総合生命科学部 動物生命医科学科 高桑 弘樹 准教授(鳥インフルエンザ研究センター兼務所員)

強毒性ウイルス実験が可能なBSL3研究施設を整備!
強毒型新型インフルエンザの脅威に備える

 2009年、世界を震撼させた新型インフルエンザの大流行。幸い毒性が高くありませんでしたが、強毒性新型インフルエンザの脅威は消えたわけではありません。対策に直結する最先端研究が学内で進められています。

総合生命科学部 動物生命医科学科 高桑 弘樹 准教授

鳥インフルエンザウイルスが他動物にも感染するメカニズムを探る

「産業動物」を扱うBSL(バイオ・セーフティー・レベル)3
の研究施設(一部)

 私の専門は動物感染症学。現在研究中のテーマは「インフルエンザウイルスの宿主域の解析」で、鳥インフルエンザウイルスを主なターゲットに、本来は鳥のインフルエンザウイルスだったものが、他の動物や人間にも感染するように変異するメカニズムの研究です。

 インフルエンザウイルスは構成するHA(ヘマグルチニン、赤血球凝集素)とNA(ノイラミニダーゼ)の性質の違いによって亜型に分類、HAは1〜16、NAは1〜9まであります。

 2009年に人の間で流行して世界的な問題になったのは、ブタ経由のH1N1のタイプでした。これまで人間の間でパンデミック(感染爆発)を引き起こしたのは、H16までのうちH1(スペイン風邪)、H2(アジア風邪)、H3(ホンコン風邪)の3つだけ。最近はH1とH3が流行していました。幸い、ブタ経由のH1N1タイプは強毒性ではありませんでしたが、タイプとしては90年前にパンデミックを起こして4000万人もの命を奪ったスペイン風邪とほぼ同じものです。

 インフルエンザウイルスの自然宿主はカモやハクチョウなどの野生水禽(すいきん)。本来、鳥インフルエンザウイルスは鳥の間では流行しても、人間の間では感染しないものです。高病原性鳥インフルエンザとは鳥に対する病原性が高いという意味であり、人の体内に入るとどうなるかは不明なのが実情です。しかし、実際に東南アジアやアフリカで鳥インフルエンザにかかって300人を超す人が死亡している例があります。それは鳥から高濃度でウイルスが入ってきたような場合で、人から人へ感染したものでありません。

 鳥インフルエンザが他の動物や人、人から人へ感染するようになるのはウイルスが「他の動物や人間に感染できるように変異」したためで、そのメカニズムを遺伝子レベルまで明らかにするのが、私の研究の狙いです。

 現在、鳥の間で流行している鳥インフルエンザはH5N1のタイプ。鳥に対して強毒性を示しているため、もしこれが新型インフルエンザとなって人間の間でパンデミックを起こすと甚大な被害をもたらすのではないかと警戒されています。私の研究はその対策にも通じるものです。

琵琶湖やベトナムで水鳥の感染を調査BSL3の実験環境を活用して感染実験

 具体的な研究手法は、まず水鳥のフンから取り出した鳥インフルエンザウイルスの感染状態の観察です。京都は近くに琵琶湖があり、冬期はシベリアなどからたくさんの渡り鳥が渡ってきます。そのフンを採集してウイルスの感染状態を調べています。

 さらに、ベトナムなど東南アジアへ出かけて鳥インフルエンザウイルスのサンプリングを重ねています。日本ではカモなどを盛んに食べる文化がありませんが、東南アジアではそれが一般的で、ブタやニワトリ・アヒルを同時に飼っている環境もたくさんあります。そこへ渡り鳥などがウイルスを運び込み、ニワトリやアヒルに移します。ブタは人のウイルスにも感染しますので、ブタの中で鳥インフルエンザウイルスが人に感染するウイルスに変化する可能性もあります。

 サンプリングした鳥インフルエンザウイルスは研究室で詳しく分析するほか、鳥インフルエンザウイルスを他の動物に感染させるなどして「変異」のメカニズムを探ります。

 現在、世界的に注目されているH5タイプはもともとカモのインフルエンザウイルスで、簡単にはニワトリに感染しないものです。何度もニワトリに感染させるなどしているうちに変異を起こして簡単に感染できるウイルスになることがあります。そうした実験を通じて、亜型ごとにニワトリへの感染性を獲得するにはどういった変異が必要なのかを遺伝子レベルで研究しています。いずれはマウスなどのほ乳類で実験することも視野に、鳥類からほ乳類へ感染するようになる変異のメカニズムの解明も狙っています。

 これら一連の実験に威力を発揮するのが、このほど導入したBSL(バイオ・セーフティー・レベル)3の研究施設。インフルエンザウイルスで最も病原性の高いものはBSL3の施設内でないと研究できないからです。

 マウスレベルの小動物を扱えるBSL3の施設はよくありますが、ニワトリやアヒル等の「産業動物」を扱える施設は農林水産省の指定を受ける必要があり、現在では極めて少なく、本学の施設では事実上、ブタに次ぐ大きさの実験動物が扱える実験環境が整っています。

強毒型新型インフルエンザ発生を察知 先回りしたワクチン開発も夢ではない

インフルエンザウィルスの宿主と血清型

 人の遺伝子はとても長いのですが、ウイルスの遺伝子の長さは人の数万分の一から数十万分の一ほど。小さくて構造も極めてシンプルな生物。そんな生物がきちんと存在して、他の生物に感染、増殖し、かつ病気を引き起こしたりします。シンプルな生物だけに、人間のような複雑な生命では不可能な学問的探究ができるのが醍醐味。私の研究の原動力はここにあります。

 現在、私が進めている研究の成果は、人間への強毒性インフルエンザウイルスが出現しそうな状況をより早く察知して警告を発したり、先回りしてワクチンを作り出したりすることに応用できる可能性があります。

 また、鳥インフルエンザの遺伝子のどこが変われば人に感染するようになるのか。そのメカニズムが分かると、そこから鳥と人間の違いを説明する学問的知見が得られます。

 将来的には、特定の機能をウイルスに担わせて人間の体内へ入れる研究に役立つと考えています。遺伝子配列を人工的に操作して「病気を発症するのではなく、目的の機能を発現してくれるウイルス」を作ること。例えば、感染すれば「背が伸びるウイルス」や、「ダイエットできるウイルス」なども理論上は可能。もちろん倫理的な問題などクリアすべき課題は数多くありますが、基本的な技術は既に遺伝子治療の現場で使われています。

 産学連携面では、消毒薬や抗ウイルス性の生地などを企業が開発した際にその有効性を確認する試みに着手しており、今後はインフルエンザに限定せず、抗ウイルス性製品全般の共同開発なども手がけていきたいと思っています。

 研究自体は基本的に個人的なものですが、感染実験などは何人かのチームでやる必要があります。そこで生きてくるのがチームワーク。私の研究室では、ラボ全体のチームワークを大切にして研究を進めることをモットーにしています。

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