タンパク質であるMUC1は腫瘍の悪性化に伴ってその発現が増加することが知られているが、その生物学的機能については、明確になっていない。一方、腫瘍の悪性化に伴って、MUC1と結合することが知られているガレクチン-3も血中濃度が増すことが知られている。また、様々なヒトがん組織標本(大阪市立大・医学部より提供)を用いて、免疫染色法によってMUC1とガレクチン-3を検出すると両分子は同一の分布を示すことが分かった。また、MUC1とガレクチン-3を発現する細胞を用いて、細胞表面における両分子を検出すると共局在することがわかった。これらの結果は、細胞表面においてMUC1上の糖鎖にガレクチン-3が結合していることを示唆し、加えてその結合によりシグナルが惹起されることが予想された。一般的にがん細胞の増殖や移動能を亢進する情報伝達系として知られているERK1/2やAkt経路を調べたところ、いずれの経路もガレクチン-3の結合により活性化されることがわかった。事実、MUC1発現細胞をガレクチン-3で刺激すると細胞の増殖や動きが活発となった。また、逆にMUC1やガレクチン-3の発現を人為的に減少させると増殖や動きが抑制されることがわかった。また、MUC1へのガレクチン-3の結合を阻害するグリコポリマー(静岡大より提供)により同様の効果があることも確認した。

ガレクチン-3はがん細胞自身に加えて、免疫系の細胞なども産生していることが知られており、がん組織微小環境ではMUC1を発現しているがん細胞にがん細胞自身および間質の細胞(免疫細胞や線維芽細胞など)から産生されたガレクチン-3が作用しているものと予想される。なお、森勇伍大学院生は、MUC1を介した情報伝達の結果、uPAの発現が誘導されることも見出しており(J. Biol. Chem.に昨年発表)、以下にMUC1やガレクチン-3の機能をまとめて模式的に示す。
 
がん細胞の移動能: がん細胞の動く能力は、がん細胞の浸潤や転移能に大きく影響する。
 uPA (urokinase-type plasminogen activator): プラスミノーゲンを分解してプラスミンを生成する。他の作用も含めて、がん細胞が浸潤、転移する過程で基底膜を通過しなければならないが、その膜成分を分解してがん細胞の通過を容易にする。
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