構造生物学研究センター員 総合生命科学部 生命システム学科 教授 嶋本 伸雄

大腸菌が栄養不足になったときに延命するメカニズムの解明を目指す

 ナノバイオロジーの分野において遺伝学を駆使し、長年の謎である、大腸菌が栄養不足になったときに増殖を停止して、延命に好適な状態に分化するメカニズムを研究しています。

1分子ダイナミクスを用いてDNA結合タンパク質がDNA上を滑ることを証明

 私が携わっているナノバイオロジーとは、生物のはたらきを分子でできた非常に小さな“機械”の動きとしてとらえ、その動きや形の変化などを解明する生物学です。ナノバイオロジーは1990年代にナノ操作観察技術の発展に伴って誕生し、1994年に日本が世界に先駆けてプロジェクトチームを発足させ、私もそのメンバーとして参加しました。

 また、20年以上論争が続いていた、DNA結合タンパク質がDNA上を滑ることができるのかという問題も、1分子ダイナミクスを用いてRNAポリメラーがスライディングしていることを証明しました。また、翻訳終結時のリボソームとmRNAの解離順の決定にも成功しました。

 さらにこれらの基礎科学を応用し、細胞内の物質密度を変えて生理的変化を観察するために、ダイヤモンド針の上に生体高分子構造物を作って、細胞内に差し込む技術を開発しています。

多細胞として進化した大腸菌のメカニズムに迫る

 構造生物学研究センターでは、大腸菌が栄養不足になったとき、増殖を停止して延命に好適な状態になるメカニズムを研究しています。動物が栄養不足になると食べ物を探すのに比べ、この機能は非常に洗練されています。研究で明らかになってきた大腸菌の実体は、単純で原始的な体細胞生物ではなく、細胞間のコミュニケーションによって分化や細胞死を制御する多細胞として進化したバクテリアでした。今後さらに大腸菌のメカニズムが解明されれば、さまざまな領域で実用化することができるでしょう。

 今では「次の大きな発明はバイオに関することだ」と言われるほど大きな注目を集めるようになりましたが、実用化されたものはまだそれほど多くないのが実状です。

 その原因のひとつは、サイエンスとエンジニアリングのマッチングの問題があります。研究成果を社会で役立たせるためには、研究活動やその成果を産業界のしかるべき人たちに発信することが大切です。そのためにも人と情報が集まる本センターは、サイエンスとエンジニアリングの橋渡し的な役割を担っていると考えています。

1分子ダイナミクスによる大腸菌 RNAポリメラーゼ分子の軌跡(上)その説明図(下)

イラスト説明

 ポリメラーゼ分子は蛍光標識により顕微鏡で直接観察できるようにしてあります。右側の分子は、熱揺らぎを受けながら流れ(白矢印)とともに移動しています。左側の分子は、平行に揃えられたDNAのある領域で、DNAの方向に滑っています。これがスライディング運動です。DNAの端では、垂直に固定されたDNAの上を滑ってジャンプしています。このようにして、DNA結合タンパク質のDNA上のスライディング運動が証明されました。

用語集

ナノバイオロジー

 ナノバイオロジーは生物現象を分子の動きを追跡して、生物の調節機構を、ミクロ世界の言葉で概念として明らかにすること。

代表論文

  • Kabata, H., Kurosawa, O., Arai, I., Washizu, M., Margarson.S. A., Glass. R. E., Shimamoto, N. Visualization of single molecules of RNA polymerase sliding along DNA. Science (New York, NY), 1993; 262(5139):1561-1563.
  • Susa, M., Kubori, T., Shimamoto, N. A pathway branching in transcription initiation in Escherichia coli.Molecular microbiology. 2006; 59(6):1807-1817.
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