永田和宏教授、森戸大介主任研究員らが老化・神経変性疾患に関する新たな共通メカニズムを発見

膜・分泌タンパク質は小胞体で合成され、酸化架橋により構造を補強されて細胞表面へ輸送される。そのため小胞体は酸化状態に保たれている。老化・疾患時には、細胞内の酸化が起こり、機能の低下が起こることがよく知られているが、もともと酸化状態である小胞体にどのような変化が起こるのか、知られていなかった。今回、総合生命科学部の永田和宏教授、森戸大介主任研究員、垣花太一大学院生(現大阪大学)、杉原宗親大学院生らは、線虫とヒト細胞を用いて、老化や疾患時の細胞内酸化状態を測定した。驚いたことに、従来考えられていたのとは逆に、小胞体の酸化力は老化などにともなって弱まっており、過酸化水素の産生も低下していた。このような酸化力の低下がタンパク質分泌の低下につながり、個体の機能低下を引き起こしていることが示唆された。

本研究成果は、7月29日にThe EMBO Journalオンライン版に掲載されました。また、The EMBO Journal News & Views欄、京都新聞等に取り上げられました。
 研究体制:京都産業大学、ノースウエスタン大学、マックスプランク生化学研究所の研究グループの共同研究

掲載論文名

Proteotoxic stress and ageing triggers the loss of redox homeostasis across cellular compartments
(老化・神経変性疾患の新たな共通メカニズム—老化・疾患では小胞体レドックスバランスが損なわれる—)

著者

ジェニン・カーステン*#、森戸大介#、垣花太一#、杉原宗親、アニタ・ミネン、マーク・ヒップ、カーメン・ナスバム・クレーマー、ウーリッヒ・ハートル*、永田和宏*、リチャード・モリモト*(*責任著者、#筆頭著者)

研究概要

アルツハイマー病やパーキンソン病など神経変性疾患と総称される疾患群の最も重大な危険因子として、加齢・老化が挙げられる。老化と神経変性疾患が生体に与えるダメージはある程度共通していることが知られており、そのため老人で神経変性疾患が起こりやすいと考えられている。これまで、加齢や神経変性疾患が共通して生体に与えるダメージとして、細胞内の転写、翻訳、タンパク質分解、小胞輸送、ミトコンドリア機能など、幾つかの障害が報告されてきた。一方、老人ではインスリンやコラーゲンなど、分泌タンパク質の量が減少することが知られており、分泌タンパク質の合成の場である小胞体にも、何らかの障害が起こっていることが推定されていたが、実体は不明であった。今回、我々は、小胞体の主要機能の一つ、レドックス(酸化還元)バランスに注目して研究を行った。老化した線虫では顕著に小胞体レドックスバランスが崩れており、また、神経変性疾患の原因タンパク質を線虫やヒト細胞に発現させた場合にも、同様のレドックスバランスの破綻が認められた。レドックスバランスの破綻は、インスリンやコラーゲンなど分泌タンパク質の合成阻害につながる可能性があり、老人で見られる分泌タンパク質不足は、このようなレドックスバランスの破綻で説明できるかも知れない。また、老化に加えて、アルツハイマー病など神経変性疾患においても、レドックスバランスの破綻が起こっており、これが神経細胞機能の低下を引き起こしている可能性がある。

今後の展開

小胞体のレドックスバランスを回復させることで、老化や神経変性疾患を緩和できる可能性がある。今後は、複雑なレドックスネットワークのどのポイントが老化や神経変性疾患により障害されているのかをしぼりこみ、その障害の解消につながる成果を目指したい。

用語・事項の解説

神経変性疾患
アルツハイマー病、ハンチントン舞踏病、狂牛病など。神経細胞死や神経機能の低下により引き起こされる。細胞内外での異常タンパク質の蓄積が原因と考えられるが、そのような蓄積を引き起こすメカニズムや、蓄積により障害される細胞内機能などには不明な点が多い。

小胞体
細胞内小器官の一つで、膜タンパク質や分泌タンパク質の合成の場。膜タンパク質や分泌タンパク質は、小胞体内で糖化や酸化を受け、構造を補強された状態で細胞外へ輸送されていく。

レドックス
還元(reduction)と酸化(oxidation)の合成語。細胞質は一定の還元状態にたもたれ、小胞体は一定の酸化状態にたもたれている。このバランスの破綻は、タンパク質の不適切な酸化や還元につながり、細胞の機能低下を引き起こす。
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