コンピュータ理工学部 インテリジェントシステム学科 上田 博唯 教授

知的システムと人間との共生、そのキーテクノロジーとなる対話ロボット

ロボットと人間との共生という最新であり人類の未来にとって重要な研究課題
知的なシステムとは何なのか、人間の知性や感性はどうなっているのか、
知的なシステムを人間はどう認知するのかということを
ロボット制御技術を駆使してプロトタイプを試作し
実際にひとに体験して評価してもらうという実践的な方法によって
解明していく胸がわくわくするチャレンジ。

コンピュータ理工学部 インテリジェントシステム学科 上田 博唯 教授

人間の知性とは?機械の知性とは?

 近年、コンピュータやロボットが、ますます知的な振る舞いをすることが可能となってきて、それらが人間とどのように共生して行くのが望ましい姿であるのかということが新しい研究課題として注目されています。ロボットというと鉄腕アトムやドラえもんを思い描く人が多いと思います。いつかは「人間並みに高度な知性を持って人間と共に生きる」きっとそんな時代が来る筈で、その最も望ましい未来の姿の実現に向けて、我々は着実に技術を磨いて行く必要があります。

 知性を持った機械を実現する技術のことを人工知能(AI: Artificial Intelligence)と言います。時代を遡ってみると、AIの実用化は工場の自動化(FA: Factory Automation)から始まりました。過酷な労働から人間を解放する工業生産用のロボットです。そして、オフィス・オートメーション(OA: Office Automation)、さらにはホーム・オートメーション(HA: Home Automation)へと展開してきました。私は、このFAからHAに至る3つの段階を企業の研究者として経験してきたのですが、そんな中で気付いたことがあります。それは冷たい知性と温かい知性という考え方です。

 FAは工場を無人化することを理想としていました。工業用ロボット達には、間違いを限りなくゼロにして、人間の手を借りることなく働くことが求められました。ところがOAになって、少し事情が変わってきました。OAで使われるコンピュータは、主役である人間の手助けをして働くものです。どういう使い方をした時にコンピュータは間違えるのか、また間違った結果をどうやったら上手に回復できるのかということが人間にわからないと、人間にとっては足手まといになるだけで、決して信頼して使って貰うことができないのです。

 AI技術のOA分野への応用を進め始めたときに、私は「人間らしい間違い方」ということが、これからは重要になると気付いたのでした。これまでのAI研究が目指してきたものが、完全無欠な冷たい知性であったのに対し、これからのAI研究は、もっと人間的であることを目指さないといけないということなのです。この考えを推し進めると、思い遣りや気配り、聞き上手、話し上手というような面をも重視した温かい知性というようなものを目指して行くことが必要で、そういうことに取り組むためには、人間の知性や感性について、そして、知的なシステムを人間はどう認知するのかということなどについて解明して行くことも、とても重要になってきます。

  • 上田 博唯 教授
  • 上田 博唯 教授

知的なシステムと人間そして音声対話ロボット

 時代が進み、今はもうOAやHAという言葉も死語になりつつありますが、最近のロボット技術の進展はすさまじく、家庭用ロボットが実用化される日も近いと思われます。私の数年前のプロジェクトでも、家の中に設置したセンサや家電製品をネットワークで結ぶことで、その家の中で生活している家族の状況を把握して、自動的に気の利いた知的なサービスを提供することができ、また同時に人間がロボットと対話するだけで、家中のシステムを自由に使いこなすこともできるという仕組みについて研究開発してきました。

 既に洗濯機やエアコン、ビデオ録画システムを始めとする家庭内の製品には、何個ものコンピュータが組み込まれ、驚くほどの知的な機能が搭載されています。でも、この賢い家電品って、実は意外と使いにくかったりしますね。私はその理由として、過去のFAの時と同じようなパラダイムを、知らず知らずのうちに開発者が引き摺ってきたからではないかと思っています。

 先に述べた温かい知性、人間らしい間違い方という話を、子供にお使いを頼む時のことを例にして、もう少し説明しましょう。みかんを買いにやらせたら、持たせたお金を全部使い切ってしまったというようなことが起きます。そんな経験を積みつつ、親は「買いすぎはよくないということを子供が判断できなかった理由」を聞いてあげて、次回からの頼み方を変えて行き、子供は「その判断の仕方」をちゃんと聞いて新しく覚えていきます。このようなやりとりを人間との間で自然にできて、お互いがわかりあえる。これが知的なシステムと人間との付き合い方の一つの理想的な形だと考えることができます。

 それでは、そのような理想形をどのようにして実現するのか、それは従来型の知的システムと人間との間に、もう一つの知的な存在である音声対話ロボットを介在させることで、温かい知性を実現して、自然なやりとりでお互いがわかりあえるようにするという方式ではないかと私は考えています(図1参照)。

図1 知的システムと人間の共生とは?

図1 知的システムと人間の共生とは?

地に足のついた実践的な研究と先を見据えた研究課題の設定

 本研究室では、このような温かい知性を実現するためのキーテクノロジーとなる音声対話ロボットに重点を置いて研究を進めています。聞き上手・話し上手の要素は何であるのかということを知るために、落語における話の間(ま)の取りかたや身のこなし方から学ぶことや、アニメーション映画の中での感情表現や人を引きつけるシナリオ作りを学ぶことから始め、そうして得られた知見に基づいて、実際に音声対話ロボットの動作を設計し、制御プログラムを試作しています。試作した結果は、第三者による印象評価実験などを行うことによって、我々の研究の仮説は正しかったか、そして我々の技術が本当に世の中のニーズに合っているのかということも確認します(図2参照)。

 最近の研究の中から興味深い結果をいくつか紹介しましょう。1つ目は自動販売機で飲み物や切符を買う時、あるいはATMを使う時などに、細かい字を読んでボタンを探して押すというようなことをしなくてもいいようにできる対話ロボットの応用例です。今の音声認識技術は未熟ですから、ときどき聞き間違えます。致命的な間違いを避けるためには「○○ですね?」と聞き直して確認する必要があります。この時に対話ロボットが少し首を傾げながら尋ねるようにしたものと、そうしないものを試作して、この両者を比較する印象評価実験をしました。その結果、ほんのわずか首を傾げるだけで、対話するひとに与える印象には大きな差が生じ、少しくらいの聞き取り間違いがあっても、そんなに嫌われずに使ってもらえる可能性があるということがわかりました。

 ゲームに熱中している人達に「少し休憩したら?」と(3段階にしぐさの大きさを変えて)呼び掛けるということをするロボットの実験からは、控え目なしぐさにも敏感な人と、大袈裟なしぐさにして初めて印象が変化する人がいること、ロボットのしぐさをどんどん大きくしていくと、それまではよかったはずの印象が逆に悪くなるという、いわゆる「過ぎたるは及ばざるがごとし」という現象が観測されることなどがわかりました。

 対話ロボットが小噺を演じるプログラムも試作しました。落語の知識がない学生が試作した演技と、落語の素養のある人が修正を加えた演技の2つを用いた実験を行い、しぐさや間の取りかたで聞き手側の印象がかなり大きく変化することが確認され、さらに好みや感受性は人によって大きく異なること、その違いはエゴグラムという心理テストで分類される性格の型と関係していそうであるということなどがわかってきました(図3参照)。将来的には、対話を進めながら、相手の反応をみることで、そのひとの性格などの推定を行いつつ、そのひとに合わせた話し方に変化させること(適応型対話システムの実現)なども可能になると考えています。

 本研究の今後の計画では、人間と対話ロボットを1:1の関係としてとらえる従来型の研究ではなく、複数の人間の架け橋になるような状況での利用を積極的に考え、心理学・社会学などいろいろな分野の人とも協力して、研究テーマを展開して行きたいと考えています。システムの知性と人間の知性の仲介役となり、より柔軟に個人個人に適応することができ、さらには人と人をつなぐことができる対話ロボットは、ホームエレクトロニクス分野、生活タスク支援システム、福祉関連システム、など幅ひろい用途への応用が期待されます。

  • 図2 印象評価実験で得られた結果の一例

    図2 印象評価実験で得られた結果の一例
  • 図3 個人の性格による印象の変化の違いの例

    図3 個人の性格による印象の変化の違いの例
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