経済学部経済学科 柿野 欽吾 教授

西陣機業の新たな意欲に満ちた企業やグループを積極的に支援し伝統産業の各分野の技術結集を図りながら地域活性化も試みる

京都・西陣機業の振興に永く携わってこられたようですが、現状はいかがですか。

経済学部経済学科 柿野 欽五 教授

 昭和40年代に恩師の手伝いで実態調査を行ったのが西陣機業に関わるきっかけでした。私がまだ大学院生だった頃です。これは「西陣の国勢調査」とも称されるもので、現在も続いています。西陣織は京都の重要な伝統産業であり、振興を図るためには、つねに実態を的確に把握しておかなければならないからです。その後、西陣織以外に京人形、清水焼、京友禅などさまざまな分野の勉強もしましたが、院生時代から携わった西陣機業振興には特別の思い入れがあります。
 もう40年以上も間近に見てきたわけですが、西陣は大きく変わりました。当時、地域を歩けば、機織りの音がいたるところから聞こえ、昼休みには若い織り手さんがどっと通りに出てきたりして、活気に満ちていました。いまはビルやマンションが建ち並び、当時の面影は少なくなりました。全体の生産量が著しく落ちて、西陣機業特有の分業制度も機能しなくなりつつあります。働く人々も高齢化して、後継者もきわめて少ない。織機や道具類が壊れても新しいものが手に入らない。このように非常に厳しい状況下で、再生化の可能性を模索しているのが現状です。私も京都の府や市の活性化施策づくりのお手伝いをしています。

新たな西陣織を創出するために、どのような施策が試みられているのでしょうか。

 西陣織は永い歴史に育まれ磨かれてきたきわめて高品位な伝統工芸品の一つです。京都ブランドとしての際立った価値は脈々と受け継がれてきています。これを、さらに高め、需要を掘り起こしていかなければなりません。具体的な施策としては、たとえば着る機会を創出する糸口として「きものパスポート」企画が展開されています。数年前から「伝統産業の日」も設けられ、関連業界が力を結集して多彩な催事も試みています。ちなみに、私もこの制定委員会の委員長を務めさせていただきました。また、今、府・市が実施しようとしている「伝統産業振興条例」にも検討委員として加わっています。具現化するためには、まず「伝統産業とは何か」という定義が必要ですが、これがなかなかむずかしい。伝統産業が培ってきた豊かな資産を活かして他の分野に進出すべきだという意見がある一方、そこまでやると伝統産業の範疇を逸脱するという批判もあります。どちらにも一理あるわけです。いわば、ジレンマです。
 いずれにしても、これまでの伝統産業全体を底上げするという発想から意欲ある企業やグループを集中的に支援するという流れになっていくと思います。マーケティングの視点から見ると、小売りを手掛けているメーカーでもまだ売上の8割は問屋で2割が直販ですが、これも最終的には製造直販が時代の流れになるのではないでしょうか。先に述べた道具類の問題でも、京都には数多くの伝統産業があるわけですから、他の分野でカバーしていけばよいと思います。素材そのものの見直しも、ひとつの切り口になるはずです。たとえば西陣機業では生糸に固守せず、戦前のように綿や麻も視野に入れれば、新たな展望が開けるのではと考えます。地域それ自体の活性化、「まち起こし」も重要です。歴史と文化を発掘し、観光にも結びつける。この足がかりとして3年ほどまえに京都市「上京区基本計画」にも参画しました。根気のいる仕事ですが、継続していくことが大切です。

今後、京都・西陣織をはじめとする産業界との活動についてお聞かせください。

 西陣にも明るい動きがあります。業界内にもチャレンジ精神に満ちた若い経営者が出てきています。職人・作家志向を持った新世代が伝統技術の修得に励んでいます。また、アンティークきものが脚光を浴び、自らのスタイルできものファッションを楽しむ女性も増えてきました。私たち大学の研究者は、こうした動きを促進するために、今までの研究成果が何らかの形で寄与できると考えています。自発的な研究会やNPOなど様々な運営組織形態の中で、大学の研究者の智恵を生かしてもらえればと思います。その意味では、今後も、地場産業の発展のために、大学キャンパスを離れ、現場の方とのコラボレーションができればと期待しています。今後も平坦な道ではありませんが、挑めば次代は拓けるはずです。

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