植物オルガネラゲノム研究センター員 (総合生命科学部 生命資源環境学科 教授)
山岸 博

細胞融合で雄性不稔を積極的に創出 有用品種の開発に役立てる

 栽培植物の進化の過程を解明するとともに、花粉を作り出さない「雄性不稔」の特性を人為的に創出して、有用な品種の開発に役立てる研究を進めています。

植物オルガネラゲノム研究センター長 (総合生命科学部 生命資源環境学科 教授) 寺地 徹

栽培ダイコンのルーツ解明で 日本育種学会賞を受賞

■雄性不稔のダイコンの花

 私が続けてきたのはダイコンのミトコンドリアゲノムの研究です。きっかけは1968年、日本で花粉を作らない(雄性不稔)ダイコンが発見されたことにあります。雄性不稔は交雑する花粉親を限定できるため、品種改良に役立つ植物の特性です。縁の遠い系統の間の雑種は生育旺盛になることが多く(雑種強勢)、日本の野菜のほとんどが雑種として品種改良されてきたものです。しかし、当時は雄性不稔のダイコンの有用性は日本では注目されませんでした。
 その一方で、フランスの研究者たちがこの特性を利用しました。雄性不稔のダイコンを生み出したのは細胞質のゲノム(当時はオルガネラゲノムをこう呼んでいました)であり、ミトコンドリアの特定の遺伝子だということを発見するとともに、それを世界的に重要な油料作物の西洋ナタネに苦労して移し込み、花粉のできないナタネを作り出したのです。この成果は特許となり、日本で利用しようとすれば特許料を支払う必要があります。
 私たちが着目したのは、ダイコンの不稔をもたらすミトコンドリアの遺伝子がどこから来たのか、そのルーツを探ることです。研究の結果、野生のダイコン(ハマダイコン)から来ており、そのミトコンドリアには雄性不稔をもたらす遺伝子があるが、核にそれを抑制する遺伝子があるため雄性不稔が発現していないという事実を明らかにしました。栽培ダイコンの核と野生のダイコンのミトコンドリアの遺伝子が組み合わさったときに、雄性不稔の特性が発現するメカニズムの解明です。さらに、日本の野生ダイコンのルーツや世界の栽培ダイコンの多様なルーツも発見しました。これらの業績で平成18年3月に日本育種学会賞を受賞しています。

オルガネラゲノムが持つ特性を 細胞融合でターゲット植物へ導入

■形質転換処理後に培養中のタバコ葉切片

 現在進めている研究テーマは、(1)主にダイコンを対象に、オルガネラゲノム中の雄性不稔遺伝子と、これを抑制する核の遺伝子の変異を追跡し、それらの遺伝子の進化過程を解明すること、(2)細胞融合で雄性不稔を積極的に作り出す方法の開発の2つです。交雑ではなく、細胞融合を利用すれば核とオルガネラの多様な組み合わせができ、得られる特質の幅が一気に広がります。
 平成20年度からは生物系特定産業技術研究支援センターのプロジェクトで「オルガネラゲノム工学による細胞質雄性不稔の開発」の研究を代表者として進めています。対象としている植物はアブラナ科のキャベツとシロイヌナズナです。シロイヌナズナは核、葉緑体、ミトコンドリアそれぞれのゲノム解析が完全に終わっています。片方の素性がはっきり分かっていると、メカニズムの解明がしやすくなります。この両者を細胞融合して雄性不稔をもたらす細胞質を作り出しています。
 植物オルガネラゲノム研究センターでは葉緑体を形質転換した新しいタイプのタバコを作り出しており、その葉緑体を他の植物に移す研究も行っています。例えば世界中の花壇やベランダで栽培されている観賞用植物「ペチュニア」。これにタバコからストレス耐性の遺伝子を入れて、強い光や干ばつでも育つペチュニアを作る試みです。さらに、この技術をナス科の食用作物のナス、トマト、ジャガイモなどに応用する研究も進行中です。

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