植物オルガネラゲノム研究センター長 (総合生命科学部 生命資源環境学科 教授)
寺地 徹

葉緑体の遺伝子組換えを活用 高等植物への新たな価値の付与、
ストレス耐性作物の創出などを目指す

 80年代に初めて、米国の研究者が成功した葉緑体の遺伝子組換え。2000年以降、この研究は世界に広まりました。現在当センターで進めている研究は、この分野で日本の最先端を行くものです。

植物オルガネラゲノム研究センター長 (総合生命科学部 生命資源環境学科 教授) 寺地 徹

植物は“タンパク質生産工場” 有用物質の生産や環境浄化の手段にも

 オルガネラゲノム工学とでも言うべき、葉緑体の遺伝子組換えを駆使して実現を目指しているのは、第一に「植物自体の能力を高める」こと。例えば、乾燥や強光などで植物が受ける酸化ストレスに対する耐性を高められれば、干ばつや強い日差しなどの被害を受けにくい植物を作り出せます。光合成能力が高められれば、早く成長し収量の多い植物を生み出すのに役立ちます。雄性不稔(花粉を作らない)の特性を持たせられれば、効率的な品種改良が可能になります。
 第二は植物に有用物質を作らせること。植物を“タンパク質生産工場”のように利用することで、社会的に需要のあるタンパク質を安価に作らせる試みです。海外では既に組換え植物に由来する抗体や人のアルブミン(血液の中にあるタンパク質)が市販されています。
 第三はファイトレメディエーション(植物を使って環境をきれいにすること)のツールとなる植物を作ること。重金属への耐性や重金属を吸収する能力を高めて、環境中の有害重金属を除去するなどの用途が期待されています。

実験にはモデル植物であるタバコを使用 いずれは穀物への応用も

 私たちが実験に用いているのは高等植物のタバコ。葉緑体ゲノム上のすべての遺伝子情報が明らかになっていることと、組織培養と再分化の系が確立しているためで、葉物野菜のモデルとして、葉緑体の遺伝子組換え体を作出することのルーティン化に成功。それを活用してさまざまな実験を進めています。
 例えば、葉の栄養価を高めるために作ったフェリチンタバコ。フェリチンとは鉄を貯蔵するタンパク質のことで、貧血の治療薬に用いられています。ダイズ(大豆)のフェリチン遺伝子をタバコの葉緑体ゲノムに導入、たくさんのフェリチンを作り出すタバコを作り出しました。葉に含まれる鉄は、従来のタバコの2倍強の含有量で、鉄を余分に与えて育てると3倍くらいまで増やせることが分かりました。面白いことに、鉄をたくさん作り出すフェリチンタバコは鉄に耐性を示し、鉄が多い環境でも正常に成長できるようになりました。
 現在、世界で栄養障害として大きな問題になっているのが貧血。就学前の児童の47%、妊娠中の女性の40%が貧血で、患者の総数は世界で16億2000万人にも登るとみられているだけに、鉄分がふんだんに含まれる葉物野菜の創出は世界の人々の健康増進に寄与するものとみられています。
 また、ストレス耐性が高いタバコの創出にも成功しています。強い光、乾燥、低温、紫外線など自然環境から受けるストレスや、除草剤、化学物質、大気汚染などの人為的要因がもたらすストレスで、光合成の阻害、細胞の損傷、組織の壊死、葉の脱落など、植物の成長の抑制被害が起きるのは、葉緑体の中にできる活性酸素(ROS=Reactive Oxygen Species)によることが分かっています。もともと植物は「複数の酵素の連携によって葉緑体の中でROSを消すシステム」を持っており、葉緑体の遺伝子組換えによりこの能力を強化したのがストレス耐性の高いタバコです。ROSを減らすある酵素の活性を40〜60倍、平均して50倍に高められました。
 ストレス耐性の高い穀物ができれば世界の食糧事情が劇的によくなるため、京都産業大学でもここ2年ほどは穀物に力を入れ、パンコムギを使った実験を進めています。5年で一定のメド。10年である程度の成果が期待されています。

Tobacco chloroplast genome

京都産業大学 植物オルガネラゲノム研究センター

■図はタバコ葉緑体ゲノムのマップです
(GenBank:Z00044)。

 このマップからもわかるように、葉緑体のゲノム上には遺伝子が密に並んでいますので、葉緑体ゲノムへ遺伝子を導入する際は、これら既存の遺伝子の機能を損なわないように行わなければなりません。赤い矢印でしめすような遺伝子間領域を狙って行います。

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