理学部 物理科学科 河北 秀世 教授

天体望遠鏡設備の充実・発展は、宇宙の謎を解くばかりでなく、
科学技術全般への幅広い応用をもたらす

子どものころ、星空を見上げて宇宙のロマンに惹かれ、
興味が増して天体望遠鏡に触れるようになった人は数多い。
宇宙を解明する試みそれ自体は科学の永遠の憧れであり、
天体観測に必要な技術の進化は、
さまざまな恩恵を科学技術全般にもたらす。
新設された京都産業大学の天文台とそのスタッフが、
その中心を担う日は近い。

理学部 物理科学科 河北 秀世 教授

知識と技術を駆使して作った「本学の天文台」で、宇宙の研究を思う存分できるようになります。

 天文台というのは、宇宙を観測する施設のことです。しかし、様々な天体を精密に観測し、宇宙の謎を解き明かすためには、実に様々な技術が必要なのです。

 世の中には「精密さ・厳密さ」を必要とする技術や機器は数多くありますが、そのなかで望遠鏡というのは、最上位にランクされるほどの「精密さ」が要求されます。例えば、「観測したい星に望遠鏡を向ける」という行為ひとつとっても、3000分の1度というレベルで約12トンもある望遠鏡を動かす必要があり、また、光を集めるために使われる1.3m直径の凹面鏡の加工精度は、ミクロン単位以下です(たとえば、京都盆地に対して1ミリメートル以下の凹凸しか許されない程度)。更に、本学天文台には星から届くわずかな光にも反応する超高精度な天文用デジタル・カメラなども装備する予定になっています。

 こうした精度を達成するための設計・施工の技術や知識は、科学技術のあらゆる場面で役に立っています。そう、天文台というのは、いわば「現代技術の集大成」のようなもの。このような存在である天文台が、わが京都産業大学に誕生します。

 国家レベルの機関(国立天文台など)がもつ望遠鏡、たとえばハワイの「すばる望遠鏡(鏡の直径8m)」などと比べると本学の望遠鏡は、光を集める鏡の直径などハードウエア的な部分ではどうしても見劣ってしまいます。非常に暗い星を観測するといった望遠鏡の鏡の直径に依拠することについては、大望遠鏡に敵いません。しかし、望遠鏡の精密さや、星からの光を分析する装置の能力では、けっして劣っていません。そして、高い技術を持った優秀なスタッフの存在こそが、こうした研究・技術レベルを長年にわたって維持するために最も重要なことです。たとえば、現在、天文台準備室に在籍している池田准教授(理学部と兼任)は、星の光を様々な色の光(スペクトル)に分解する分光器という装置の、「心臓部」とも言える部品の小型化技術を持っており、これを応用すると分光器の性能を維持しながら通常の10分の1ぐらいの大きさで設計が可能となります。小型化によって大幅なコスト削減が可能であり(逆に、同じサイズなら大幅な性能アップが可能)、民生用にも応用が効くものです。実際、池田准教授の技術は世界中から注目されています。そうした意味で、世界に通用する自信と誇りをもって、本学の神山天文台はデビューするといっても過言ではありません。

彗星を調べることで46億年前の太陽系誕生の瞬間のことがわかるようになります。

  私個人の天文学的研究の中心にあるのは「彗星」です。「彗星」(あるいは「ほうき星」)というのは、ご存知のように、尾を引いて空を駆ける、不思議な天体です(流れ星と混同されることがありますが、別モノです)。彗星は、太陽系が誕生したとされる46億年前から存在するもので、塵と氷が混ざった直径10キロメートルぐらいの大きさの天体です。太陽系誕生時の情報がぎっしり詰まっているこの彗星を調べることで、太陽系が誕生したときの環境などが解き明かされていくのです。

 では、実際に、彗星の何をどのようにして調べているかをご紹介しましょう。彗星に限らず、天体を遠く離れた地上から観測する私たちの手がかりになるものは、天体からの「光」です。その光を精密に分析するためには、できるだけ明るい光であるに越したことはありません。そこで、彗星が太陽に近づいて明るくなるときを狙うのです。このとき、太陽の熱により彗星の氷の一部が融け、ガスとなります。この状態が、いわゆる「ほうき星」と呼ばれる長く尾を引いた姿に見えるのです。このガスの中には、水、アンモニア、メタンなどのガス成分が認められるのですが、このガスの中で地球上にも存在するものを観測しようとすると、地球の空気中に含まれるガスが彗星からの光を吸収してしまい、観測が困難になります。水などはその典型といえましょう。私はアンモニア分子に着目していたのですが、これも地上から精密な観測を行うことが困難な分子でした。そこで着目したのが、アンモニア分子(NH3)から分解される窒素化合物です。アンモニア分子が太陽の紫外線で壊れると、NH2という分子ができます。これはアンモニア分子に比べずっと明るく発光し、それゆえ観測しやすい分子なのです。このNH2分子にはオルソとパラという、水素の向き(厳密には原子核スピンと言います)が異なる2種類が存在するのですが、その存在比率を割り出すことでアンモニア分子が生成されたときの温度がわかるのです。観測の結果、彗星が誕生したときの温度はおよそマイナス240度という超低温だったことが判明しました。こうした観測・分析を続けていくことで、太陽系のもととなった物質が、どのような環境で作られたのかを明らかにしたいと考えています。

 実は、彗星の光を地上から分析する方法に加え、すでに、彗星の近くまで探査機を送り込んで分析したり(Giotto計画など)、彗星の塵をじかに地球に持ち帰って分析したり(StarDust計画)する研究が行われてきており、将来的には、直接、彗星に着陸して分析を行うROSETTA計画なども進行中です。こうした大規模な彗星探査計画とともに、地球上からの観測を行っていくことで、今後、ますます彗星に関する知識は増えるものと思われます。

神山天文台概観

産業界と研究部門がひとつになってこそ知識と技術が向上していくでしょう。

 天体の観測というのは、弱い光をキャッチし、それを記録し、画像を解析してそこから何かを導きだすという学問・研究です。つまり、いかにして微弱な「光」を集めて分析するか、ということに集約されます。この「微弱光」を分析する技術というのは、天文学にとどまらず、現代社会のさまざまな場面で必要とされています。

 身近なところでは、デジタル.カメラの受光素子(CCD)の研究・開発などに適用されてきましたし、また医療機器、バイオ・テクノロジー分野における計測機器なども、光を解析するための高い性能が求められます。天文台では産業界に散在する様々な技術を集約して、時には自分たちで必要な技術を開発して、天体からの光を分析する装置を作りだしてゆきます。一方、私たちが持つ「微弱光」の測定技術、画像処理技術、様々なノウハウといったものを、産業界に提供することも可能だと考えています。我々は大量生産の技術は持っていないわけですが、理論検証モデル、試作機などの「一品モノ」の開発(コンサルティング、設計を含む)という点では、産業界・企業等にご提供できるモノがあると考えています。こうした活動は、天文台職員の技術力維持・向上にもつながりますので、一挙両得でもあるわけです。

 繰り返しになりますが、本学の天文台が産業界という実社会の一部として機能する(そして社会に役立つ人材を輩出する)ことこそが、「京都産業大学」という「産業」の二文字を冠した本学にとって、たいへん喜ばしいことではないでしょうか。

 私自身、学生時代から天文学を研究していたわけではなく、サラリーマンをしながら公共の公開型天文台を利用して、研究をさせていただいてきました。このような素晴らしい施設は「利用してこそ」なのは言うまでもありません。京都産業大学の天文台は、学生はもちろん、一般の方の利用も可能ですので、ぜひ足をお運びください。私たちといっしょに宇宙の観測に乗り出してくれる方が増えることを願ってやみません。

主鏡口径1.3mの反射式光学系望遠鏡と直径10mの天体観測ドーム

■主鏡口径1.3mの反射式光学系望遠鏡と直径10mの天体観測ドーム

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