次世代赤外線天文学のための超高感度イマージョン回折格子の開発に成功

発表概要

 次世代の30mクラスの巨大地上望遠鏡や大型・赤外線宇宙望遠鏡【注1】においては、赤外線の波長【注2】を約50,000色以上に分けることができる「高分散分光観測【注3】」という手法が、天文学のあらゆる分野において必須であると考えられています。例えば、高分散分光観測によって得られたスペクトル【注4】には、様々な天体を構成する原子や分子の組成情報が含まれており、宇宙において物質(生命体の元となる有機物質も含む)がどのように形成されてきたかを明らかにすることができるからです。ところが、高分散分光観測に必要な「高分散分光装置」は、一般に望遠鏡の口径や波長に比例して非常に巨大になるため、その実現には大きな障壁がありました。イマージョン回折格子【注5】は、この困難を解決できる新しい光学素子として期待されてきました。しかし、その実現には多くの困難があり、赤外線波長領域において実用的なイマージョン回折格子を実現する一般的な手法は、これまで確立されていませんでした。

 今回、京都産業大学神山天文台に設置された研究プロジェクト「赤外線高分散ラボLIH (Laboratory of IR High-resolution Spectroscopy)」 では、京都産業大学、東京大学、宇宙航空研究開発機構(JAXA)、キヤノン株式会社などの研究者からなる研究グループが、赤外線を透過できる半導体材料の一つであるCdZnTe(テルル化カドミウム亜鉛)を材料とし、ナノレベルの超精密切削技術を用いて、あらゆる光学性能において理論限界を達成するイマージョン回折格子を世界で初めて実現しました(図1、2)。

図1:開発に成功したCdZnTeを材料とする赤外線用イマージョン回折格子


図2:イマージョン回折格子の性能測定風景 (向かって一番左が研究を主導した池田 研究員)。
独自に開発した測定システムを用いて、イマージョン回折格子の光学性能を評価しています。

 なお、本研究は以下の助成を受けています。

  • MEXT戦略的研究基盤形成支援事業 (S0801061, S1411028)
  • JSPS科研費 (16684001, 20340042, 21840052, 2624703)

研究を主導した池田 神山天文台 研究員のコメント

京都産業大学 神山天文台
池田優二 研究員(元・本学理学部准教授)

 今回の論文の筆頭著者である、池田 神山天文台 研究員(元・本学理学部准教授)は「イマージョン回折格子が実現したことによって、次世代望遠鏡用の赤外線高分散分光器の実現性に向けて道をつけたことになります。それはすなわち、天文学が到達できる知の領域を格段に広げたことを意味します。」と、今後の天文学の発展に向けて、大きな期待を寄せています。また、「将来、イマージョン回折格子を次世代望遠鏡に搭載することによって、宇宙における物質の起源と成り立ちに迫っていきたい」と、自身の研究の抱負を語っています。

 既に、神山天文台・赤外線高分散分光ラボ では、今回開発したイマージョン回折格子を用いた赤外線高分散分光器の開発研究をスタートしています。この観測装置は、次世代の地上巨大望遠鏡用、大型宇宙望遠鏡用の赤外線高分散分光器の試験機の位置づけになります。

掲載論文

学術雑誌名 Applied Optics
論文タイトル “First machined immersion grating with theoretically-predicted diffraction efficiency”
著者
(*印:責任著者)
Yuji Ikeda *, Naoto Kobayashi, Yuki Sarugaku, Takashi Sukegawa, Shigeru Sugiyama, Sayumi Kaji, Kenshi Nakanishi, Sohei Kondo, Chikako Yasui, Hirokazu Kataza, Takao Nakagawa, and Hideyo Kawakita
アブストラクトURL https://www.osapublishing.org/ao/fulltext.cfm?uri=ao-54-16-5193&id=319069
DOI番号 10.1364/AO.54.005193

用語解説

【注1】 次世代大型望遠鏡計画
 現在、地上に設置されている光赤外線波長用の望遠鏡の口径は8-10mクラスのものが最大です。2020年代にはこれらをしのぐ超巨大地上望遠鏡の計画が世界中で検討されています。その中でも、アメリカや日本など5か国が参加しているTMT計画は、口径30mの望遠鏡をハワイ島に設置する計画で、既に建設が始まっています。同じくアメリカではGMT計画という口径25mの地上望遠鏡を設置する計画も進行中です。また、ヨーロッパではE-ELT計画として口径39m望遠鏡の設置を目指しています。一方、宇宙に大型の望遠鏡を打ち上げる計画も進行中で、日本の宇宙航空研究開発機構JAXAは欧州宇宙機関(ESA)などと協力して、口径2mを超える大型望遠鏡を搭載する次世代赤外天文衛星SPICAの打上げを検討しています。また、アメリカではNASAによる口径6.5mのJWSTの打上げが迫っています。このように、より詳細に宇宙を調べるために、より大型の望遠鏡計画が、世界中各地で進行中であり、その集光力を最大限に生かすために、新しい技術やアイデアが盛り込まれた観測機器も同時に検討されています。

【注2】 赤外線
 光(電磁波)は波としての性質を持っており、波の山と山(または、谷と谷)の間隔を「波長」と言います。人間の目に見える光(可視光線)は、波長が0.38-0.7μm(ミクロン:1μm=100万分の1 m)の範囲の光です。可視光線よりも長い波長の光が赤外線で、およそ1〜100μmの範囲をそう呼びます。

【注3】 高分散分光観測
 私たちに身近に存在する様々な分子は、特定の波長の赤外光を吸収したり放出したりする性質を持っています。吸収(放出)した光は、分光観測という天体の光を複数の色に分ける観測を行うことによって得られるスペクトルの中に吸収線(輝線)として現れるので、それらをつぶさに調べることによって、宇宙に存在する分子の種類を見極めることができます。ところが、一つの分子が吸収/放出する光の波長は無数にあり、したがって吸収線(輝線)が互いに近接しています。さらに、異なる分子種でも同じような波長で吸収(放出)する場合もあり、これらの吸収線(輝線)を区別するには、きわめて細かい色として波長を分離する必要があります。そのための観測手法を「高分散分光観測」と呼びます。

【注4】 スペクトル
 光(電磁波)は波としての性質を持っています(上記【注2】参照)。そこで、波長毎の光の強度分布をグラフ化したものをスペクトルと言います。スペクトルを得るための観測手法が「分光観測」で、注3でも記述した通り細かく波長を分けて調べるほど、得られる情報が増えてきます。

【注5】 回折格子
 回折格子とは図2のように、小さな開口(=光が通ることのできる領域のこと。図では一つ一つの階段)が周期的に並んだ構造をもつ光学素子のことです。直進する光は小さな開口を通過(反射)すると、その後はそのまま直進せずに広がって進行する(「回折」という)性質を示します。さらに、開口が周期的に並んでいると、異なる開口を通った(反射した)光の波同士が互いに強め合う(あるいは弱め合う)「干渉」と呼ばれる現象が相まって、最終的には”特定の方向に特定の波長の光”のみが進行することになります。つまり、回折格子を通すことによって、様々な波長を持った光が、個々の波長の光に分けることができるのです。

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