総合生命科学部 生命システム学科 黒坂 光 教授

糖移転酵素が神経発生に重要な役割を果たしている。
この研究成果はパーキンソン病をはじめ現代の先端医療・薬学にも大きく貢献できる。

いま、なぜタンパク質の機能解析が新たな課題になっているのですか。

総合生命科学部 生命システム学科 黒坂 光 教授

 ご承知のようにゲノムとは生物が生きていくために必要な遺伝情報のことで、人間の場合は約30億塩基対のDNAで構成されています。このヒトゲノムの塩基配列の解読は1988年に米国で始まり、今日ではほぼ100%明らかになりました。次の重要な課題はゲノムにコードされるタンパク質の機能解析です。つまり、遺伝情報の指示に基づいて、機能を持ったタンパク質がどのようにして合成されるのかを知ることです。タンパク質は細胞内で翻訳された後、多くの化学反応を経て、その機能を獲得します。タンパク質への糖鎖の付加反応も、重要な修飾反応のひとつです。その重要性は、「遺伝子という生命のシナリオを手に、糖鎖という衣装を身につけたタンパク質がドラマを演じている」というふうに例えることができるかも知れません。すでに、シナリオの部分は解読されましたので、次は役を演じているタンパク質が研究の「新たな主役」になったのです。

現在の研究内容について解りやすくお聞かせいただけますか。

 私たちは脳にだけ発現する珍しい糖転移酵素をクローニング(遺伝子の採取)することに成功しました。この酵素に着目し、それらが神経発生において果たす役割の解明に取り組んでいます。具体的にはモデル生物での神経発生への影響や、パーキンソン病などの神経変性疾患と酵素の関連について探究しています。

 モデル生物にはゼブラフィッシュを用いています。この小型魚類は、脊椎動物であり、胚が透明で観察がしやすく、世代サイクルが短く、さらに遺伝子の発現をノックダウンする実験系が確立されているといったいくつかの利点を持っています。一般的に、新しい遺伝子の機能解析には、遺伝子の破壊(働きを阻害し、その影響を調べるに)と導入(その働きを直接知る)の二つのアプローチがあります。私たちはゼブラフィッシュを用いて、目的遺伝子の働きを抑えるという前者の方法を採り入れています。胚において糖転移酵素の働きを抑えてから、数日間の胚発生を観察します。すると、頭部や眼球の発育の遅れとともに、胚発生全体の顕著な遅れも認められます。この酵素遺伝子は人間やラットでは神経系に発現しているので、ゼブラフィッシュの場合も恐らく神経系で重要な働きをしていると考えられます。今後も各クローンの時・空間的な発現パターンなどを解析し、研究を進めていく予定です。

この探究が進めば、医療・薬学の分野でも大きく貢献できそうですね。

 神経変性疾患と糖転移酵素の関係についてはパーキンソン病、アルツハイマー病、クロイツフェルトヤコブ病などを調べています。これの疾病は発症過程が酷似しています。機能を持ったタンパク質が細胞内で合成されるには、正しい立体構造を持つことが必要です。しかしながら、一部のタンパク質は合成時にミスフォールド(折りたたみ異常)することが知られています。その多くは分解・回収を経て再び新しいタンパク質になるのですが、一部の変性タンパク質はそのまま凝集して、細胞内で不溶化し、細胞死を引き起こします。このような現象が分裂能力を持たない神経細胞でおこると、機能が欠落し、発病すると考えられます。どの部分が脱落しかたかによって病状も異なってきます。この神経細胞死の原因となる、タンパク質の折りたたみ異常の原因を解明することによって、パーキンソン病をはじめとする難病の治療に大きく貢献できる可能性があります。これらの研究は、神経細胞の再生や保全に関係しています。また、タンパク質に効率的に糖鎖を付加することによってタンパク質製剤の安定を高め、血中半減期を調節したりするような薬学的なことにも応用できるかもしれません。

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