総合生命科学部 生命システム学科 山岸 博 教授

ミトコンドリア遺伝子の研究によって作物の起源を突き止め21世紀の食料問題や環境保全などに役立つ新たな作物を作り出す。

現在、先生が取り組んでおられる研究の概要についてお教えいただけますか。

総合生命科学部 生命システム学科 山岸 博 教授

 現在の研究内容は二つに大別できます。一つは作物の起源を探ること、もう一つは社会が新たに必要とする作物を作り出すことです。生物の祖先はミトコンドリアの遺伝子で調べることができます。ミトコンドリアは細胞質内にあり、母親を通じてのみ子へ伝えられます。約20万年前にアフリカで生きていた女性が現世人類の祖先であると推定され、ミトコンドリア・イブと名付けられました。これは数多くの人種についてミトコンドリアDNAの解析を行った結果から得た情報です。作物も同じ手法でルーツを突き止めることができます。このようにして祖先を探り出すことができれば、新しい作物を生み出す時に、どの遺伝子に着目すれば良いかも確定できるわけです。それから、品種改良において非常に重要な「雄性不稔」の遺伝子もミトコンドリアにあり、これもDNAを分子遺伝学的に調べれば、確認できます。「雄性不稔」を平易に言えば、子どもをできなくする遺伝子です。花粉を出す雄しべがない。つまり、種子ができれば、必ず雑種になるわけです。遺伝的に距離の離れたものほど元気な子孫が生まれるのは動物も植物も同様です。だから、優れた品種を生み出すために、この遺伝子が世界的に重視されるのです。では「雄性不稔」はどのダイコンにあるのか。これを見極めるために、私たちは内外のダイコン栽培種及び野生種についてミトコンドリアゲノムの大規模な調査を実施しました。その過程で一例をあげれば、“小瀬菜”ダイコンが「雄性不稔」個体を高い割合で含むことを発見したのです。“小瀬菜”は宮城県などで古くから栽培されてきた品種で、根でなく、葉を利用する地域独特のダイコンです。また、“小瀬菜”の細胞質の特性が野生のハマダイコンと完全に一致するところから、“小瀬菜”の起源がハマダイコンであることも判明しました。

作物は社会の根幹に関わるテーマですが、今後の研究課題についてお聞かせください。

 今後の研究目的の一つは、ミトコンドリア遺伝子のメカニズムの解明です。たとえば、なぜ雄しべができないのか。この根幹の仕組みが明らかになれば、さらに活用しやすくなるわけです。それから、より良い作物を生み出すための新たな方法の開発。考えられるのは植物Aの遺伝子を植物Bに入れるか、これらの細胞を直接くっつけてしまうかです。また、どのような目的のために、新たな試みを行うかも重要なテーマです。20世紀の後半に入って、世界人口の激増を背景にした世界規模の食糧危機の到来が叫ばれましたが、現実には深刻な食糧不足は起きませんでした。これは、人口増加を作物供給が上回ったからです。小麦を例にすれば、交雑育種という方法で穂の部分はそのままで背丈を低くしました。これによって、肥料を倍増し、穂を大きくしても、成長の途中で麦が倒れることがなく、さらに大きな実りを得ることができたのです。また、この40年間でトウモロコシの収穫量も実に3.6倍にもなりました。しかし、このような収量の拡大を図るやり方は、もう限界にきています。これからは、作物から摂れる栄養そのものを高めていく必要があります。その他には環境問題もあります。世界人口が激増することによって、地球環境も急激に悪化しています。そこで、人間が汚してしまった地球を再びクリーンにしてくれる植物を作り出すのです。元々、光合成で二酸化炭素を酸素に変えてきたのは植物です。同じ発想で新たな役割を担ってもらうわけです。ただし、こういった壮大な企てには大企業や地域社会などの積極的な支援が不可欠です。そこに産官学連携の意義があると考えます。

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