総合生命科学部 生命システム学科 中田 博 教授

ムチンを介した癌の増殖促進メカニズムを分子レベルで解明。
「科学技術振興機構」に選定された「癌をもつ宿主の免疫機能の低下を解析する研究。」

先生の研究は独立行政法人「科学技術振興機構(JST)」の戦略的創造研究推進事業※に選定されましたが、そのあたりも含めて研究の概要をお聞かせいただけますか。

総合生命科学部 生命システム学科 中田 博 教授

 私の研究テーマは「担癌状態における免疫機能の変化を解析する研究」です。JSTの推進事業における戦略目標「癌やウィルス感染症に対して有効な革新的医薬品開発の実現のための糖鎖機能の解明と利用技術の確立」の研究として選定されました。他大学(京都府立医大、静岡大)の先生方にもチームに加わっていただきましたので、大きな進展を期待しています。通常、癌にかかると免疫力が低下します。しかし、その原因は解明されていませんでした。また、癌の90%以上は上皮性の細胞が癌化したものです。上皮性癌細胞はムチンという糖タンパク質(タンパク質と糖鎖が結合したもの)を癌組織や血液中に分泌します。この物質が血液中に多量に出てきた癌患者の5年生存率は、そうではない癌患者と比較して低いことが知られていましたが、ムチンとの因果関係はほとんど不明でした。そこで、私はムチンに着目し、これが癌細胞の増殖に有利な環境を生み出しているのではないかと考え、ムチンを起点に免疫低下も含めて癌細胞にとって有利な環境を整える現象を分子レベルで解き明かす研究に挑みました。免疫系の細胞は血液中に出てきた物質と接触しうる可能性が十分にあるからです。具体的にはムチンがマクロファージ、B細胞、T細胞などの免疫系細胞に何らかの作用を及ぼすかどうかを調べました。その結果、マクロファージへの作用が癌細胞の増殖に関与し、次にB細胞にも作用して免疫を抑制させることが解りました。以上がここ2年ほどの研究成果で、これが先の科学技術振興機構の選定にも大きなウエイトを占めています。

※戦略的創造研究推進事業:科学技術政策や社会的・経済的ニーズを踏まえて、国が設定した社会的インパクトの大きい目標(戦略目標)のもとに、推進すべき研究領域を定め、その達成を目指した基礎的研究を進める科学技術振興機構(JST)の事業。

癌組織で行われている連鎖反応をもう少し具体的に教えてください。また、今後の研究についてもお聞かせください。

 マクロファージは癌細胞を駆逐するのが本来の仕事です。癌組織に浸潤し、癌を異物と認識して処理をしようとします。
 マクロファージは、ムチンと結合するアンテナ(スカベンジャー受容体)を持ち、ムチンを取り込んで分解しようとしますが、その際にマクロファージに刺激が伝わります。すると、シクロオキシゲナーゼ2(COX2)という酵素が活性化し、最終的にプロスタグランジンE2(PGE2)を大量に生み出すことになります。これがマクロファージや癌細胞に働きかけ、血管新生因子(VEGF)をつくる刺激となります。これは、血管をつくらせる蛋白質です。最初、癌組織に血管はなく、1ミリ前後の大きさになると、さらに増殖を続けるために血液から大量の栄養を吸収する必要が生じ、血管のバイパスをつくろうとします。この時に、血管新生因子が役割を担うのです。マクロファージはその他様々な増殖因子などをつくっていますが、癌細胞は自らが増殖し、転移するために、これらのマクロファージの因子を利用するわけです。また、B細胞は表面にシグレック2という受容体を持ち過剰な抗体の生産を抑制するために細胞活性化を抑えるシグナルを伝えています。ムチンが血液中に多く存在する癌患者は、これがシグレック2と結合してB細胞に抑制シグナルを常時伝え、癌細胞の免疫防御からの回避を助けることになってしまいます。癌細胞は敵ながら実に巧妙なのです。このような分子メカニズム、癌組織で行われている連鎖反応の数々が、いま解明できたわけです。今後、基礎レベルでは受容体の遺伝子をなくせば癌細胞の増殖が抑制されるのか、癌組織の血管ができにくくなるのかといったことを調べて行きます。応用レベルではムチンの分泌を防ぐこと、あるいはマクロファージとの結合の防止などを治療法として考えています。なお、B細胞の免疫作用の制御の発見はアレルギー治療などの応用に進む可能性も秘めています。

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