経営学部 ソーシャル・マネジメント学科 大室 悦賀 准教授

ソーシャル・イノベーションにおいてクラスターが果たす役割

社会的課題の解決に、ソーシャル・ビジネスの活用が期待されています。
こうした課題解決型のソーシャル・ビジネスは、
常にイノベーションを伴っており、それをソーシャル・イノベーションと呼びます。
ソーシャル・イノベーションを引き起こす上で極めて重要な役割を果たすのがクラスターです。

ソーシャル・イノベーションを成立させるクラスター

 クラスターの元の意味は、果物や花の房のこと。これが転じて、特定のテーマの下に、いくつかの組織や個人が集まって形成される集合体を意味するようになりました。実際には企業やNPO、行政、大学などの研究機関、資金提供機関、中間支援機関などが有機的に相互作用しています。こうした組織の有機的な結びつきによって商取引が起こり、利害関係が発生することが、クラスター形成に重要なのです。
 元々は、シリコンバレーに自然発生した産業集積を米国の経営学者のマイケル・ポーターが「産業クラスター」と表現したのが始まりです。川上から川下まで、原料から商品化や消費までのすべてのプロセスが、一つのエリア内に集積されることでイノベーションが生まれる。これが 産業クラスターの発想です。
 これを受けて日本でも経済産業省が、全国でクラスターを作ろうとしましたが、うまくいきませんでした。なぜなら、本来クラスターは自然発生するものであり、意図的に作り出すことは極めて難しいからです。
 とはいえ、ソーシャルを含むあらゆるイノベーションが生まれる基盤として、クラスターは欠かせません。優れた起業家がいれば、それだけでイノベーションが生まれるというわけではないのです。
 そもそも起業家が引き起こすイノベーションとは論理的に説明できないものです。論理に飛躍があるからこそイノベーションになるわけですが、その飛びっぷりを認めて「おもしろいね」と後押しする人間が身近にいなければ、イノベーションは表面化しません。孤独で不安な起業家をサポートするメンターも必要です。サポーターやメンターとの関係は、バーチャルでは機能しません。だからクラスター、つまり起業家を取り巻くface to faceの人間関係が必要なのです。

  • 出典:谷本寛治編著『ソーシャル・エンタープライズ−社会的企業の台頭』中央経済社

クラスターを育てる

 シリコンバレーでは、クラスターが自然発生しましたが、そのプロセスは解明できていません。だから産業クラスターを意図的に創出することはできない。けれども、ソーシャル・ビジネス・クラスターを育てることは可能ではないかと考えました。ちょうど京都市の担当者からソーシャル・ビジネスの支援をしたいと相談を受けたこともあり、企業の社会化、すなわちビジネスを通じて社会的貢献に取り組む活動を通じて、クラスターを育てる動きに取り組んでみたのです。
 まず、行政、大学などの研究機関、金融機関、中間支援機関に商工会議所や経営者協会、中小企業同友会などで講演を行い、ソーシャル・ビジネスの意義や重要性を説いて回りました。本来クラスターを構成すべきメンバーに対して、その重要性を啓蒙することで、果たすべき役割の自覚を促したのです。同時に企業に対する働きかけにも取り組み、狙いをつけた企業の社会化を支援することで、企業からの波及効果を狙いました。
 行政がソーシャル・ビジネス支援を行うといえば、通常は創業支援を意味します。けれどもクラスターが形成されていなければ、ソーシャル・ビジネスが成り立つはずがありません。だから京都市からの相談に対して、企業の社会化支援を通じたクラスター育成を提案したわけです。この手法が成功し、後にソーシャル・ビジネスの領域で「京都モデル」と呼ばれるようになります。

学生の意識が一変したパタゴニアプロジェクト

 ソーシャル・ビジネスの成功事例として、農薬を一切使わないコットンだけを使った衣料品を販売する会社があります。その会社パタゴニアの創業者であるイヴォン・シュイナードは、ある社会的課題を解決するために、事業のあり方を根底から変えました。インドのコットン畑では大量の農薬が使われていて、農民たちがマスクも付けずに散布しています。そのため彼らの多くが、作業を始めて3年から5年でがんで亡くなっているのです。イヴォンはこうした状況を改善するために、コストは高く付くけれども農薬を使わないコットンに素材を切り替えたのです。
 だからパタゴニアの商品は決して安くありません。たまたま私が同社幹部と知り合いだった縁を生かし、ゼミの学生に「高価なパタゴニア製品を売るためにはどうすべきか」という課題を与え、提案を募りました。初めはマーケティングやデザインなど上辺の話しか出てきませんでしたが、「環境負荷を低減して、環境問題に警鐘を鳴らして、環境問題を解決する」パタゴニアのミッションを理解するようになると、学生たちの意識が変わりました。世界に実在する環境問題を理解し、自分たちの消費活動が環境悪化を助長しかねないリスクに気づくと、パタゴニアの企業姿勢に共感を覚え始めたのです。
 すると学生たちは安価で環境負荷の大きい商品ではなくパタゴニアの商品を身につけたくなります。もちろん彼らに簡単に手が出せる価格ではありません。けれども、アルバイトしたり、リサイクル品を探して何とか手に入れようとする。意識が変わると消費行動が変わるのです。

クラスター成立のカギを握る消費者の存在

 社会的課題を解決する商品、サービスがいくら生まれたとしても、それを購入する消費者がいなければビジネスは成立しません。つまりソーシャル・イノベーションを促すクラスターには、社会志向型消費者の存在が不可欠なのです。単純に安ければそれでよしと考える消費者ばかりでは、児童労働や環境破壊の問題解決はできません。
 パタゴニアの思想を理解することで学生たちの消費行動が変わったように、消費者の意識を変えて、ソーシャル・イノベーションを引き起こすクラスターに取り込むことが必要です。実験的に社会志向型の消費者を育成するために、企業と学生のコラボレーションによる「学生×企業未来共創プログラムRELEASE;」を展開しています。
 社会に積層する課題を放置しておけば、世の中がおかしくなります。だから、私は課題解決につながるソーシャル・ビジネスやソーシャル・イノベーションが起こる原理やプロセスの解明に努めているのです。
 もちろん、研究がそれだけで終わってしまっては何の意味もありません。研究の成果を通じて社会にインパクトを与えること、それにより現状の課題を少しでも解消したい。これが私の強い思いです。

経営学部 ソーシャル・マネジメント学科 大室 悦賀 准教授

1984年 (株)サンフードジャパン
1985年 東京都府中市庁
2007年 一橋大学大学院商学研究科博士後期 課程単位取得
2007年 京都産業大学経営学部専任講師
2008年 京都産業大学経営学部准教授
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