コンピュータ理工学部 インテリジェントシステム学科 上田 博唯 教授
コンピュータ理工学部 インテリジェントシステム学科 平井 重行 准教授

ロボット・IT技術・家が融合! 実際に住める住宅で進められているインテリジェントハウス研究

 いつでも、どこでも、意識しないでITの恩恵にあずかれるユビキタス社会の住環境基盤となるインテリジェントハウス。

 京都産業大学で最先端の研究が進められています。

コンピュータ理工学部 インテリジェントシステム学科 上田 博唯教授・コンピュータ理工学部 インテリジェントシステム学科 平井 重行 准教授

わが国の大学では画期的!住める家でのインテリジェントハウス研究

平井 インテリジェントハウスの直訳は「知的な家」。センサやネットワーク、コンピュータなどの機能を身の回りのモノや環境に埋め込むことがまず根底にあります。そして、いつでも、どこでも、誰でもITの能力を自然に利用できるユビキタス環境を実現するためには、環境自体が知的に振る舞うことが必要です。専門的には「アンビエント(周辺の・環境の)インテリジェンス」と言い、人が何をしているのか、何をしようとしているのかを知り、それに対応する能力のことを言います。我々のインテリジェントハウス「ΞHome(くすぃーほーむ)」はその一つの形と考えており、近い将来の生活についての研究を行っています。

 私は京都産業大学に来る前は企業で様々な研究開発に従事してました。その中でも住環境と生活、ITの融合をテーマとするヒューマンインタフェース関連の研究に重きを置いており、京都産業大学へ来てからも浴室を中心に生活とITの融合研究を進めてきました。そして、コンピュータ理工学部を立ち上げる際、学部の目玉となる研究テーマの一つとして掲げたのが「未来の生活を創造するインテリジェントハウスの研究」であり、実際に人が住める住宅を建築しました。身の回りのあらゆるものにコンピュータやセンサが存在する将来的な環境を踏まえ、人が身の回りの環境とどんな関係を持って生活していくかをリアルな住環境で研究することを日本でももっとやるべきではないかと考えたからです。この種の研究は海外の著名大学や大手企業では既に進められていますが、日本で実際に住宅まで建築して研究しているところは大学では私たちを含めて片手で数えるくらいしかありません。部屋の環境だけ作って研究を行っているところはいくつもありますが。

 そこで、NICT(情報通信研究機構)のユビキタスホーム研究プロジェクトで中心的な役割を果たしておられた上田先生をお招きしました。

上田 私は日立製作所の中央研究所に30年ほど勤め、画像認識やヒューマンインタフェースの研究をして来ましたが、情報通信研究機構けいはんな情報通信融合研究センターから誘われて移籍し、今話にでたユビキタスホームと名付けたプロジェクトを立ち上げたんです。この時に世界中のインテリジェントホームの研究について調べてみましたが、人に住んでもらって試しているような例は無いに等しかったので、我々が構築する研究実験住宅では、実際に普通の家族に長期間住んでもらって実証実験することを研究の大きな柱としました。
 住宅の中にセンサをたくさん取り付けて、今どこで誰が何をしているかが分かる住宅が実現できれば、例えば、風呂から出てきたら冷えたビールが出てきて、テレビには自分の好きな番組が映し出される…といったことが可能になります。しかし、それだけだとテレビが勝手に映し出したり、チャンネルを変えたいときに誰もいない空間に向かって話しかけるなど、生活が味気なく不気味なものとなってしまいます。そこで、ロボットを介在させようと考えました。

 インテリジェントハウスとロボットの融合です。ロボットが家中からセンシングされた情報をすべてネットワーク経由で知ることができ、ネットワークにつながった家電機器を始めとする家中のものを、あたかもロボット自身の体の一部であるかのように制御することができる、それによってロボットの能力は飛躍的に向上します。これも世界で初めてのことでした。

 誰がどこからどこに移動して何をしているかが分る。ロボットは「この時刻にお父さんがお風呂から出てソファに座ったのだから、野球のテレビを点けてビールを出そう」とか「この時刻に書斎に入ったのだから、仕事にふさわしいBGMを流そう」といった判断をすることが可能になります。そしてこの時に、もしお父さんが今日は違った番組が見たいのだとか、違った曲を聴きたいのだとしたら、ロボットと対話することで、それを修正することもできます。また「どうしてテレビを点けたの?」とロボットに理由を聞くこともできます。このようにすれば、先に話したインテリジェントハウスの味気なさや不気味さを払拭することができるだけではなく、ロボットはそこに住む家族の好みや生活習慣を学習していくことまでもが可能となるのです。

 そんな研究プロジェクトが終了したとき、平井先生から「今度は大学でやりたいから来ませんか」とお誘いを受け、二つ返事で移籍しました。

家とロボットが融合!最先端のアンビエントインテリジェンス研究

Phyno(フィノ)
上田 インテリジェントハウスの研究でロボットを組み合わせたものはまだまだ少ないのが実情です。その意味では最先端を行く研究だとも言えます。

平井 人間には住宅そのものを「生活するパートナー」と感じることは難しいですが、ロボットだと目や口があり、人の周りで行動しながら共に生活してくれるので、パートナーだと思ってもらえます。ロボットといえばどうしても二足歩行するロボットを想像しがちですが、要は人の周りで一緒に生活でき、人間のことを理解してくれたり、察知してくれたりして、人間の要求にも応えてくれたりするものだと考えれば、単体で稼働する必要性はありません。個体のロボットであると同時に、家中に張り巡らされたセンサがロボットの体の一部であり感覚機能の一部。家がロボットの目や耳を兼ねる形です。

上田 確かに世間には「ロボットは歩き回らないといけない」という固定観念があります。人間らしく歩くとみんな拍手喝采します。しかし本当に家の中で役立つロボットとは何だろうと考えると、そうである必要はありません。大きなロボットは邪魔になるだけ。家の中のどこに置いても邪魔にならない化粧品のビン程度の大きさでかわいいロボットにしようと考えました。イメージは座敷わらし。普段はどこにいるのか分からないけれど、「用事があるよ」と言ったときには目の前に登場してくれるかわいいロボット。そんなロボットが家中にいるようにしようと。そうして開発したのがPhyno(フィノ)です。

生活を見守り、支援し、楽しむ 3つの機能が融合した住環境づくり

インテリジェントハウス

平井 かつて、IT住宅は家電や環境を自動的に制御するホームオートメーションの研究が中心でした。最近では機能豊富な家電や住宅設備の複雑さ解消を含め、より人に馴染む住環境という観点でユーザインタフェース関係の研究が重要となっています。
 今、このリアルに住める研究用住宅で私たちが目指しているのは「生活を見守る仕掛け」「生活を支援する仕掛け」「生活を楽しむ仕掛け」の3つが融合した住環境づくりです。 生活を見守る仕掛(セキュリティ・セーフティ&ケア)とは、安心・安全や健康管理のための仕掛けです。浴室や寝室、家具などにセンサを埋め込み、例えば、風呂に入るだけで心拍数や呼吸数、浴槽への出入りが分かるようにするなどです。
 生活を支援する仕掛(サポート&ケア)とは、健康管理、買い物支援、調理支援、スケジュール管理支援、忘れ物確認支援などのための仕掛け。生活を楽しむ仕掛け(エンタテインメント&ファン)とは、アートやエンタテインメントの要素をふんだんに使った生活環境づくりのための仕掛けです。

上田 私がロボットを使って実現したいテーマは、人生に寄り添ってくれるロボットの開発です。一緒に暮らすうちに、その間のことを全てロボットが覚えておいて、常に気の利いた、気配りのあるサポートをしてくれる存在になるということです。またその人がやがて年をとって自分が自分のことをうまく説明できないようになったようなときには、自分の代弁者となって周りのひとと話をしてくれるようになるでしょう。このようなことを実現するためには、ロボットが人間のことをどこまで理解できるようになるかということが大きな研究テーマとなります。
 ところで、このように話していると、「将来ロボットがもっと賢く便利になったら、介護は全てロボットがやってくれるようになりますか」とよく聞かれます。しかし、私はそんなことは絶対にないと思います。高齢化社会になって若い人の割合がどんどん減りますから、その部分をロボットでカバーする必要が出てきますが、介護の主体はあくまでも人間であり、ロボットはあくまでも人と人の間を取り持つための存在です。
 このように考えてくると、暖みのあるロボットの開発が理想の姿であると思っています。学生さん達にも研究を通じて人間とは何か、暖さとは何かというようなことをしっかりと考えることができる人に育って欲しいと思っています。

平井 私の個人的な興味で言えば、前述した3つの機能のうち「生活を楽しむ仕掛け」に最も関心があります。家自体が「楽しめる場所」となるような研究ですね。家は生活する場所ではありますが、同時に楽しめる場所にできればいいなと。現在の研究の“裏プロジェクト”として「家楽器プロジェクト」を進めています。生活していることが音楽や音につながる楽しい住環境です。寝ている、料理している、テレビを見ている…そうした日常生活行動が生活リズムを刻み、それが音色や音階などに反映されて音楽表現するエンタテインメント的な要素を持つものです。「平日の音楽」と「土日の音楽」の違いを楽しむこともできるほか、早送りで聴くことで自分の生活を顧みて生活パターンの変化などに音で気付いたりする実用的な側面も持っています。

上田 部屋に入ってきたら音楽が流れるとかの仕掛けも楽しいですね。家が自分に何かしてくれるわけで、例えば「あ、今日は自分の誕生日だからこの音楽を流してくれたんだ」と気付くことがうれしさ、楽しさにつながりエンタテインメントとなります。気付かないときはロボットの出番。「なぜこの音楽が流れるの」と聞けば、理由を教えてもらえるとか。こうしたことの積み重ねが家そのものへの愛着を育み、「この家、好きやねん」という気持ちになれます。

平井 ドラえもんに出てくる道具に「ムードもりあげ楽団」というものがあります。小さいロボット楽団が、ムードを盛り上げたり、ジャイアンが来たらおどろおどろしい音楽を流したり…。日常生活の状況をコンピュータが察知してそれに合わせた音楽を流す仕掛けはまさにそれですね。

技術革新が可能にした「どこでもディスプレイ」で「家」が「住む人」と対話する

平井 ΞHomeを構成する上で大きな位置付けとなっているのは「どこでもディスプレイ」です。有機ELやプラズマディスプレイ、電子ペーパー、超プロジェクターなどのディスプレイデバイスや、無線による通信・送電技術などを組み合わせ、天井、壁、床…家中どこでもディスプレイにできるというコンセプトです。今はそれなりのサイズのプロジェクターやディスプレイパネルを埋め込んでいますが、将来的にごく普通の技術として使われているでしょう。
 テーブルの表面がディスプレイになる「テーブルトップディスプレイ」「キッチントップディスプレイ」、洗面化粧台の「鏡ディスプレイ」、玄関ホールは「床ディスプレイ」など、あらゆる生活シーンで家が住む人と対話します。
 壁ディスプレイを用いた実寸大本棚(間取り図:リビング参照)と電子書籍の表示は、昨今の書籍のデジタル化の動きによって、実際の本棚が本来持っていた役割・価値を電子的に実現するという意義を持っています。キッチントップ(間取り図:キッチン参照)に「魚を三枚におろす手順」などのレシピを表示、リビングのテーブルには暮らしの「困った」を解決する情報を表示すれば生活支援の仕組みとして役立ちます。例えば、携帯電話の電話帳の設定の仕方が分からなくなったときに、その画面をロボットPhynoに見せると、壁ディスプレイにマニュアルの該当ページが表示されるとか。

上田 天井に貼られた模様(間取り図:リビング参照)は、奈良先端科学技術大学院大学の先生から提供してもらったユニークな技術なんですよ。あの模様は実は2次元バーコードのようなものになっていて、眼鏡の縁などに取り付けた超小型カメラで認識することで、その人の位置と顔の向きがわかります。この仕組みと「どこでもディスプレイ」を組み合わせると、来客があったときに、家の中のどこにいても、玄関のロボットのカメラで撮影された来客の顔を、自分の顔が向いている方向の壁に映し出してくれるというようなことが可能となります。 平井 インターネット経由で家同士が通信することも可能です。遠隔地に住んでいる高齢者と生活感覚を共有したり、普段どおり生活しているのか、何か異変はないかとチェックすることもできます。もっとも、最近の住宅研究のトレンドはエネルギー分野でして、電気や熱のエネルギーおよび需要情報などをいかにITを活用して伝え、制御するかという話です。エネルギーのネットワークですね。そこに生活情報のネットワークを重ねて家同士でやり取りすれば、人としてもエネルギーとしてもより優しい環境ができると考えられます。

上田 ΞHomeではどの部屋でどれだけの電気を使っているかということや、ガスや水道の流量を時々刻々計測することができるセンサーを使うことも考えています。これらを今、平井先生から話があった技術と組み合わせることで、生活者の行動をより詳しく推測したり、エネルギーの節約をより綿密に行ったりすることも可能となります。

平井 既にスマートメーターとして計測機器も販売されていますね。価格が高いのでまだあまり普及していませんが。

上田 他には脳波を計測することも計画しています。風呂上がりのリラックスした状態でテレビを見ているときの脳波はどんなだろうとか、台所で料理をしていて「しまった!」と思ったとき、あるいは「おいしそうな料理になってきたぞ」という気持ちのときの脳波はどうかとか、どのような研究成果が得られるか今からワクワクしています。

平井 ソファの中にセンサを埋め込んで、体の血流から心理状態を読み取る技術なんかも研究することが考えられますね。以前勤めていた企業では、風呂につかるだけで心拍数が計れる装置に関わっていたことがあります。この技術を使って心拍の状態から心理状態を察知することも考えられます。生理情報とどこで何をしていたか、などの情報を融合すると心理分析に活用できます。センサの情報は単体で使っても大したことはできませんが、いくつかの情報を融合して用いることで、応用範囲が飛躍的に広がります。

コンピュータ理工学部 インテリジェントシステム学科 上田 博唯教授・コンピュータ理工学部 インテリジェントシステム学科 平井 重行 准教授

インテリジェントハウスは常に学び、成長する家

平井 インテリジェントハウスでは家、つまりコンピュータ自体が学習し成長していきます。生活のさまざまなシーン、例えば人が扉を開けようとする行動(ノブに触れて回し、押すとか引くとか)などから、誰がいつどんな行為をしたかの情報を蓄積、その人の生活パターンを学んでいきます。
 以前から、風呂で人が「何を使ったか」から「何をしたか」を知って学習していく仕組みを研究しています。体を洗っている、頭髪を洗っているなど、8〜9割は正解できるレベルに達しています。
 そうした技術をどう使うか。いかにすれば、それが人間にとって心地よくまた面白く感じる形で人間に返せるかも検討課題です。

上田 やはり、人の役に立つということが大切ですね。例えば頭を洗って、湯船で温まって、出てきたらまた洗おうとしてしまう、僕はよくこんなことしてしまいますが(笑)、そんなときに優しく教えてくれるとか、料理の場面で言えば「そこで醤油を入れたら、まだ早過ぎます」とか言ってもらえるとうれしいですね。これは些細な例ですが、そういうことの積み重ねは「家」と「住んでいる人」が馴染みあう仕組みであるとも言えます。そして、そういうことを通じて人は、自分のことをよく知ってくれているその家に、より愛着を感じるようになるだろうと思います。

インテリジェントハウス

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実験環境の変更が自由自在 企業との共同研究も歓迎します

上田 この研究住宅は2010年の夏に実験施設としてスタートしましたが、これが完成形というわけではありません。研究テーマの進展に合わせて新しいセンサを設置したり、環境を変えたりできるように、天井裏、床下、そして壁の外側に自由に行き来できるような構造になっています。

平井 拡張性、融通性が高く、研究用住宅として「成長し続ける家」です。企業から共同研究の申し入れがあったときなども、それに合わせた実験環境がすぐに作れます。リアルに住んで実験できる環境ですので、企業の研究にも活用してほしいですね。企業が研究開発中の機器をこの実験施設でテストすることだって可能です。
 私が特に関心を持っている生活を楽しむ仕掛けの話で共同研究できれば嬉しいですが、そもそもセンサやコンピュータの機能が埋め込まれた家というプラットフォームの整備がまずは大事です。そのためには、電機メーカーなど従来のIT系企業はもちろん、建材や施工も含めた建築業界や家具・日用品などの業界とも一緒に研究を進めていきたいと思っています。

上田 やりたいことは山ほどありますが、研究するためのスタッフが追い付いていないのが実情です。企業の方や他大学の方に共同研究に加わってもらえるなら大歓迎です。

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